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第一章 ③

盛り上がっているのは胸筋で、手足だけじゃなくて体全体がとにかくデカい。ルーミックがそれほど大きくないのを差し引いても、並べてみればかなりの差があるだろう。筋骨隆々。顔に刻まれた一筋の太刀傷が印象的で、着替え中という間の抜けたシチュエーションにもかかわらず、貫録さえ漂っている。

……とりあえず一番聞きたいことは。

「本当に学生?」

まさか新入生ではあるまい。どう見ても幾度となく死線をくぐり抜けてきたオッサンだ。

「む?」

思わず漏れてしまった心の声に反応して、大男が顔を上げた。

「…………」

「…………」

 二人の間に流れる沈黙。やや空いた間の後にポンと手を打つルームメイト。

「おおっ、お主がルーミック・ヴェルトゥールか! あんまり遅いんでもう来ないのかと思ったぞ」

「いや、色々ありまして……」

道に迷ってて時間がかかりましたとは言いたくない。

「とりあえず入るがよい。前はちゃんと自分の部屋で着替えとったんだがの。しばらくワシだけだったんで油断しておったわ」

どうやって誤魔化そうか考えるルーミックを尻目に、豪快にそうかそうかと笑い飛ばす。見た目の通り些事たることは気にしない性分なのだろう。

「ワシはヴァリー・ドロン。三年だ。これから頼むぞ」

「三年……」

それならギリギリ納得できないこともない、のか……? やっぱりちょっと信じられないが、気にしてもしょうがない。シャツを片手に差し出された手の大きさに驚きつつも握り返して、ルーミックは頭を下げた。

「ルーミック・ヴェルトゥールです。これからお願いします、ヴァリーさん」

「『さん』なんぞ要らん。ヴァリーでいい。それにかしこまった敬語もだ。聞いててムズムズするからな」

「は、はぁ……」

なかなかに濃い。あと声もデカい。

ぎゅるぅ~、と盛に大ルーミックの腹が鳴った。

「わはは! そうだな、少し早いが飯にするか。制服も着替えて来い。食堂に行くぞ。お主の部屋は奥だ」

「わかりました……わかった」

寮の一室といっても、中はリビングと一人用の部屋が二つに洗面所とトイレがあって、かなりの広さだ。言われた部屋に入ると机やベッド、それにタンスなんかがすでに置かれていて、私物の入った段ボールは中央に積み上げられていた。

脱いだ服をクロークにかけて、段ボールから引っ張り出したシャツとジャージにパパッと着替える。ヴァリーの服装を見るに、寮内ではかなりラフな格好で大丈夫なのだろう。

玄関で待ってくれていたヴァリーに礼を言って外へ出る。

床には品の良さげな絨毯が敷かれていて、踏みしめる足を柔らかく包み込むようだ。まるでどこかのホテルと見紛うほど豪華な作り。

この学園は何から何まで広すぎる。同じ建物の中だというのに、目的地に着くまでにかなりの時間がかかったような気がする。ガラスの扉を開けて食堂に入ると、近くに居た生徒の視線が集まって。ざわめきが伝播していく。

何故かと首を傾げるルーミック。少し考えて、その元凶が隣の人物でさることを悟った。――どう見ても学園生には見えないもんな。そりゃ驚くのも無理はない。

なんて的外れな納得をしつつ、堂々と前を行くヴァリーに続いてカウンターの最後尾に並ぶ。その待ち時間。やはり列に並んでいる学生はヴァリーを必ずと言っていいほど二度見している。しかし、当の本人は仰々しく腕を組んで

「ここでは料理も飲み物も基本的にセルフサービスだ。朝用昼用夜用と時間帯によって変わるメニューもあるが、固定のメニューもある。絶品だぞ、ここの飯は」

「へぇ」

昼飯を抜いたせいで空腹はとっくに限界突破状態。厨房からの匂いだけでよだれが出てきそうなほど。

ほどなくして順番がきたルーミックは、とりあえずメニューから目立つもの頼んで席に腰をおろした。

「昼はわざわざこっちに戻って来なくても、校舎の方にも食堂がある。自分で作りたければ――おお、すまんな。煩わしい説明は後にするか」

その問いにこくこくと頷く。今はただ目の前の料理が冷めないうちに料理を口へ。

「うまい!」

あまりの美味しさに声を上げてしまうルーミックだった。

「だろう? とても学食とは思えんレベルだ」

「たしかに」

これが毎日食べられるってだけでもこの学園に入った価値があるってもんだ。大量生産のはずなのに、普通に店で出てくるものよりもよほど美味い。

「食は生活の基本。美味い飯を食えば自然と力も出るというものよ」

ヴァリーの言葉には首だけで返事をしながら、箸を持つ手は止めずに料理をかきこんでいく。騒ぎながら大量の料理を平らげていく大男と新入生の絵面はなかなかにシュールだったが、当の本人たちはお構いなし。ひとしきり頼んだメインディッシュを食べ終えたところでペースダウン。それでもまだ腹八分と言ったところ。

食後のデザートとして持ってきていた杏仁豆腐をゆっくりと味わいながら、ふと疑問に思ったことを聞いてみた。

「食べ物も食べ放題で寮や学園の設備も使い放題なのに、授業料以外は全部タダって言うのはどういう仕組みになってるんだ?」

「基本は寄付と援助じゃな。学園生には貴族の家系も多いんで、そこからの収入も結構あるんじゃろう。それに、ここらではフォーリティナだけだが、いくつかの企業がスポンサーとしてついているおかげで毎年多額の援助金が入ってくるんでの」

「スポンサー……?」

「うむ。知っとると思うがこの学園では一年の内から実際に外に出て依頼をこなすことがある。ま、課外授業というやつよ。それらの依頼は十中八九スポンサーからのものでな、正式な依頼ではないから報酬を払う必要もないし、引率として教師もつくんで失敗も少ない。学生の内から有能そうなのに声掛けることも出来るし、向こうもそれなりにメリットを持ってやっとるというわけじゃ」

「でも、どうしてフォーリティナだけが?」

「ここがフォーリティナだからに決まっとるだろう」

「?」

「国内屈指の騎士候補がわんさかおるってことだ」

「あー……」

話しが区切りを迎えたところでちょうど最後の一口。食事の終わりには手を合わせて。

「さて、これからどうする。風呂は空いておるだろうが、まだ早いか」

「いや、今日は散々歩いて疲れたしさっさと入って寝たい」

「そうか? ワシは部屋に戻っておろうかの……。道はわかるな?」

多分、だ。断言はできないので頷きは半端に留めておいて。大量の食器を回収台まで運んでヴァリーと別れたルーミックは、案内板を頼りに大浴場へ。

ヴァリーの言っていたように更衣室には誰もいなかった。棚に置かれていた洗面道具を取って湯気に覆われた扉を開くと――

「おぉー、すげぇ……」

白く染まる視界に、肌に触れる熱気。銭湯など地元では行ったこともなかったので大浴場などみるのも初めて。身体を洗うための台が何個も並んでいるのは不思議な気分。家とは違うシステムに戸惑いながらも身体を洗い、軽く体を流して湯船につかる。湯が疲れた足に染み込んでいくようだ。

泳ごうと思えば泳げてしまうくらいの広さにルーミックは一人きり。気持ちいいことは否定のしようもないけれど、逆に落ち着かない。静寂のなかでぴちゃんという水滴の音だけがやけに反響して耳に残る。

ちらちらと自分が入ってきた扉を気にかけるのは、誰かが入ってきてくれるかもと考えて。しかしそんな期待を裏切って扉は一向に動く気配がない。

この時間、大抵の生徒は食事中か部屋でくつろいでいるかのどちらかだ。

「ふぅ……」

結局、ルーミックが粘っている間に他の人が来ることはなかった。

貸し切り状態もそれはそれで物寂しいものだと学んで部屋に帰ってくると、リビングのソファを占領してテレビを眺めているヴァリーの姿。透明なグラスに並々と注がれた黄金色の液体は彼の風貌も相まってアルコールの類にしか見えないが、そこは健全な学園生。中身はただの炭酸飲料だ。――むしろ逆に違和感。

「どうだった、風呂は」

「気持ちよかったよ。あんたの言ってた通り、誰もいなかったけど」

「だろうの」

準備しておいたもう一つのグラスにジュースを注いで、ヴァリーはルーミックに座るように促す。

「学園生活の説明は授業でもされるだろうから、とりあえず寮についての話をしておこうと思ってな。これからの話もあるしの」

「これから?」

「応よ。これから一年間は同じ部屋で暮らすんだからの。最低限のルールは必要じゃろう?」

「まぁそれはそうだな」

 そういうことをいちいち気にするような性格には見えないけれど、たしかに一緒にクラス以上は至極当然のことだろう。

「それには賛成だけど、具体的にはどういうことを?」

「それを今から話すのではないか」

***

大浴場へと向かうヴァリーを見送ったのはそれから約一時間後のことだった。

目の前には段ボール。私物はあまり持ってきていなので服の分を合わせてもたったの三箱。それだけとはいえ、せっかくの風呂の後にわざわざ荷ほどきする気にはなれなくて。

それらを放置して、ルーミックはベッドに潜り込んだ。

新品同様にしわ一つないシーツ。真新しい匂い。自宅で使っていたのとは違うマットレスの沈み具合。

そこから先は闇の中。あっという間に眠りに落ちていく――。

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