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第一章 ①

風にさらわれて桜の花びらが舞い上がる。

数ある校舎には電気は点いていないけれど、窓から差し込む日差しだけで室内は充分に明るくて。ただ、そこは静まり返っていて物音ひとつ聞こえない。人気は一か所に集中しているからだ。

 ずらりと並べられた椅子の数は優に千を超える。それに座っているのは皆一様の真新しい制服に身を包んだ生徒たち。

春。四月。

今日は『フォーリティナ魔道学園高等部』の入学式なのだ。

『新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます』

定型的な祝辞から始まった学園長のあいさつに真剣に耳を傾けている者もいれば、この段階ですでに睡魔と戦っている者もいて。というのも、この場にいる新入生、その大半は中等部からの内部進学者で、似たような話をもう何度も聞かされて飽き飽きしてしまっているせいで。

通う校舎は変わっても同じ敷地にあることに変わりはなく、目新しさへの期待もない。

全体的に見るとややだれ気味の空気を感じ取って、『大半でない方』……高等部からの編入生であるルーミック・ヴェルトゥールも気を緩めて話を聞き流していた。

研鑽だの練磨だの、言われるまでもない。元よりそのために来たのだから。

フォーリティナ魔道学園と言えば全国区の知名度を誇る国内有数の魔道騎士育成校。

『魔道騎士』というのは自らの魔力を武器や魔法へと変化させて戦う者のことであり、その活躍は多岐にわたる。

朝から始まった式は新入生代表の挨拶だのを含みながらプログラム通りに滞りなく進み、ちょうど昼ごろには閉会となって、せきを切ったように生徒が一斉に出入口へ殺到する。

本格的な授業が始まるのは明日からなので今日はこれで完全に終わり。クラス分け自体はすでに発表されたものの番号と名前しか書かれていないため、実質的には自分のことしかわからない。

席に座ったまま混雑が解消されるのを待っていたルーミックは人が減ったのを確認して立ち上がった。目指す先はこれからの生活を送る寮。期待を抱きながら、彼もまた、歩き始める――。

歩き始めた、のだが……。

「どこだここ……?」

あろうことか会場から寮までの道のりで迷ってしまった。

道を聞こうにも周りには誰もいないし、引き返そうにもさっきまで自分がいたのがどこだったのかも怪しい。視線を巡らせてみても周囲は建物に囲まれていて遠くまで見通せない。

「しくじったなぁ……」

解散のときに流れに乗っておけばテキトーに後についていくだけで良かったのに、余裕ぶって残っていたのがアダになってしまった。後に悔やむと書いて、後悔。とはいえまぁ、これから三年間通う学園だ。散策しているのだと自分に言い聞かせてアテもなく一帯をぶらついていたらば。

「…………!」

「……。……」

人の言い争うような声が聴こえてきた。声のした方に行ってみると、そこいたのは一組の男女だ。だからといって甘い空気など皆無で、漂っているのはむしろ剣呑。

「いいじゃんいいじゃん、これから俺の後輩になるわけなんだしさァ」

「や、やめてください……」

一見しただけで軽そうな雰囲気。強引に女子生徒を壁際に押しとどめている男の髪は中途半端に染まったくすんだ金色で、動く度に身につけている大量のアクセサリーがこすれ合って音を鳴らしている。

 対照的に女の子の方は背が低く、くりっとした眼と外に向かってはねたショートカットの髪の毛と相まって、怯えた小動物を連想させる。

入学して早々に何をやっているのか。何はともあれ、騎士を目指す身でこの状況を見過ごすわけにもいかない。

「すいません、寮ってどこですか?」

「あァ? 誰だおめぇ」

「新入生です」

 振り返った男のネクタイはルーミックとは違っていて。今日はいないはずの上級生の色。

「道に迷ったんで、寮までどう行くのか教えてほしいんですけど」

「ンなもん自分で探せ、バカ」

 当然の如くにべもない反応。その肩に手を乗せる。

「……教えてくれませんか」

「離せよ」

振り払わせない。そうして睨み合っている間に、女生徒は二人の脇を抜けて走り去っていく。

 それを苛立たしげに見ながらも追いかけることはせず。男は親指で向こうを示した。

「……いいぜ、ついてこいよ」

そこまで複雑な道ではなかったように思えるけれど、これでもうルーミックは完全に自分の居場所を見失った。

連れてこられたのはどう見ても寮ではなくて、数ある巨大な建物の内の一つ。

「誰がわざわざ案内なんてしてやるか。テメェは今から俺と戦うんだよ」

「戦う?」

てっきり体育館裏のような所にでも連れて行かれてケンカになるのかと思っていただけに予想外の言葉。首を捻るルーミックに、男は無言で中に入れと顎で示す。

とりあえず従って扉を開けた先に広がっていたのはいくつかの区画に区切られた部屋。仕切りになっている壁は相当に厚く、どう頑張っても壊せなさそうだが、天井にも床にも壁にも、四方あちこちに大なり小なりの傷がついているのが気になった。

男が足を踏み入れると照明が自動で灯る。

何の飾り気もない、ただ広いだけの空間で、男とルーミックは正面から視線を交わす。

「ここは生徒のトレーニングのために開放されている場所だ。ここなら何をやってもジャマが入ることもねぇ」

にやりと口の端を歪める歪な笑み。

「親切なセンパイ様がみっちり鍛えてやるよ」

要するに、力の差を知らしめるために。

入学したてのルーミックはまだ知らないが、たとえ学園の敷地であっても指定された場所以外での魔装の使用は罰則対象。だから、許可されている場所に連れ込んで真っ当なルールに則っていたぶってやろうというだけの話。

顔を見たこともないような新入生に二年の自分が負けるはずがないという驕りから、一方的に痛めつけてやる魂胆で。

ただし、そんなことはルーミックとてお見通し。まさか本気で寮に送ってもらおうと考えていたわけではなく。彼の頭に浮かんでいたのは、

――ちょうどいいや、なんて楽観的な思考だった。

フォーリティナの学生のレベルがどれほどのものなのかを知るいい機会くらいにしか思っていない。

猿山の大将では意味がない。強者の中の最強にこそ価値がある。

こっちはこっちで、ハナから自分の実力を測る物差しとして男を利用するつもりだったのだ。

「実践形式でいいな?」

「ん」

男が左手の端末を操作すると、二人のちょうど真ん中、空中に表示されたタイマーが一分からカウントダウンを始める。

「言うまでもねぇが、ゼロになったらスタートだ」

 その言葉を耳で聞きつつ、ルーミックは目を閉じて息を吐く。逸る気持ちを落ち着けて、見据える。

「――行くぞ、《焔》(ホムラ)」

声は言霊となって『あるはずのない何か』を呼び寄せる。ほんのり赤い粒子が全身を包み、ルーミックが右手を振るうと同時に炎と化した。

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