笑え青春、踊れスミス
「例えば、世界がつまらないとするでしょ? そうだとするなら綺麗な景色に人は共感出来ないし、不思議とかを信じようとする心すらも養われないんじゃない?」
――突然、柔らかそうな唇からこんな言葉が出てくると一般人の俺も何だ何だ、とはなるものだと思う。
脈絡がないのが俺に興味をもたせるのに拍車をかけてるわけで。それを言い出したらお前の人生も脈絡ないだろ、とかいう話もあるかもしれないが、それは後々に話す話だ。
俺はまあ慣れたこの手の問いかけにうんざりしたフリをして答える。
「そりゃそうだが、世界がつまらないかどうかって世界がどうのこうのじゃねえだろ。お前を例に取るなら、お前にとって知らないことが一杯ある間は世界は美しいかもしれん。だが、お前が知らないことが随分と減ってしまった今では世界はつまらなく見えるかもしれんだろうが」
正直、坂道を下りながらこんな長々と喋るのは少し息を乱す程だったが、こういう話が嫌いではないというのは最早俺とコイツの間では常識として浸透している。
――結構話に乗り気な表情だったろう俺を見て、クリクリと大きな目を輝かせてこんな事をコイツは言い出した。
「ねえねえ、というわけで青春しませんか!?」
「どういうことだよ。今の俺達は絶賛青春してるとかそういう訳じゃ――ないんだろうなあ」
当たり前でしょ、そういった。
そうだな、お前にとって今この瞬間は青春ではないかもしれない。
――だがな、俺にとっては青春に限りなく近いんだぜ? 結構顔の良い女子と肩を並べて帰り道の坂道を下って、しかもこういう哲学的な問答ができてるんだ。そこら辺の高校生は俺を見てこう言うだろうさ。
「リア充爆発しろ! とな」
「リア充なんて薄っぺらいものは欲しくないの」
言い切りやがって。現代の高校生の半分以上をお前は敵に回したんだぞ、今。
――実際、どれだけのやつが本当にリアル充実してないのか、と思うとうち四割ぐらいは殴る羽目になる。
「私が欲しいのは高校生のエネルギーに任せたつまらない日常じゃないわ! もっと、こう、周りが知らない現象に満ち溢れた、濃くて忘れられない日々が欲しいの!」
「言いたいことは分かるぞ」
でしょでしょ!? と嬉しそうに飛び跳ねる。ああ、分からんではないともさ。
――だがな、そういうのが簡単に手に入るならこの世にはラノベっていう便利な本は売れてないんだよ。お前がどれだけ見たことのない可愛さ(勿論顔で騙される以上に発展はしないだろうがな)を持っていようが、無理なもんは無理なんだよ。
「私が可愛い? 馬鹿言わないで。私は信じるわ、上には上が居るってね」
その夢を壊す褒め方をしないで頂戴、とでも言いたげにへの字に曲げた口は引っ張ったら面白そうには見える。そんなことしたら、あとが怖いからやらないけどよ。
――よく今の言葉を思い出す。コイツは自分が可愛いということを否定しなかった。いや、俺的にはコイツが
『私そんなに可愛いわけじゃないわよ』
と言い出したら俺はまず熱を測ってから、場合によっては黄色い救急車を呼ぶわけだがな。
……と脳内でコイツが救急車に運ばれているところで、俺の映像はコイツの声で掻き消される。
「顔がバカっぽくなった。またよく分かんないことを考えてるわけね」
訳知り顔ではあ、と目を瞑った。普段より幾分知的に見えるその見た目に若干動揺みたいなものはあったものの、ただの雰囲気の違いへの驚愕だとここは済ませた。
「じゃあ俺は普段は理知的でイケメンってことでいいか?」
「そうだったらもっと話は楽なんだけどね」
そうだな、楽なのか。知らねえよ。
「だってラノベに限らず記憶に残る体験が出来る条件には美男美女ってあるじゃない!? アンタそこからもう既に候補を外れてるのよ!」
「あんまりないちゃもんつけるんじゃない!」
ああどうせモブAですとも。印象に残るとも残らないどうでもいい造詣の顔ですとも。なんだってんだ、俺はこの顔でも誰かを人よりも幸せにしたりしてみせるんだからな!?
――と頭のなかでは叫んだが、実際に叫んだりはしない。コイツと違って俺には人類の叡智の一つである理性が存在する。思ったことをすぐ口には出しはせんし、こうやって不可能なことに関して真っ向からぶつかるようなこともせん。
「……でよ。ズバリ、青春をするには何が必要だと思うかについて聞きたいわけよ」
「ああ良いぜ。部活夏祭り浴衣修学旅行」
「アンタ根性腐ってんじゃない?」
間違いなく腐ってるぜ。証明方法は俺程怠惰で適当な奴を世界でかなり多い人種である「真っ当」に分類した場合、恐らく現在の日本はほぼ崩壊済みってのが妥当なのが一番わかり易いだろうか。
――今、俺が誤魔化したのはコイツが面倒だったからではない。単に、思いつかないのだ。例えば俺が忘れられない思い出を作っているヴィジョンが。コイツが誰かと真っ当に心から楽しそうに歩いている予想図が。全く湧いてこないからこそ、誤魔化すくらいしかできなかったのだ。
――俺の意図に気づいたのか、これ以上に文句を言われることは無かった。どうやら正確には、コイツの興味が他に逸れたようだが。
「――そうね、部活。部活はいい案かもしれないわね」
「部活? そんなもん、そこら辺の運動部にでも入れば良いんじゃないか?」
其れは嫌、とはっきりと断られる。考え事をしているときは、俺より足早に進むだけでなく、何やら気難しそうな顔をする。これを見ると、何となく俺が馬鹿のように見えてしまうので、あまりこういう時の表情は見過ぎないようにしている。
――運動が出来るのかと言えば、俺は平均で、コイツは平均を鼻で笑う感じである。部活の仮入部期間にコイツはありとあらゆる部活を網羅したようであったが、どこからも必要とされ、どこすらもくだらんと一蹴した。
少し前を思い出すと、偶に放課後にぶつくさ言いながら部員に追い回されていたのを見たことが有るが、今思えばあの時から青春がどうのこうのと訳の分からんことを言ってたのかもしれないな。
「既存の部で考えるなら、まず運動部じゃなきゃダメみたいな感じがあるのよ。でもダメダメ、経験が浅い私に何ヶ月としない内に追い越されそうな奴ばっかりの部活なんてまっぴらゴメンよ」
「才覚は誰にでも与えられるもんじゃねえ、今から全運動部に謝ってきやがれ」
何でよ、とふてぶてしく答える。当たり前だ、才覚の有るやつにはそれに足る自覚が必要なんだ。お前にはそれが微塵もないんだから相手側に申し訳ないことこの上ないぜ。
――こう言うと、ピタッと足を止める。何を言われるのか、ちょっと面白そうだと一瞬だけ思った。
「――私、兵藤神奈という一個人に才覚なんか無いわ。アンタ達より忠実にこなせるだけじゃない。ドイツもコイツも自分から差を開くだけ開いて文句を言う馬鹿ばっかり。言い切ってあげるわ、私に才能とか才覚は無いわ。ただ単に”アンタ達が”勝手に私に置いて行かれてくだけに過ぎないわ。だから運動部は嫌いなのよ」
能力が有るやつはどいつもこいつもそう言うな、と俺はつまらない返しをした。
――正直、一理あるかもしれない。運動神経は悪くないし、頭の出来も悪くないのは間違いないが、コイツは元々はどの部活でもド素人なのだ。正しく、正常にド素人。
たった一日で技能を習得できてしまうコイツが異次元過ぎるだけで、本当に上達の早い奴は何も才能があるわけじゃないのかもしれん。どちらかと言えば、”俺ら一般人が”勝手にミスをして置いてけぼりになってしまっているのだろう。
「……だがな、そういう問題じゃないんだ。お前たちから見れば馬鹿みたいなやり方かも知れないが、ソイツの中では最善の選択肢が多分取れてるんだ。否定されていいもんでも無いんだ」
「だから私だってアンタ達から馬鹿みたいに見えるやり方でも、今を充実させようとしてるわけ」
なるほど、そりゃ悪かったな。このわがまま娘に、しばらく俺は敵いそうな気もしなかった。
――脈絡なく強い風が俺達に覆いかぶさってきたのを切れ目に、俺達は隣りにいながら喋らないという――よく分からん関係を保ちながら歩いた挙句、気づけば家に到着していた。
――さて、意欲という言葉は俺が努力とか友情とか、ついでに勝利とかに続いて嫌いな言葉である。何が嫌いって、本来やりたいと思うことにこそ沸き起こるものなのにもかかわらず、
「意欲的に人生を謳歌する気はないのアンタ!?」
などと訳の分からん供述に用いられるが、だからといって使用者を逮捕してもらえるというわけでもない拷問用の道具と成り下がっているからである!
「あのな、朝のたかだか1限が終わったぐらいなのにでかい声を出すんじゃない。後俺は暇なぐらいが好きなんだ、ご理解よろしくお願い申し上げます」
「つまんない事言ってんじゃないわよ!」
つまんない、か。まあそうだろうな。俺も変化のない高校生活には若干飽き飽きしてるよ。
――正直、暇なので付き合ってやるのはやぶさかではない。問題は安請け合いを続けるとコイツは俺を上手いこと酷使しようとしてくるあたりだ。
やっぱり酷使も条件によるわけだ、勿論國士無双は揃えたい役の一つだがそういうどうでもいいことは置いといて。
要はもったいぶろうと思っているのだ。
「もっと今より楽しくとか、今よりごちゃごちゃととか、今より忙しくなりたいとかそういうの無いわけ!?」
「今より苦笑させられるのも、今よりお前の混沌ワールドに付き合わされるのも、今よりこき使われるのもまっぴらゴメンだぜベイベー」
ヘラヘラ笑いながらべらべらと巫山戯たことばかり抜かす俺に神奈はむぅっとかなりご機嫌斜めなご様子である。ずっとそうしてりゃ男も寄ってくるのによ、お前は喋るとこれだからなあ……。
「失礼な事をぱっぱかと口に出すんじゃないわジョン・スミス!」
ピシッと細長い人差し指を俺に向ける。まるで別の生き物みたいだな、って初対面のやつは顔をちょっと赤くして言うかもしれんが、俺はこの白い指にかかわらずコイツのほぼ全て(主に脳とか)が俺達とは別の生物であることには大いに賛同する。
「その渾名はヤメロよな。最近東とかにまで浸透しちまったんぞ」
コイツがつけた渾名だが、名前の由来がひどすぎて俺はかなり不満たらたらないわくつきの渾名だ。
――いや、こんな名前がつく原因は半分以上俺であることは否定しないイベントよりこうなった訳では有るが、だからこの呼び名を許せと言われても困る。日本人高校生だぞ、俺。
「嫌よ。逆にこの名前を知らしめてアンタを変人に仕立て上げるのが私の目論見なんだから」
そう言ってふいと横に顔を逸らす。サイドテールがぴょんぴょんと揺れるのがもう何か不機嫌そうにすら見えない雰囲気にしているがこの際スルーしておこう。
――ん? 俺が何だって?
「俺を変人にする気なのかお前」
「ええ、そうよ」
何故か得意気にこちらに振り向く。お前はどこに胸を張れる要素を見つけたんだ、ええ?
「スミスという渾名からも察しられてしまう通り、アンタは没個性の世界大会に出場できる程よ。私は凄く悲しいわ」
「おお、そうか」
真っ当な心配をされると照れるな――いやスマン、嘘だ。
「数少ない知り合いだし……まあ、少しぐらい報われても良いんじゃないかしら。何やかんやで付き合ってくれるし……」
「――ん? 何だって?」
俺は半身だった体をガバッと後ろに向けた。何か今トンデモナイ発言を聞いた気がする。
――直前まで明らかにらしくない表情をしていた記憶が脳に残像のように居座る。俺の中で不味いものが渦巻いていたがどうやらもう神奈はいつも通りのムスッとした表情に戻っていた。今のは幻覚、幻聴としよう。いいな?
「何でも無いわよ。それで、アンタホントにこのまま平凡とかに埋もれて高校を終わろうっていうの?」
「そうともさ。俺は平凡こそ至高だと思ってるんだからな」
もういいわ、と言って神奈はそのまま話を有耶無耶にした。こうなったら取り付く島もないのでほうっておくのが一番だ。これに関してだけはずぅっと前から知っている。
――比喩なしに、ずっと前からな。
「ったく……。10分休みが溶けちまったよ」
そう悪態をつくだけついて前に向き直した。ちょうど、チャイムが鳴り出した瞬間のことである。
さてこの後書きは下書き済みという全然理解できない発想より生まれた全く意味の分からない代物である。奇抜を好む人間というのは総じて奇抜を通り越して頭のネジがぶっ飛んだ行動に走ると常々思うが、ついに身をもって示す羽目になったということをここに記録する。
ずばりハ○ヒのオマージュどころかパクリといい切っていいこの作品だが、まあパクリとバレてはいけないのでかなり自分色に染めきった(つもり)。青春どころか高校生すら超えていない男が高校生か怪しいちょっと老けたおっさんみたいな地の文を創り出す主人公を書いてみせようだのというのはシュール、無謀極まる所だが、まあ続きを見て無謀かどうかは判断して欲しい。オリジナリティ無くない? とか突っ込んだら既に負けていると思って欲しい。
しかしイカれたやつは下書きなしでもっとぶっ飛んだことを書けるので、真に奇抜なやつに、作者のような変人を装った凡人は近づくことすら難しいと書いている途中で思い知らされてしまったわけだが、これは本編とも後書きとも全くこれっぽっちも関係のない話である。