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村娘が世界を変えてもいいじゃない!  作者: 紀伊国屋虎辰


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新たなる誓約 

 闇が……晴れる!


 再び周囲を吹き荒れる腐食の風。

 

 目を開けたリアムが最初に目にしたのは、魔精霊の風に当てられ土気色になった婚約者フィオナの顔。

 

 リアムの手を握る彼女の手は見る影も無くぼろぼろになっていて、大好きだったフィオナの手をそんな風にしてしまった自分に罪悪感が芽生える。


 それでも二人の左手には紋章があり、大審問を展開するためにメディアは紋章解放の準備に入っている。

やることはもう決まっていた。


「メディアさん。そのまま僕の紋章を解放してくれ!」


「リアムさん!!」


 フィオナが接触してからまだほんのわずかしか経っていないはずだが、大審問の漆黒の円陣が消えてリアムが正気を取り戻したと言うことはフィオナは目的を遂げたのだ。


 意識を切り替え、コリントスの紋章旗からリアムの紋章旗を想起する。

リアムの頭上にヤマユリの紋章が現れその力が発現する。


『応えよ! 我が紋章旗! 神より賜りし奇跡を示せ! 我、リアム・ライアンが祈念する。神威顕現・万癒の雫よこの手に!!』


握りしめた拳から、青く澄んだ水滴がこぼれ落ちる。

これこそが雪割り谷男爵、初代エイドスより受け継ぎし治癒と浄化の奇跡。

生死を逆転させる神の奇跡の顕現である。

 リアムを中心に次々と腐食した大地や空気が浄化され、フィオナの身体を侵食していた毒も即座に浄化される。


「アアアアアアアアアアアアアアアアア」


 空気をつんざくような叫びと共にリアムの中から再び魔精霊ダイモーンの巨人体が姿を現す。

真下のフィオナに手にした風の鎗を振り下ろそうと襲いかかる。


「フィオナ! 左によけろ!」


「きゃっ!」


 小さく悲鳴を上げてフィオナは転がる。その場が風の鎗の一撃で次々と穿たれる。

耳を澄ませば風が聞こえる。目を開けば風が見える。

 

 離れたとはいえ魔精霊はリアムの身体の一部。当然その意識が消えた今、アイアースが操っていた風は使えないまでも視ることはできる。


「やったか。だが、このデカブツをどうする? 少しの時間なら対処できるかもしれんが、俺の寿命が尽きるまで戦うわけにもいかんぞ?」


 勇者の力は使えば使うほどヘリオスの命を削る。

このまま魔精霊の自滅につきあえば、ヘリオスの方が先に力尽きるかもしれない。


「みんな聞いて。恐らく今はこの魔精霊は操る魂を失って空っぽの状態なの。これはどういうことかというと、現状では魔精霊ダイモーンでは無くて、根源精霊アルケーが暴走している状態のはずよ」


 魔精霊が人間の精神を取り込んで人間族の敵になっているといっても、元々はその力はヘリオスと同じく根源精霊の力を変化の神が悪意で変質させたものだ。


 つまり、その精霊の力を操る魂が大審問によって隔離されてしまえば、そこに残るのは純粋なる精霊の力だけになるはずだ。


「フィオナ、それってつまり……」


「そうよ。リアム貴方がここで『勇者の宣誓』をするのよ!」


 ヘリオスの正体を知った今なら断言できる。精霊の力をリアムの意思で抑えつける。

それ以外にこの場を切る抜ける方法は無い。


「そうか。でもそのためには、これを止めなければならないんだよな」


 話している間にも、暴走を始めた攻撃は繰り出される。

紋章の力で毒は消せる。何とか攻撃をかわすこともできる。


 それでもリアムを傷つけずに精霊体だけを倒すには至難の業に思えた。


「それが問題ね。ヘリオス、焼き払わずに何とかできそう?」


「一瞬でも動きを止めることができれば。だが、できればもう一人欲しい」


 光を操るにも詠唱がいる。先ほどのようにリアムごと魔精霊を斬るのは容易いが、それでリアムの寿命がどれだけ減るかはわからない。そんな危険な賭けはヘリオスもしたくない。


 その時である。


ヒュンっと背後から飛来した鉄の塊が魔精霊を貫いた。


 魔精霊の身体が揺らぎ背後で地面が炸裂する。

風の彼方から聞こえてくるのは蹄の音、更に飛来した投げ槍を精霊体がはねのける。


「待たせたでござるな!」


 そこに立っている者はみんながよく知る男だ。

鎧も着けず、上半身に包帯を巻き付けた痛々しい姿ながら、そこには確かにデメトリオスが立っていた!。


「師匠!」


「デメトリオス殿!」


 フィオナとメディアは呆気にとられ、リアムとヘリオスは叫ぶ。

そこにいたのは人馬族ケンタウロスの騎士デメトリオス。

その傍らにはもう一人の人馬族がいた。


「デメトリオス殿はあまり無理をなさらず~。ここはそれがしに任せるでござる」


 もう一人の騎士はコリントスへの伝令を頼んだアンティオコスであった。

その手には巨大な弩、ガストラフェテスが握られている。


 精霊体を貫いたのはこの兵器から発射された矢であった。

攻撃に反応し、精霊体は風の弓を産み出してアンティオコスを撃つ。

 

 だが、そこはケンタウロスの足である。

易々とかわしながら正確な狙撃を繰り返していた。


「デメトリオス殿。前に出ずフィオナを助け出して石の壁を頼む。メディは俺に光を!」


「応とも!」


「わかりました!」


『【生ぜよ】光。

 宵闇照らす【輝き】よ来たれ

  真昼の如く世界を【照らせ】

 命ずる。我が意に従い【収束】せよ!』



 ヘリオスの身体に光の魔法を撃つことで一時的に能力を賦活し、命の消耗を抑える。

背にした文様を光が走り抜け、ヘリオスの身体が一瞬全て光に変換される。


アンティオコスとデメトリオスに気を取られていた精霊体がヘリオスの動きに気がついたときには、既に手遅れだった。


ドンッ!と、雷光と同じ速さで精霊の身体に風穴をぶち開ける。


メディアは、そのまま駆け寄って、フィオナに世界辞典を手渡す。


「先生、世界辞典をお返しします。今こそ、魔精霊を倒しましょう!」


「ええ!! リアム。私と手を繋いで。一緒に勇者の宣誓を読み上げるわ!」


 世界辞典のページがめくれて、目的のページが現れる。

リアムは手を伸ばしフィオナの手をしっかりと握る。


すると、フィオナの得た知識が彼の頭の中にも流れ込んでくる。


「「我は願う。永遠なる世界の守護者にならんことを

  我は願う。安寧を運ぶ導き手にならんことを

  我は願う。世界の敵に神罰を下すものにならんことを

  我は願う。神の手となり目となって正しき道を照らすことを

  万物の風をこの身に宿し、世界を繋ぐ楔とならん

  秩序の神よ。我が誓約を聞き届けたまえ!」」


 フィオナとリアム、二人が唱える誓約の言葉。

リアムの背中の文様が形を変え、翼のようにその背に刻みなおされる。


【誓約はなされました。新たな勇者よ。貴方が正しき道を歩むことを願います】


ほんのわずかな一瞬、フィオナに良く似た女性の姿が見えた気がした。


 宣誓が終わり周囲の風が止まる。大地に満ちた魔風は穏やかな風となりリアムの体の中に流れ込んでいく。そしてそのまま倒れそうになる彼をフィオナが支える。

 

 それでも非力なフィオナでは彼を支えきれず、そこにデメトリオスが手をさしのべた。


「良くやったな。我が弟子よ」


「ありがとうございます。師匠こそ死にそうな顔してるじゃないですか」


 本来は動けるような怪我ではない。デメトリオスも死ぬ気でここに来たのだ。

その気持ちが嬉しかった。


「今度こそ、お帰りなさい。リアム」


「ただいま。フィオナ」


 魔精霊が消えたことで、急速に世界は浄化されていく。

その場に座り込むメディアに人間の姿に戻ったヘリオスが抱きかかえる。


「へ、ヘリオス様!!!」


「メディもよく頑張ってくれた。俺も勇者の使命を果たせたよ。ありがとう」


「当然のことをしたまでです。わたしはこれからだってヘリオス様のいくところならどこへだってついて行きます」


 真っ赤になって訴えるメディアをヘリオスはそのまま抱きかかえる。


「アンティオコス殿、本隊には魔精霊の討伐に成功したと伝えてくれ」


「かしこまりた。殿下!」


 推薦状を書いたからには彼も一時的にコリントスの騎士になっているだろう。だからおそらくデメトリオスを背に乗せてここまで先行してきたのだ。


間もなくコリントス軍の本体が到着するはずだ。


「帰りましょう。我が家に」


「ああ……帰ろう」


こうしてフィオナ・グレンが婚約者であるリアム・ライアンを取り戻す旅は終わりを告げたのだった。                        

今回で本作品は一応の完結です。一両日中にエピローグを執筆し、今月いっぱい掛けて気にくわない箇所などを治していきます。あと少し、この作品にお付き合いください。

今まで読んでいただきありがとうございました。

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