魔精霊:1
ヒュゴオオォ!!
夜明けから少し経った頃。リアムのいる場所から猛烈な腐食の風がわき上がった。
こちらの休息時間を確保するために彼は夜明けまで戦ってくれていたのだろう。
「来るぞ!」
吹き付ける世界を引き裂くような風の音。あまりの魔力の濃さに景色が歪む。
ユラリと砦の影から姿を現したのは昨日までと変わらぬリアム。
だがしかし、その背には20ペーキュス(約10m)の暗緑色の針金で編まれたような巨人の姿が現れていた。
巨人はリアムの背中一面に広がった文様が血管のように伸びて彼に取り付くようにその巨体を形成しているように見える。
フィオナはすでに世界辞典を開き敵の情報を読み取ろうとしていた。
【魔精霊は変化の神が生み出した最悪の災厄。
風の魔精霊は、その名の通り風に特化した七つもの力の言葉を操り大いに帝国を苦しめた。
その姿は核となる人間と、それを包み込むように展開される精霊体。
各魔精霊の力を用いて人間の身体が戦うこともあれば、精霊体が実体化して世界を歪めることもある。
1000年前の戦いではたった二体で、無敵を誇ったケンタウロス騎兵団を半壊させたという】
「つまり、あれが伝承通りの姿というわけか!」
「世界辞典にはそう書いてあるけれど、まだ出現したばかりだから不用意に仕掛けてはだめよ」
(今助けるわ。リアム!!)
ヘリオスにはそう言いながらも、フィオナが世界辞典を握る手にも力がこもる。
傍らにはメディアの姿。
この辞典を魔道書として機能させるにはメディアの力が必要で、辞典として使うにはフィオナの力が必要なのだ。必然的に二人は並び立つことになる。
「こんな時になんですけど……わたし、フィオナ先生の教え子で本当に良かったと思います」
ヘリオスと同じく自分には何の価値も無いと信じていたメディアを頼りにしてくれるフィオナ。
自分はその期待に応えられる存在になれただろうかとメディアは思う。
「私もよ。貴方がいたから頑張れた。貴方がいたからここまでこれた。貴方は私の最初で最高の生徒よ」
フィオナの緊張が少し緩む。その時メディアに見せた笑顔はリアムに向ける笑顔と同じとても嬉しそうな表情で、フィオナが自分を信じてくれている気持ちが痛いほど伝わってくる。
【500年前の大戦ではアイアースと名乗りデルフォイに強襲を仕掛けてきた。
皇女カサンドラを力尽くで奪おうとしたが単身で魔精霊と渡り合う誓約の勇者を得た人間族の初代ジェイソンによって討伐された。大戦後にカサンドラ皇女は勇者ヒューペリオ・ジェイソンの妻となり、デルフォイ王家、またはコリントス候家の始祖となった】
続いて読み取られたのは500年前の出現の記録。その時は明確な人格を持ち戦いを挑んできた。
「先生。あれはリアムさんなんですか? それとも……」
更にリアムの周囲の空間が歪む。
これは間違いなく魔法。しかも強大な魔法が来る前兆だ。




