別れの夜。最期の夜:3
「メディ。少しでも休んでいた方がいいのではないか?」
「ありがとうございます。でもお二人のことが気になるので、わたしはもう少し起きてます」
フィオナとリアムが即席露天風呂で話し合っている間、ヘリオスとメディアは廃砦で休んでいた。
どうやらリュカオンが使う以前にも頻繁に使われていたらしく、窓の鎧戸も錆び付いてはおらずベッドやタンスも朽ちては居なかった。
「そうか。メディは恐くはないか?」
「それはもちろん恐いですよ。だけどそこはヘリオス様が絶対に護ってくださります」
「ハハハ。ずいぶんと買いかぶられたものだ」
メディアは全幅の信頼をヘリオスに寄せている。その感情は尊敬というよりも崇拝に近いものだ。
「ヘリオス様は、恐いとか思わないんですか?」
「俺か? 死ぬことは正直恐くない。そういう風に育てられているからな。それよりも俺は負けることの方が遙かに恐かった」
「あの皇帝選抜戦のことですか?」
「そうだ。俺は産まれてから10年以上も修行に明け暮れていた。コリントス候を継ぐため最高の師と環境でずっと育ってきた」
誓約の勇者は人類の守護者である。父である勇者フィボスと剣神の誉れも高いスパルタ伯レオニダスから授けられた剣技は並の剣士が数十年かけて到達する境地だった。
その彼が一度は皇帝になる能力無しと放逐された廃太子アルケイデスに破れたのだ。
「しかもあの時、陛下は本来の得物である鎗では無くて剣を使っていたからな。万を超える市民の前で敗北すると悟ったときの恐怖。あれより他に恐い物はない」
今にして思えば、フィボスは自分が皇帝戦に名乗りを上げずヘリオスを戦わせたのは、その敗北の恐怖を教えるためだったのでは無いかと思う。
「そうだったんですね。わたしだったら逃げ出していると思います」
「俺だってそうさ。陛下の強さは尋常ではない。世間では互角などと言われているが、それこそ父上や我が師の実力で、なんとか止められるかどうかという怪物だ」
勝てないと悟ったとき、降伏しようかとも思ったが意地でも立ち続けたことで、世間からはそのような評価を得たのだという。
「その時に陛下に教えられたのさ。負けても生き延びれば敗北では無い。次に勝機が有るなら退くことも勇気のうちだと」
皇帝は廃嫡されるほど才能が無く修業時代は何度も負け続けたという。
それでも今のマケドニア王であるフィリッポス十四世に師事して鎗の達人になったのだ。
そんな皇帝に敗北することで、ヘリオスはそれまでより一層強くなった。
グリプスを生け捕りにした時、デルフォイでデメトリオスとテオドリックと戦った時、そしてリュカオンと戦った時、ヘリオスはいずれの時もその称号に相応しい戦いぶりを見せた。
「でも、そのお話を聞くとますますわたしなんかが紋章官で良かったのかとおもいます」
本来はヘリオスは出会うことの無い雲の上の存在だ。
そんな彼の紋章官に自分なんかが選ばれていいのかと、メディアは常々疑問に思っている。
メディアの生家であるラプシス家は、不手際が元で爵位を剥奪された家。
紋章院長も何人も排出した名家であったが、爵位を失った以上はただの一般人。
男子の継承者のいないラプシス家が少しでも栄達するには、優秀で有ると思われた娘のメディアが、紋章官として少しでも高い地位を持つ貴族と婚姻するのが現実的で、修道院か魔法学院かどちらかに進むのが近道だった。
修道院の方が人間族の血が濃いメディアには向いていたが、禁欲と摂生を旨とする修道院よりは魔法学院の方がいいだろうとそちらに進学した。
人間族の血の濃さ故、魔法の適正は無かったが何とか魔法使いとして最低限の能力を身につけた。
「君だから良かったと思う。あのリュカオンに勝利できたのもメディが一人で三人分の働きをしてくれたおかげだ」
そんな出自への負い目からか、メディアは自己評価がとても低い。
本当はそんなことはないのだとヘリオスが告げなければ誰が告げるのか?
「ヘリオス様も先生もわたしのことを褒めてくれます。少しは自信をもっていいのでしょうか?」
「それは当然のことである。これからも変わらず私を支えて欲しい」
そして彼女が信じてくれることは、ヘリオスの勇気を奮い立たせる理由にもなる。
「も~、ヘリオス様。今、また私っていいました!」
やはりこの男もどこかで無理をしているのだ。本当に真剣な話をするときは決して偽れない不器用さ。
それこそがメディアが忠誠を捧げるヘリオス・ジェイソンという男だ。
「もう少ししたらフィオナ先生を迎えに行きましょう。ヘリオス様、今回も必ず勝ってくださいね」
「ああ、それは勇者の名に誓って!!」
夜は更けていく。
来たるべき世界の敵との戦いは刻一刻と迫ってきていた。
決戦前夜、ヘリオス側のお話です。
さて次回からはいよいよ人類の敵魔精霊との戦いです。
エンディングまで頑張って書いていきます。




