別れの夜。最期の夜:1
「ごめんなさい。私の見込みが甘かったせいね。デメトリオスさんもリアムもあんなことになるなんて……」
「それをいうなら俺の責任でもある。あそこで立ち上がれさえすれば、この事態は避けられた」
「お二人とも、そんなことを気にしても仕方有りません。今は身体を休めてリアムさんを追うんです」
今この場にリアムの姿は無い。彼の中の魔精霊は再び動き出し、いつ表出してもおかしくはない状況だった。
二人を庇い深手を負ったデメトリオスと、リュカオンとの戦いで限界まで戦ったヘリオスでは魔精霊を抑えることができぬだろうと、リアムはそのまま森へと消えた。
ようやく出会えたフィオナとリアムは再び離ればなれになってしまった。
町に帰るなりデメトリオスは急遽仕立てられた馬車でメガラの街に搬送された。
牽く者のいなくなった皇帝戦車は村人達が回収することになるだろう。
『なぁに気にすることではござらぬ。すぐに追いつくでござるよ』
と、デメトリオスは気楽に告げてくれたが、それが今のフィオナには辛かった。
「あの時、フィオナが人狼族の不死の秘密に気付かなければ負けていたかもしれん。全員生き残っただけでも俺達の勝利だと思わなければな」
休んだことで少し精神力が回復したメディアが、イリオスの特産品である気付け草をかみ砕きながらヘリオスの傷を癒やす祈りを続けている。
「それでも…………もっと上手なやり方があったのでは無いかと思うわ」
「たしかにリアムのことで君がそう考えることは仕方が無い。だがあの絶対絶命の状況を抜け出せたのはフィオナのお陰だ。一日でも早くリアムに追いつくために今は身体を休めて欲しい」
起き上がることもやっとの傷のはずなのに、それでもフィオナ達を気に掛けているのは、ヘリオスが勇者だからではない。
今まで見てきてわかったが、本質的にヘリオス・ジェイソンは底抜けの善人だ。
彼は誰ものために戦うだろうし、逆に誰もが彼への助力を惜しまない。
その気質こそが人間の守護者としての何よりの資質だろう。
「わかったわ。お言葉に甘えて今はやすませてもらうわね」
そうなれば気持ちを切り替えるのも楽だった。
泥のように眠り続けたフィオナが目覚めたのは二日後。
その頃にはヘリオスも起き上がれるようになっていて、リアムから遅れること三日でフィオナ達は村を出立した。
リュカオンが最初に拠点としていた廃砦までの道のりは四日。
途中の道では至る所に毒の沼ができており、いよいよリアムに残された時間が無いことが理解できた。
せせらぎの音が響く少し開けた場所にその廃砦はあり、石造りの建造物は蔦で覆われてところどころ朽ちている。
それでも、猟師や木樵が避難小屋として使っているのか、まだ人が住めるほどには整備されており、その壁面にもたれかかるようにして休むリアムの姿を見つけるのに時間は掛からなかった。
「リアム! 追いついたわ!」
フィオナの姿を認め、力なく頭を上げると辛そうにこちらを見るリアム。
「フィオナ……。僕に……近づくな」
リアムは己の意識が少しずつ混濁してきていることを自覚している。
持って今日一日。もしかしたら、もう今が限界なのかも知れない。
「先生、ゾエさんの血で何とかなりませんか?」
「わからない。でも、それしか方法は無さそうね」
投げられた小瓶を受け取ったリアムは一気にそれを飲み干す。
彩眼族の血が効果を発揮し、混濁した意識はスッと元に戻る。
「大丈夫?」
「ああ、少し落ち着いた。ヘリオス様、最期にフィオナに逢わせてくれてありがとうございます」
「待て、早まるな。俺が何とかする。だからもう少しだけがんばってくれ」
「ありがとう……ございます」
一時的に意識を取り戻したとはいえ、見る限りもう首元まで浸食は進んでいる。
まずは彼と話す方法を考えなければならない。




