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村娘が世界を変えてもいいじゃない!  作者: 紀伊国屋虎辰


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勝利の代償

 なぜだ? どこで間違えた?

生身に近くなったことで全身から吹き出す己の血を眺めながらリュカオンは思考する。


 矜恃きょうじを捨ててフィオナを人質に取るべきだったか?

駄目だ。フィオナがいなければヘリオスがリアムを殺していたかも知れない以上、そんな愚かな選択肢はありえない。


 それでは多頭龍ヒュドラーをけしかけて疲弊したところを狙うべきだったのか?

駄目だ。人馬族ケンタウロスを追走するために魔力を消耗しすぎた。ここで魔力を補充していなければ戦うこともできなかった。


 ならば、先にヘリオスかデメトリオスを殺すべきだったか?

駄目だ。優勢に戦いを進めていたはずだが、紋章官が恐ろしいほど手強かった。

一人で全ての術の系統を使える術者など、それこそ奇跡のような存在ではないか?

 それに魔法だけであれば魔人アトラスの足下に及ばないが、すでに3~4人分の術を行使しているはず。


 真に恐るべきは驚嘆すべき精神力だろう。


 では、観念してここで負けるのか?

アトラスの継承者にして、全ての魔人の頂点である人狼族リュカオンが、無様に屍をさらして死を迎えよというのか?


 駄目だ! 駄目だ!! 駄目だ!!!

 

 それだけは絶対にあってはならない。

 

 今からでも勇者か人馬ケンタウロスに食らいつけば肉体は再生する。

見たところ、勇者は立つこともできず、人馬も駆け回り投げ槍を放つことはできないはずだ。


 一撃、わずか一撃で形勢は逆転できる。


『土塊よ! 我が意に従え!』


 死力を振り絞り踏み出したリュカオンの周囲に、デメトリオスの作り出した土の壁。

それは人狼の身体を包みこむように展開された。


(こんなもの……足止めにも!!)


『唱和せよ 我らが呼ぶは神の蔵 唱和せよ 我らが呼ぶは神の鍵』


 余裕を持って対処しようとしたリュカオンは、響いてくるメディアの詠唱に戦慄する。


(馬鹿な……第二階梯祈念。しかもこれは!!!!!)


 彼の明晰な頭脳がこの後に訪れる事態を予期し、同時に絶望感に包まれる。


「貴方ですか!! フィオナ!! 貴方が!!! 貴方こそが敵でしたか!!!」


 口をついて出る叫び。


紋章官が唱えているのは本来であれば何の脅威でも無い祈念。

解呪されない限り取り出すことができない施錠と保護の祈り。


しかしそれは中に『魔法の物品』をしまうためもの。


すなわち全身が魔法に置換されたリュカオンにとっては恐るべき牢獄となる。


逃れるには人狼化を解くしかない。

だけども、その場合は人間の肉体の限界を超えた傷は即座に彼の命を奪うだろう。

敵は二人の強力な騎士とみなし、何の戦闘力も無い小娘二人と侮った彼の敗北は明らかだった。


『我 ここに奇跡を祈る 不朽の神蔵 来たりて宿れ!』


 体表を覆った岩塊が祈念によって結合していく。

己の敗北を予感したリュカオンは、その右手に意識を集中する。


 戦場いくさばにおいては自分には負けられぬ誇りがある。

そしてフィオナも騎士であるとわかったからには、遠慮の必要すら無い。


 このまま最期の一撃を放ってもリアムならかわすだろう……。


そう……リアムなら……。


「フィオナ・グレン。騎士としての貴方の戦いに敬意を表し最期の一撃は貴方に差し上げましょう。これで私の敗北は無くなります」


 岩の牢獄に捉えられたリュカオンは不敵な笑みを浮かべたまま右腕を振り下ろした。

そしてそのまま火花と轟音を立てる封印の牢獄に捕らえられる。


 リュカオンから放たれた最期の一撃は打撃。紋章の力を透過してフィオナに襲いかかる。


「嘘っ!! そんな!!」


 必死で意識を集中し、障壁を維持しようとするもリュカオンの攻撃は容赦なくそれを削る。

人間族の血の濃いフィオナの障壁は強いといっても、それはあくまでも普通の人間と比べてだ。


 ヘリオス達のように強弱を操ったり、瞬間的に強化するような使い方はできない。

度重なる呪文の行使で、さすがのメディアも精神力が尽き、ヘリオスも立ち上がれないほどの傷。

 意識の集中が途切れれば人間など跡形も残らぬ無慈悲な攻撃がフィオナを砕く。


「フィオナ!! くっ……うわぁぁぁぁっ!!」


 動けるのは自分だけ。考えるよりも先にリアムは飛び出しフィオナを抱きかかえていた。

パリン、パリンと二人の障壁が割れる音が響き、フィオナに襲いかかるはずだった人狼の爪が容赦なくその身を引き裂く。


「リアム。私のことはいいから離れて!! 貴方が死んじゃうわ!!」


「そんなことできるわけないだろ。ここでフィオナが死んだら僕が今日まで生きてきた意味が無い」


「そんな!! 私だって同じよ!!」


 そんな二人の前に大きな黒影が立ちはだかる。 


「いかん。リアム、ここは拙者に任せろ!!」


「師匠!」


「デメトリオスさん!!」


 封印のために岩を操っていた騎兵槍を放りだし、さらにデメトリオスがリアムを庇う。

せっかくリュカオンを倒しても、ここでリアムが致命傷を受ければ全てが水の泡だ。


「ぐあぁぁぁぁぁぁっ」

 

 デメトリオスの苦悶の声。


まともに受ければ人馬族といえども無事では済まない。

フィオナとリアム。二人の障壁で緩和されているとはいえ、両腕の骨は砕けその体躯にいくつもの穿孔が穿たれる。


「ぐがあぁぁぁぁぁぁっ!!」


 リュカオンは負けは無いと言ったのはこのことだった。

フィオナを狙うことで、普通であれば避けられた一撃をリアムが受け止めねばならず、さらにリアムに致命傷を負わせないためにはヘリオスかデメトリオスが庇わなければならない。


目の前に転がる物言わぬ岩塊となったリュカオンの狡猾な攻撃だったのだ。


 大地を揺らす衝撃が止まり、デメトリオスの巨体がドウッと倒れ込む。


「師匠! しっかりしてください。師匠!!」


「なぁに。大丈夫。これくらいでは拙者はくたばらぬでござるよ」


 自らも大怪我を負いながらもリアムは自分たちを庇って倒れた師を助け起こす。

怪我をした割には何故か身体が動くのでそのことは容易だったのだが……。


「リアム! 腕が!」


 フィオナが柄にも無く悲鳴を上げる。


「これは……」


 指さされたリアムの右手全体が暗緑色に染まっている。

彼の傷は彼の中に宿る魔精霊ダイモーンが再生させていた。


それは再び浸食が始まったことを意味する破滅の合図だった。 

人狼との決着でしたが、彼はただでは死にませんでした。

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