決着の時:2
「それでは……そろそろ終わりにさせていただきましょう」
リュカオンは鍵盤楽器でも打ち鳴らすかのように両前足を大地に叩きつけた。
その足下からは渦を巻いて吹き上がった岩石による暗闇の天蓋が現出する。
「アァァァァァァッァ!!!オオオォォォォォォォォォッッッ!!!!」
落下するよりも早く岩石の天蓋をまといリュカオンは突進する。
聞くだけで士気が挫けそうな遠吠えとともに叩きつけられる魔獣の巨体と石の嵐。
「まだまだよ! 当てられなければ迎え撃てばいい!」
手持ちの馬上鎗の力で大地を壁に変えながら、デメトリオスも降り注ぐ岩塊をものともせず、果敢に相手に捨て身の体当たりを繰り出す。
猛烈な勢いで飛び出したリュカオンは、そのまま跳び上がり空中で魔獣から人狼の姿へと戻る。
「今度こそ倒させてもらう!」
声は更に上から響いた。
ヘリオスは降り注ぐ石の雪崩を駆け上がり、リュカオンを待ち構えていた。
「まさか、いつ!!!」
後悔の叫びを終えるよりも早く、必殺必滅の一撃がリュカオンを頭から真っ二つにする。
そしてそのまま剣戟で生じた音の壁が敵を押しつぶす。
「やったか?」
掛け値無しに渾身の一撃。
ガクリと膝をつき立ち上がろうとするが、ヘリオスは全身の筋肉が軋み起き上がることができない。
「ヘリオス殿、大丈夫でござるか?」
血は止まっているとはいえかなりの傷を負っているデメトリオスがヘリオスに駆け寄る。
「ああ、何とか……」
ドガァァァァァァン!!!!
その時再び巨大な鉄球を叩きつけるような音が響き、ヘリオスの身体が跳ね飛ばされる。
「ヘリオス殿!」
デメトリオスが受け止めるが、その耳元にパリンッと破滅を告げる音が響く。
「今の攻撃は予想外でしたよ。人馬族の連携力を甘く見すぎたようです。二度ならず三度までもこの身を斬られることになるとは。ですが、もう障壁は消えましたね。あと一撃で終わりです」
リュカオンの言うとおり。
ヘリオスを守る加護障壁は消失した。
つまり……リュカオンの攻撃が当たればヘリオスはこの世から消え失せてしまうだろう。
その言葉に嘘偽りはない。
だが、予想された一撃はすぐには来なかった。
今までと違い、完全な再生に時間が掛かっているのだ。
こちらの攻撃は確かに効いていた。ただそれ以上にリュカオンは頑健だ。
「お主も口ぶりほどの余裕は無さそうでござるな」
「それでも二人殺すくらいなら造作も有りませんよ」
本当に軽やかに、踊るような勢いでリュカオンは爪や足を繰り出してくる。
ヘリオスを庇うように鎗を突き出してその攻撃をデメトリオスは防ぎきる。
『命ずる。【明示せよ】輝きを持って秩序ならざる御業を!』
自在に跳ね回るリュカオンの身体がメディアの呪文の詠唱とともに青白い輝きを放つ。
突然の事態に、彼は自分の身に降りかかった魔法を打ち払おうと手で振り払う。
「紋章官。私の身体に魔法とは、主を殺されそうになり気でも触れましたか?」
主の危機に少しでも注意を逸らすために破壊で無い魔法を撃ったのか?
リュカオンの身を包む青い光は吸い込まれるように消えた。
「ほんの一瞬の時間稼ぎにはなったようですね。他愛もない」
自分の身体に魔法が効果を現していることに一瞬たじろいだが、すぐに落ち着きを取り戻す。
「そうでもないわ」
馬車の中でフィオナは確信する。
僅かに相手の足が止まった一時。
このわずかな一瞬が人狼族の無敵ともいえる不死の秘密を明らかにした。
世界辞典が示した答えは、彼らが決して不死身の化け物でないことを告げていた。
「メディア、『紋章』を使うわ。リアムも『紋章』を準備して。出るわよ」
「はい。先生」
「わかったよ。フィオナ」
自分の紋章には戦う力が無いことはわかっていてもリアムは何も聞き返さない。
さっきまでは絶対に表に出るなといっていたフィオナが、今度は二人で一緒に出るという。
それならば、フィオナを信じることに躊躇いなどあろうはずもない。
「ええ。私たちで奴を倒すのよ。メディア、ここに手を置いて」
「はい。これは?」
「契約よ。私が倒れたらあなたがこの本の継承者よ。以前にも伝えたけれどこれは人が大魔法を行使するための魔道書でもあるわ」
倒すためには皇帝戦車の外に出なければならない。二人の身が無事で有る保証は無い。
この戦力でリュカオンを止めるには複数人での詠唱が必須の第二階梯正法が必須の条件だ。
その奇跡を可能にするには世界辞典の力を借りるしか無い。
二人を傷つけさせるようなことはさせてたまるかと思いながらも、メディアは世界辞典に手を乗せる。
『世界辞典よ。フィオナ・グレンの名に置いて命ずる、我が弟子メディア・ラプシスにその力を貸し与えたまえ』
世界辞典に刻まれたフィオナの名前の下にメディアの名が浮かび上がる。
「デメトリオスさんは奴の動きが止まったら岩石で相手を包み込んでください」
「承知した。足止めにしかならぬが良いのでござるか?」
「ええ、それでいいわ。ごめんヘリオス。もう一撃だけがんばって」
「相変わらず無茶をいう。だがやって見せよう。リアム。しっかりフィオナを守るんだ。わかったな?」
「わかりました」
「全くさっきから何をゴチャゴチャと。もう逃げ回るだけしかできないでしょうに」
言葉と共に大地を抉る強烈な回し蹴りが放たれる。
開け放たれた皇帝戦車の扉にも容赦なく飛礫は襲いかかるが、それはリアムが鎗で振り払う。
「そうでも無いさ。リュカオン。今度は僕がお前を止めてみせる」
「それは……紋章!? 降る気はどうやらなさそうですね」
リアムの手に紋章を確認しリュカオンは慌てて距離を取る。
そのまま戦況を確認し、もう一度魔獣の姿へと変わる。
「そうなるわ。貴方は当然知っているわよね。『人狼族は死ぬときに死体を残さない』。
世界辞典は教えてくれたわ。歴史上、倒されたリュカオンの死体は一度たりとも確認されていない。それが不死身の秘密を明らかにするきっかけだったわ」
「それがどうしたのいうのです? 我らは魔人の王、部下が持ち去ったかもしれませんし、貴方たちの前で死ぬ姿を見せなかっただけではないのですか? そんなもので我らが不死を打ち破れるはずはありません」
思えばリュカオンは最初から身体的優位を基に計算され尽くした攻撃をしていた。
彼が最初にヘリオスを襲ったのは、ヘリオスの技をしらなかったからだ。
それがある程度実力を見た後で今度はデメトリオスに襲いかかった。
もちろんそれにだって理由が有る。
「そうでもないわ。貴方は昨日一人でいたリアムを襲う機会があった。だけどそれはできなかった。そのためにわざわざヒュドラーを追い立てるなんて真似をして私達をおびき出した。そしてここからが本題」
どこを攻撃しようか逡巡しながら、リュカオンは守りを固める。
その行為すらもフィオナの推測を確信に変えるには十分だ。
「ヒュドラーを襲ったのも皇帝戦車を狙ったのも理由は同じ。貴方たちリュカオンの不滅の肉体は魔力を吸い上げて肉体に変換している。つまり人狼族のその姿は獣に変身しているのでは無いわ。いうなれば自分自身を破壊の魔法に変えている。だから魔力を得るためにあんな真似をしたのね」
そう。人狼の死体は残らない。今までの歴史の中で人狼が倒されたと言われているのは、多くの場合、弾き返せないほどの大魔法の直撃を受けた場合のみ。
魔法同士がぶつかった場合、威力の弱い方が消滅する。
「そんなもの推測にすぎませんよ」
「最初に斬られてみせたのも私達に不死身だと思わせるための作戦。それを理由により多くの魔力を消費する魔獣の姿では貴方は一撃も攻撃を受けていない。それに……言ったわよね? 『そんな攻撃は当たってからでもかわせる』。それができるなら、斬られる必要性は皆無よね?」
「それも証拠になりませんよ。かわす必要性は私が決めるものです」
その予想を確信に変えるための策も実行済み。
人狼が魔法を弾き返すことが可能なのは、並の魔法であれば等質の威力で打ち返していたのだろう。
そう、魔法は効かないのでない。それも証明した。
「そこまでいうなら教えてあげるわ。リュカオン。さっきメディアに撃たせたのは『魔法感知』本来は魔法を掛けられた物を探す魔法。それが貴方を『魔法』であると認知したわ」
「クッ。フハハハハハハハハハ!!」
フィオナの指摘にリュカオンは心底嬉しそうに笑い声をあげる。
先ほどの青い光は自身が魔法として認識された光。
さらに図らずもその魔法力を吸収したことでフィオナの言葉が真実であると証明してしまった。
「フィオナ・グレン。ますます貴方を連れ帰りたくなりました。その知性、観察眼。こちらの世界に残しておくには惜しい人材ですよ。私の作る新しい世界に是非とも必要な人間です」
一気に距離を離し、前衛の間合いの外に離れるリュカオン。
そうだ。彼はこの後には確実にこちらに向かってくる。
『我は紋章官、メディア・ラプシス。神紋よ、我が問いに答えよ。心正しき者、心健やかなる者、心強き者の声を聞け。紋章よ。開け!』
「今よ! リアム!」
フィオナはリュカオンに背を向けリアムの名を呼ぶ。
『応えよ! 我が紋章旗! 神より賜りし奇跡を示せ!』
掲げた左手の紋章が輝く。
「残念! やはり紋章の力を使わせる訳にはいきません」
炸裂音。
予想通り!
リュカオンは未知の紋章の発動を警戒していた。
だからわざわざ飛び退いた。ヘリオスの剣よりも、デメトリオスの鎗よりも一瞬でも早く紋章を使うリアムを抑え込める間合いに退いたのだ。
いつだってリュカオンは圧倒的な力を持ちながらも、一番勝率の高い手を選んでくる。
そこにこそこの怪物を止める勝機がある。
左手にあるのは、彼がその存在を認知していないたった一つの想定外。
「アオォォォォォォォォォォォッッ!!!」
勝利を確信し歓喜の叫びと共に飛来するリュカオンは空中で信じられない物を見る。
こちらを振り向いたフィオナの手に輝く紋章。
眼前の空中に展開された紋章もフィオナのものだ。
『我、フィオナ・グレンが祈念する。神威顕現・矢避けの加護よ来たれ!!』
グレン家の紋章の力、それは飛来する兵器を突風によって弾き返す矢避けの加護。
投石機の一撃すら防ぎきる奇跡の効果は、もちろん飛礫をまとって飛来するリュカオンすら弾き返す。
「これしきの風など、どうということはありません」
浮き上がる身体を回転させ、猛烈な向かい風の中で体勢を立て直すリュカオン。
「だが俺には十分すぎる時間だ!」
瞬きするよりも短い時間であろうと、ヘリオスには千載一遇の好機。
上下左右、全ての方向から放たれる連撃がリュカオンの身体をズタズタに切り裂く。
「グオォッ!」
フィオナの予想通り、体内の魔力を消耗し肉体の維持が難しくなったリュカオンに、その身を引き裂く痛みが襲いかかる。
「グオオオオオオオオォッ!」
森に響き渡る苦悶の叫びは不滅であり不敗であると謳われた人狼神話の終焉を意味していた。
読み返したところ、人狼族の不死性を証明する下りでわかりにくい場所がありましたので修正しました。
私のミスがなければリュカオンは該当の行動を取っています。
また、フィオナは彼と会うとき必ず左手を隠していたのもおわかりいただけると思います。




