魔人襲来:3
「オオオオオオッッッン!!」
跳ね上げられた岩塊は一つ一つが大人二人分ほどの大きさがあり、リュカオンは咆哮とともに目にもとまらぬ速さで何発も裏拳で打撃を加える。
粉々に砕けた巨大な石は人狼の力と速さで加速され、人間を易々と肉塊に変えるほどの速度で襲来する。
「でやぁぁっ!」
意識を集中して自分の正面に来る石の軌道だけを見極め、剣を打ち下ろすヘリオス。
剣撃によって相殺されれば何とか障壁で防ぐことができる。
破砕された岩はそれでもガチガチと音を立てて容赦なく鎧の障壁を削っていく。
この攻撃は人間族の加護障壁を打ち破るために人狼が使う常套手段だ。
いかに人狼といえども、数発の攻撃は障壁で防がれてしまう。
それだけに障壁の防御限界を上回る飽和攻撃をしかけてくる。
人間族の鎧と防御正法はそれに耐えるために進化してきたともいえる。
「リュカオンよ。小細工など無用に願おう! 『大地よ。我が意に従え!』」
最初にヘリオスを仕留めようとしたリュカオンの頭上にはデメトリオス。
飛礫の嵐もものともせず、跳ね上げられた岩を撫でるように鎗で払う。
岩石は空中でピタリと静止して魔法の力で組み替えられ中空に道を作る。
デメトリオスは一気に駆け上がり、真下に向かって頭上からの騎兵突撃を敢行する。
他の種族には不可能な三次元の騎馬突撃は、1500年帝国を守護してきた彼らの真骨頂だ。
「魔法の鎗ですか……小賢しい」
鉄槌の如く振り下ろされる頭上からの攻撃に無造作に手を伸ばし左腕を貫かせる。
「言ったでしょう。触れれば魔法は無効化できるのです」
痛みなど感じていない様子でリュカオンが拳を握ると、鎗に籠められた魔法の力が無効化される。
そしてそのまま地面の岩ごと蹴り上げた!
「なんのぉぉぉ!!」
馬体を貫こうとする岩と蹴りを前足で迎え撃つ。
人狼と人馬。二人の間で火花を散らして岩が静止する。
「メディ。障壁強化の加護を!」
その硬直を見逃すはずも無く、ヘリオスは足下から人狼を斜めに切り伏せる。
「アハハハハ。すごいではないですか。二回も私を斬り倒すなど全く予想外でしたよ」
再び真っ二つになったはずの彼は、地面に落ちる頃にはすでに再生を終えていた。
「畜生。あいつは不死身なのか? やっぱり僕も出た方がいいんじゃないのか!」
「駄目よリアム。過去に倒されたと言うことは必ず弱点があるはず。それに私たちが出ても足手まといになるだけだわ」
「フィオナの言うとおりだ。君には二人を護るという役目がある」
遠話の魔法によってお互いの声は届く。
一転して攻めに転じて、何度も突きかかるヘリオスもその意見に同意する。
フィオナにも拳を握りしめたリアムの悔しさは良くわかる。
彼女だって世界辞典があっても何の打開策も見つけられないのだ。
メディアの祈念が無ければ、この馬車だってすでに粉々に破壊されているだろう。
伝承の通り不死身ともいえる再生力と、動くだけで大地が裂けるほどの破滅的な膂力。
ヘリオスとデメトリオスの二人を相手にしても怯まぬその実力は、まさしく魔人の王と呼ぶに相応しい。
『秩序の神 我が祈りに応えよ 不可視の盾 鋼鉄の一葉 堅牢の加護よ 来たりて宿れ』
障壁強化の加護が発動。
気休め程度だとしても防御に集中していた意識を攻撃に切り替えられるのはありがたい。
「デメトリオス殿。仕掛けるぞ!」
「承知!」
ヘリオスの頭の中にあったのは、ミダスの屋敷でデメトリオスとテオドリックが見せた連携。
自分が刺突による檻を作り出し、その隙に攻撃を待つ。
「その程度の気休め、無駄と知るべきでありましょう!」
先ほどとは逆に致命打になるほどの攻撃を捌きながらリュカオンは両手足で何度も攻撃を放つ。
攻撃が当たるたびに障壁とヘリオスの足下の地面が炸裂する。
そのたびに高速で鉄球をぶつけられるよなダメージが容赦なく蓄積していく。
城壁並みの防御力を持つはずなのに、骨が軋み筋肉が潰れる痛みに悲鳴を上げそうになる。
それでも……ヘリオスは耐えていた。
次の瞬間に勝利が到来するという確信があったからだ。
ズバァァァァァァン!!
空を切り裂き飛来した鉄塊の音。
「アオォォォォォォッ」
それまで全く痛みを感じていないように見えたリュカオンが初めて苦痛に呻く。
ズバァァァァァァン!!
更にもう一撃。
「これこそが人狼殺し。我らが騎兵団の投げ鎗にござる」
遙かな上空に駆け上がったデメトリオスは高らかに宣言する。
騎兵槍による突撃と、投石機以上の威力を持つ投げ鎗。
その攻撃が確かに人狼を串刺しにしていた。
「裏切者うぅっっっっ」
ともに戦う仲間の特性を理解して瞬時に連携をくみ上げる戦術眼。
人馬族の生まれ持つ戦士としての才覚である。
ようやく与えられた有効な攻撃に人狼は怒りの叫びを上げたのだった。
初めての本格的な魔人戦です。
人狼はこの世界ではかなり理不尽な強さを持っています。




