魔人襲来:2
「リアム、メディとフィオナを皇帝戦車の中に!」
奇襲に警戒しつつ、リアムはフィオナ達を馬車に待避させ、自らは馬車を護るように立つ。
それを見て、余裕の笑みを浮かべた相手の進路を塞ぐようにヘリオスは剣を構えた。
その様子を心底不思議そうにリックと名乗る男は見つめていた。
「やれやれ……今の人間は人狼の名誉も知らぬのでありましょうか?」
「知っておるぞ。人狼は戦わぬ者の首は獲らんのでござったな」
「そちらの裏切者は、存じておられましたか。我ら人狼は魔人の王。殺すだ
けならば待つ必要など微塵もありませぬよ」
丁寧な言葉のわりには語気に若干の苛つきが滲んでいる。
やけに丁寧な言い回しも、別にこちらに気を遣っているわけでは無い。
彼ら壁の向こうの住人達は昔ながらの言い回し、つまり古い共通語で話す。
幾度かの会話で感じていた違和感はそれだった。
「リックさん。それなら何が目的なんですか?」
「それは簡単なことですよ。貴方とフィオナさんを壁の向こうに連れて帰るのですよ」
リアムの問いに答えながら、人狼は更に一歩踏み出す。
「リアム、下がっておれ」
未知数の速さを警戒し、デメトリオスが槍を構える。
「師匠、彼の狙いは僕です。僕を生かして手に入れなければいけない以上、無茶はしないはずです」
「彼のいう通りです裏切者。私ならばリアム君の意識を保ったまま魔精霊と意思の疎通ができる。悪い話では無いでしょう?」
「いいや。十分に悪い話だ」
リアムが返事をするよりも早く、ヘリオスは会話を遮った。
「つまり、それはお前はアトラスの王の地位に極めて近い人物だということだろう。それにどうして旧王都にしか居ないはずの人狼が壁のこちら側にいる?」
「簡単な話です。我らの側に魔精霊が産まれた。それも有力な王の候補者としてね」
「つまり、お前はそれを覆したいと?」
「だから私は我らが王都を離れ、壁が開くのを待った。大人しく二人を渡していただけるならここで貴方達を見逃してあげても構いませんよ」
更に一歩前に進む。
足下から魔力を帯びた黒い渦が巻き起こり、両足半ばまで変化する。
相変わらずの丁寧な言葉遣いとは裏腹に、譲歩か死かを迫る容赦の無い一歩。
「断る!! 残念だが帝国ではそれは交渉とは言わない。脅迫と言うんだ」
剣を構えるヘリオスの額にも冷や汗が浮かぶ。
彼だけでは無い。剛勇を誇るデメトリオスや馬車の中に居る者まで、彼が動くたびに心臓を握られるような威圧感を感じる。
これこそが人狼。魔人の王に最も近き者だけが持つ圧倒的な恐怖。
ヘリオスが目で合図をする。フィオナとリアムはお互いに相手の意思を確認するように見つめ合う。
そしてフィオナは隣にいるメディアの手の平に指で文字を書く。
「さぁ、最後の問いかけです。二人を渡していただけませんか?」
更にもう一歩。黒い煙のような渦は全身にまとわりつき、銀髪も黒く染めあげられる。
端正な顔は狼のそれになり、ただ琥珀の瞳だけが人間だった時と変わらなかった。
「そんなもの、返事は決まっておろう。そうでござるなヘリオス殿?」
「ああ、人狼相手に逃げる騎士など帝国には一人もおらぬ。ましてや恐れをなして戦わぬなど、それこそ勇者の名折れ。この私、ヘリオス・ジェイソンこそが人間の盾と知るが良い!」
両側から同時に仕掛ける位置に二人も歩を進める。
その決断に人狼は信じられないというように首を振る。
「良いでしょう。貴方がたはこの私、旧王都七つの丘が第二席、リュカオン・アトラス=アルカディア自らが征伐して差し上げましょう」
その名、変化の神の生み出した亜神の名を持つ者は魔人の頂点に立つ者。
恐らく彼のいう通り魔精霊を操る技を持っているだろう。
しかしその誘惑に耐えなくては、更なる敵を生み出すことになる。
アトラスの側に既に魔精霊が居るというのは、帝国にとっては看過しがたい驚異だ。
「最悪ね。リュカオンって本物の魔人王の一人じゃない! リアムも馬車の中に!」
リュカオン。その名を名乗ることが許されるのはバシレウスと同じくその種族頂点に君臨する者のみ。
しかもアトラス=アルカディアは、アトラスの直系の子孫を示す名だ。
つまり、最悪の予想を更に上回る最悪の敵ということになる。
「わかった。ここは師匠とヘリオス様に任せる」
できれば前に出て戦いたい。
しかし相手の言うとおりならば、直接魔精霊を操れるかもしれない。
そうなれば、リアムはその手で皆を傷つけてしまう。
悔しいが、今は籠城が最良の判断だろう。
『秩序の神 我が祈りに応えよ 堅牢なる護り 安らかなる揺り籠の如し 不破の奇跡よ 来たりて宿れ』
リアムを収容すると同時に、皇帝戦車内部に張り巡らされた銀の文様がメディアの祈念に応える。
短時間であれば魔人族の破壊力すらも凌ぎきれるだろう。
『生ぜよ。【旋律】。
願う。【響け】彼方と此方を結ぶ音。
命ずる。【調律せよ】我らが傍らにあるが如く』
さらに矢継ぎ早にメディアが魔法を唱える。
直接相手を撃っても人狼に効かないが、触れぬ限りは補助魔法は打ち消せない。
だから遠話の魔法を最初に使う。
「メディ、二人のことは任せる」
「はい。ヘリオス様!」
話しかけるとほぼ同時にヘリオスは矢のように前に踏み込む。
これまで見てきた彼の倍以上の速度で高速の突きを放つ。
その一撃は狙い通りにリュカオンの喉笛に突き刺さる!。
かに見えたが、喉元に突き刺さったと見えたその時に敵の姿が消える。
「この程度が誓約の勇者の力なのでしょうか?」
ヘリオスが飛び退き、バシュッと空気が裂ける音がする。
「その程度の斬撃。当たってからでも余裕でよけられますよ」
真っ赤に裂けた大きな口を開けてリュカオンは嬉しそうに笑う。
「でやぁぁぁ!!! その大口、これでも叩けるものかっっ!!!」
そう。ヘリオスの突きに気を取られている間にデメトリオスは十分に距離を稼いだ騎兵槍の一撃を人狼の腹部に思い切り突き立てる!。
本気になった人馬の突撃に、さしもの人狼も一瞬で身体を真っ二つにされ上半身がちぎれ飛ぶ。
「くっ!! 浅い!!」
悔しそうにデメトリオスは叫ぶ。
その場に残された下半身は瞬時に蒸発し、吹き飛ばされた上半身から即座に新しい両足が再生する。
「デメトリオス殿。散るぞ!」
「応!」
相手が着地するよりも早く左右に散る。
ようやく着地したリュカオンは大きく息を吸い込んだ。
「ああああああおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーぅ!!!」
彷徨とともに足を踏み出す。
足が触れ、そして大地が裂けた!
地面はめくれ上がり轟音とともに空に大地が舞う。
「思ったよりは楽しめるようですね。せいぜい簡単には死なないでください」




