そして彼と彼女の話をしよう:3
その夜、新たな騎士の誕生を祝いささやかな宴が開かれた。
この村の名物だという沼縄をふんだんに使ったスープ。
そして森に住むイノシシ肉の香草焼き。
特にここの沼縄は、フィオナの祖父であるダイアー・グレンが麓に移住を余儀なくされた村人のために栽培を推奨したこともあり、巡り巡ってこうして孫娘であるフィオナの食卓に上るのは奇縁といえよう。
「これって母さんの作った大豆スープだよな?」
「もちろんよ。家から持ってきたのよ。村を出てから全然食べてなかったでしょ?」
「そうか、もう二年も経ったのか。懐かしいと思うわけだ」
「さぁみんなも食べて食べて。そっちのお肉の香草は、クレイグおじさまが配合したものよ」
フィオナは慣れた手つきで肉を切り分けスープをそそぐ。
その様子を見つめていたヘリオスは真剣な面持ちで語り始める。
「メディ、この料理の作り方はよく覚えておくんだ。コリントスの糧食として採用しよう」
「はい。このスープはイノシシのお肉と合う感じがします。それにお米との相性がバッチリです」
「残念だけど雪割り谷ではお米は採れないのよ。冬にはイノシシを鍋にする時に大豆スープを使うんだけど、そう言われるとお米が欲しくなるわね」
今までは時々快活さを見せるものの、いつも思案がちだったフィオナは驚くほど明るく振る舞っている。
久しぶりに故郷の料理を食べるリアムの顔を見ているだけで幸せな気分になるのか動きも軽やかだ。
陽気なのはコリントス名物であるお米を醸造したお酒を呑んだせいかもしれない。
足取りが軽い、というかややおぼつかないのはそのせいだろう。
「しかし、こうしてみると確かに似合いの夫婦でござるな。リアム、早く拙者に孫の顔を見せてくれないか」
「師匠、それは気が早すぎます。なぁフィオナもそう思うだろ?」
恥ずかしそうに横を向いてしまうフィオナ。リアムの知っている彼女はこういう時にきちんと理詰めで、駄目な理由を説明してくれるのに様子がおかしい。
「えっと……。おば様からは二人ぐらい作ってもいいのよって……」
それはあまりにも意外な返事。
「フィオナ! 僕はまだ未熟者だ。だからそういう話はもう少し先にしよう。そもそも孫って師匠はそんな歳じゃないでしょう!」
「そういえばデメトリオス様ってお幾つなのでしょう?」
「ん? 拙者でござるか。今年で32でござるな」
「ええっ! 落ち着いておられるのでもっと年配かと思ってました!」
「ケンタウロスは全く見分けがつかないからな。どちらかと言えばリアムの子は甥っ子だな」
「甥っ子と言えばヘリオス殿の祖母殿は我が国の王女殿下でござったな」
「その通りだ。我が祖母は今のマケドニア王陛下の妹にあたる」
人馬族は120年ほど生きるが、その大半を若者の姿で過ごすので、外見からその年齢を推測するのは困難だ。ヘリオスの祖母は80半ば。
人馬形態にならなければ、ヘリオスよりも若く見えるのだという。
メディアが初めてコリントスに招聘された時にはヘリオスの妹のフリをしていたらしい。
その後も、これまでのことが無かったかのように夕食は続いた。
宵の口。
「こうして師匠やフィオナ達とご飯を食べられたなんて夢みたいだな」
「夢なんかじゃないわよ。絶対に」
二人とも内心では二度と逢うことは叶わないのではないかと危惧していた。それだけに今晩のように楽しく語り合えるだけでも神の与えてくれた奇跡のような気がするのだ。
「そうだ。フィオナ。君にこれを渡しておくよ」
リアムが取り出したのは、小さな牙のようなお守り。
その表面はオパールのように七色に輝いている。
「これは龍角馬の牙ね。デルフォイで買ったの?」
「そうだよ。次に会うときに君に渡すために買っておいた」
「そういえば村のみんなはどこの家でも持っているものね」
龍角馬は人間族と混血が進んだ人馬族の子孫達である統馬族の相棒として知られる魔獣である。
頭に二本の角が生えたその姿は、とても美しく変身能力を失った統馬族も龍角馬と組むことで人馬族と遜色ない戦闘力を発揮する。
その龍角馬は気性の激しさ故に子供の頃に犬歯を切る習わしがあり、切り落とされた牙は一対のお守りとしてとても人気が高い。
これを旅人達は離ればなれにならないようにと、家族と自分で持つのだ。
特に雪割り谷の男達は、何年も家を離れるのが常なので人気が高い土産物となっている。
「もらってくれるかな?」
「当たり前じゃない。リアムもそっちは絶対になくなさないでね!」
嬉しそうに首にお守りをかけるフィオナだったが、安心したら一気に疲れが回ったのか少しうつらうつたとしてきていた。
「そろそろ眠くなってきたし、今日は寝るわね」
「僕はもう少し……話をしたいけど、駄目かな?」
「やめておくわ。あんまり一度に話すとそれが最後になりそうだもの」
「おいおい、そんなこというなよ。もうどこにも行ったりしないよ」
「本当に心配したんだからね」
リアムの肩に頭を預けてフィオナは呟いた。そしてたった今もらったばかりのお守りをぎゅっと握りしめる。
そうなるとリアムにも、仕方のなかったこととはいえ自分のことを信じてくれていたフィオナを置いて雪割り谷を出た罪悪感が首をもたげてくる。
そしてそのまま言葉にできない時間が過ぎる。
「くーーーー」
「フィオナ?」
張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、それとも長旅で疲れたのか、もたれかかったままフィオナは寝息を立てていた。
しばらくそのままにしていたが起きてこないので、リアムは彼女を抱えて部屋まで運ぶ。
「うわぁ、先生完全に寝ちゃってますね」
部屋の中ではベッドメイキングを終えたメディアが帝国法の本を読んでいた。
紋章官にとって、帝国法は必須の知識だ。
そして入ってきた二人を見て、実は二人を同じ部屋にするべきだったかと少し焦ったが、この部屋割りはリアムの提案だったことを思い出した。
「メディアさん。ここまでフィオナを連れてきてくれてありがとう」
ベッドの上にフィオナを優しく寝かせると、リアムはメディアに礼を述べる。
「いえいえ、わたしなんか全然お役に立ててないですよ。他のみんなの御陰です」
「たぶん君がいなければフィオナはヘリオス様と一緒にいかなかっただろう」
「またまた~。フィオナ先生がそこまでわたしのことを信頼してるなんて」
冗談はよしてくれとばかりに手を上下に振るメディア。
「そんなことはないですよ。僕に手紙を送るとき、フィオナはいつも君のことを書いていた」
「まさか!?」
ぴたり。と手の動きが止まる。
メディアはフィオナにとっては何十人もいる教え子の一人のはずだ。
それがそこまで気にかけられていたなんて初耳だ。
「君の努力する姿に励まされたから最後まで講師の任を続けられそうだっていっていた。どうか、これからもフィオナのことを頼みます」
「はい! こちらこそもっと色々教えて欲しいです」
リアムの言葉にメディアの口元が緩む。今までずっと憧れていたフィオナがそんなことを言っていたなんて教え子としてそれ以上に嬉しいことは無い。
「それでは僕は師匠とヘリオス様に話さなければいけないことがあるので、これで」
「わかりました。先生のことは任せてください」
2018年2月7日。リアムがフィオナにお守りを渡すシーンを追加。




