再会の時:3
「フィオナ。とりあえず落ち着こう」
「落ち着こうっていわれてもできるわけないでしょ! どれだけ心配したと思ってるの!」
頭ではリアムがそうする他無かったのだとわかっていても、それでも溢れる感情は抑えられない。
リアムにしても、ここまでフィオナが来てくれた。ただそれだけで決意が鈍りそうになる。
「僕だってフィオナのことも父さんや母さんのこともずっと心配だった。師匠だってそれは知ってる」
「そんなことわかってるわよ! バカッ!」
嬉しいのか悲しいのか良くわからない表情で、リアムの胸ぐらを掴んで揺するフィオナ。
そんな二人の体が不意にふわりと宙に浮き上がる。
「どちらの言い分も正しいことは拙者が知っておる。とにかく二人とも落ち着かれよ」
親猫にくわえられた子猫みたいに吊り下げられた二人。
見るに見かねたデメトリオスが強引に引き離したのだ。
その時になってフィオナもやっと自分のしでかしたことに気がついた。
もっと落ち着いて話ができると思っていたのに現実は無情である。
ちらりと反対側を見るとフィオナと同じようにぶら下げられたリアムと目が合った。
「フィオナ。本当に……ごめん」
「うん。私こそごめんなさい」
こうして再会できたのだ。今はやるべきことをやろう。
そうしているうちに、ヘリオス達が森から歩いてきた。
二人をそっとしておこうとでも思ったのか、少し森の様子を見に行っていたのだ。
「話は済んだか? 申し訳ないがフィオナ。向こうの跡に心当たりは無いか?」
ヘリオスは少し離れた場所で薙ぎ倒された木々を見つけていた。
「ヘリオス様ー。反対側の森の奥に続いてるみたいですー」
「そうだ、フィオナ。僕が壊した岩は元からここにあったものだ。何か原因があるはずなんだ」
「積もる話もあろうが、ここはヘリオス殿達に協力してもらえぬだろうか?」
「わかったわ……」
まだ胸の奥がざわついているが、それでもフィオナにしかできないことがある。
今はそれをしよう。いつものように世界辞典を取り出して周囲の観察を始める。
「これは大きな生物が移動した跡ね。さっき聞いた魔獣かもしれない」
「つまりこの水の濁りはその魔獣のせいなのでござるな?」
「そうです。おそらく何かから逃げてくる途中に、岩にぶつかったんでしょう。痕跡はあるかしら?」
「そこの草むらに落ちてる鱗みたいなのがそうじゃないか」
情報さえあれば狩りに慣れているリアムが痕跡を見つけるのに時間はかからなかった。
崩れた岩の側には紫青の鱗が落ちていて、それには異臭を放つ青黒い液体が付着していた。
その鱗に真っ先に反応したのはヘリオスだ。
「フィオナ。これは多頭龍の鱗だ」
それを聞き、拾い上げようとしたリアムを制止する。
「リアム、猛毒だからその液体に触れちゃだめよ!」
この地方の出身であるヘルメスはこの魔獣のことを知っている。
鷲獅子が山岳地帯を代表する魔獣なら、多頭龍は南部森林の象徴のような魔獣だ。
その血には猛毒が含まれていて、触れただけで体が痺れて皮膚は爛れてしまう。
指摘されたリアムは慌てて手にした短鎗でなるべく触れないように水路から遠ざける。
「だけど、多頭龍は巣から出てこないものだろ?」
リアムも知識としては知っている。多頭龍は腐食した沼地に棲息し、基本的にそこから出てこない。
危険きわまりない魔獣だが、それを知っていれば回避のしようはいくらでもある。
「村に向かったりはしませんよね?」
そんな魔獣が村に現れたら大変な騒ぎになる。メディアの不安は当然のことだ。
「追い詰めて狩るしかあるまいか」
「たぶんそれは大丈夫。多頭龍はこういう澄んだ水が大嫌いなの。この泉に触れて慌てて逃げたのね」
「それなら今日のところは村に帰って大丈夫でござるか?」
「危険な魔獣には変わりないから様子を見に行く必要はあるわ。それにそれよりも今はリアムの体の方が心配よ。急いで村に帰りましょう」
「はい。ライアン家の紋章はお借りしてきましたからもしかしたら浄化できるかも知れません」
「リアム。と呼ばせてもらうが皇帝陛下から許可はいただいている。まずは麓に降りて騎士認証を済ませよう。話はそれからだ」
仕方の無いことだったとはいえ、自分のためにこれだけの人間。たぶんそれ以上のだろうが……が骨を折ってくれたことに、今更ながらリアムは自責の念に囚われそうになる。
「ありがとうございます殿下。それに師匠にもご迷惑を」
「気に病むな。それに俺のことはヘリオスでいい」
「まずはゆっくりフィオナ殿と話されよ。その後で積もる話は聞かせてもらおう」
そうだ。師のいう通り何よりもフィオナに謝らねば。彼には何よりも彼女に伝えたかった言葉があった。
「ありがとう。フィオナ。長く留守にしてごめん」
「迎えに来たわ。リアム。雪割り谷に帰るわよ」
絶対に怒られるかとおもったが、フィオナは彼の両手を握ると穏やかに微笑んでいた。
失った平穏を取り戻せるかどうかはわからない。
だけどフィオナのためにも自分のためにも絶対に失うわけにはいかないと思うためには、その笑顔だけで十分だった。
2018/02/05
台詞を一部変更。




