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村娘が世界を変えてもいいじゃない!  作者: 紀伊国屋虎辰


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28/54

再会の時:1

 途中、旧ミュケナイで数日の休養と補給を済ませた後、馬車は南に向かう。


 街道はここで三つに分かれており、東に向かえばアルゴスやテバイへと続くテーベ中央への道。

そのまま南に向かえばコリントスの領内に入り西側へ向かえばキクラデス諸島やラコーニアへ出る。


リック・ヴィオラのいうダフネ大森林は、帝国の最南端であるラコーニア公国とコリントス侯国の間に位置する。


 広がり続ける大森林は辺縁部はともかく、中央部にたどり着くことは到底不可能で、伝承ではダフネーと呼ばれる強力な魔人族アトラスが住みついているという。


 そうでなくても、過去の大戦時に連れてこられた魔獣達の多くが逃げこんだといわれていて、それだけでも人跡未踏の地になるには十分な理由だ。


「ここまでに有った毒沼は三カ所。急がなければな」


「恐らく次の町では追いつけるはずでござる」


「一昨日の沼は7日前には無かったそうだからそうなるわね」


 人間族の足なら平均5日。リアムがどれだけ急いでも3日半はかかる道。

デメトリオスも相当疲れていたが、旧ミュケナイで修行中のケンタウロスの騎士を捕まえ、今は休憩中。


 変身を解いて人間の姿で寛いでいた。


「デメトリオス殿、もうすぐ泉ヶ淵でござるー」


「おうとも、世話になったなアンティオコス殿」


「なぁに、皇帝戦車を牽く誉れは我らには何事にも変えられぬ栄誉。こちらこそかたじけない」


 デメトリオスよりも若い人馬族ケンタウロスの騎士アンティオコスは陽気に手を振ってそう答えた。

皇帝戦車を牽いてさらにコリントスへの紹介状ももらえるとあれば、喜び勇んで請け負おうというもの。

 わずか二日でダフネ大森林に一番近い村まで送り届けてくれた。

そしてそのままコリントスへのヘリオスからの書状をもって颯爽と駆けていった。


泉ヶ淵村はその名の通り大きな淵の側にある人口100人ほどの小さな村だ。

街道を行く旅人向けの宿があり、様々な木工品をうる店もある。

 

それに淵から取れる食用の水草が名物になっている。


 元は淵の水源である泉の側に村があったが、大森林の拡大に伴いこの場所に移転してきた。

街道は森が覆い尽くさないように、ミケーネやコリントスが人足を出して森の木を伐採するため、なんとか大森林に飲み込まれずに踏みとどまっている。


 だが、村に入るとそこは明らかに常では無い様子だった。

本来いるはずの村人の姿が見えないのだ。

 

「まさか……遅かったの?」


 もしかしたら、リアムは完全に魔精霊ダイモーンと化してしまったのか?

それなら村人の安否は絶望的だ。


「しかしこうまでもぬけの殻というのは変だな。魔精霊が人を食うという話は聞いたことが無い」


「そうですよ。先生。明らかに村には人が住んでいる形跡があります」


 言われてみてば、家畜もそのままだし、テーブルの上には食べかけの食事なども整然と残されている。

つまり、町の人が総出で出向かなければならない異変は起きているということだ。


「向こうでござる!」


 黙って会話を聞いていたデメトリオスが、そういって村の奥を指さす。

ケンタウロスである彼は鋭敏な聴覚と視覚を持っている。


 指さす方角には、泉ヶ淵村の名前の元となった淵があるはず。

 

 そこには老若男女、村中の人々が集まっていた。


「これは、一体どうしたことだ?」


「おおお、騎士様。大変なのでございます。泉が!」


 こちらを見るなり、村長と見られる男が話しかけてきた。


「ここ、普段はこんな色じゃ無いのよね?」


「はい。大雨で濁ることはありますが、このように赤茶けた水の色は初めて見ます」


 淵には湖面を覆い尽くす緑色の水草が生えていて、ところどころ美しい紫や黄色の花が咲いている。

普段は澄んでいて村の人々の生活用水としても利用されているその水が赤茶けた色に変色していた。


「ここ最近雨は降りましたか?」


 ここでまず疑うべき可能性は鉄砲水による土砂の流入だ。


「いえ、降ってはおりませんな。ところであなたは何者です?」


「こちらのお嬢さんはフィオナ・グレン。ダイアー・グレンの孫娘といえばわかるか?」


「ひぇぇっ! あのダイアー様の孫娘なのですか!」


「おじいちゃんを知ってるの?」


「知ってるも何も、この水草や山葵の栽培を推奨したのがダイアー様なのですよ。そうそう、その辞典を片手になにやら調べ物をしておられましたな」


「へぇ……こんなところにもおじいちゃんが来てたのね。それよりも村長。他に心当たりは?」


「私にはわかりません。誰かわかるものはいるか?」


 その呼びかけに木樵きこり仕事から駆けつけてきた斧を背にした男が手を上げる。


「そういや、ここ最近森で魔獣を見た。もしかしたらそれかもしれない」


「夜中に鳥が変鳴き方もしてたな」


「そうだ。昨日から来てた騎士見習いのあんちゃんはどこいった!」


「あのお兄ちゃんなら、水源の様子を見てくるっていってたよ」


 口々に、村人達が語る中、気になる話が出てきた。


「待たれよ。その騎士見習いというのは茶色い髪で、そこの騎士殿と同じくらいの背丈であったか?」


「そうだよ。竹とんぼを作って遊んでくれたんだ」


 そういった少年は、作ってもらったという玩具を嬉しそうに差し出した。 

竹とんぼはアルゴス地方の郷土玩具だ。


「おい、フィオナ。それはもしかして……」


 話しかけられたフィオナは一瞬返事ができなかった。

今の今まで泉が濁っていた原因に思いを巡らせていたが、その思考は一瞬で消し飛んだ。

ついさっきまでこの場に彼がいたのだ。


「村長さん。水源は遠いんですか!」


「ここから数時間の場所にある。そこの旧道を抜けた高台だよ。だが、魔獣が出るかも知れない場所に行くなんて危険すぎる!」


「それはわかっています。デメトリオスさん。お願いしても?」


「承知した。あの弟子には拙者からもいわねばならぬことがある」


 そういうと人馬形態になり矢のような勢いで村に走って行くデメトリオス。


「け、ケンタウロスだって! フィオナさんといい、あんたら一体何者なんだ」


「こちらのお方は、コリントス侯子、ヘリオス・ジェイソン殿下です!」


「で、で、殿下ですって!」


 いつも通りのメディアの紹介に慌てて村人達が頭を垂れる。

この村もコリントスの領土内である。突然の領主の訪問に慌てふためくのは当然である。


「礼はよい。私自らが原因を探る。諸君らは案ずること無く村に戻るが良い」


 こうなるのはわかりきっていたので、敢えて名乗るは避けていたが、告げてしまった以上は仕方ない。

どのみち馬車を見られれば気がつかれるのだから早いか遅いかだけの違いだ。


「行きましょう! ヘリオス。今ならまだ間に合うわ!!」


 この道の先にリアムがいる。それだけでフィオナは逸る心を抑えることができなかった。

物語中にギリシャの地名がたびたび出てきますが、実際のギリシャの地形とはだいぶ変えてあります。

ミケーネはアルゴスの南西にあり、キクラデス諸島も東では無く西側。実際の地図では地中海側に当たる場所に存在しています。

コリントスはパナマのように大陸の南北をつなぐ地峡にあり、形自体は地球のコリントスと似たような感じですが、帝国内の最南端となります。

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