南へ~街道の向こう:1
その夜……。
「そうか。やはり魔精霊だったか……」
「フィオナ殿、何かの間違いということはござらぬか?」
「残念だけど、その可能性はとても低い。だから二人には力を貸して欲しい」
納得した表情のヘリオスと、それでも信じたくないデメトリオス。
対照的な二人の前で、フィオナは話を続けていた。
「最初に聞くわ。ヘリオス、リアムのことはどれくらいの確信があったの?」
「確信は無かった。だが、予兆はあった」
「予兆。でござるか?」
「知っての通り、俺の故郷コリントスは虹の壁のすぐ北側だ。一年半前、その壁にわずか半日だが裂け目ができた」
「それってとんでもない大事じゃない! 虹の壁に嘆きの門以外の裂け目ができるなんて、確実に数年以内に壁が消えるってことよ!」
人間族と魔人族の領域を隔てる虹の壁。
嘆きの門と呼ばれる帝国側からの一方通行の裂け目を除き、一部の隙も無く海の果てまで続いている。
その壁が約500年に一度崩れ去る予兆として、虹の壁に裂け目ができるのだ。
「そうだ。だから俺は誓約の勇者を継承し、メディアを紋章官に迎えた」
「ヘリオス様、そういうことだったんですね」
まだ若いコリントス候がヘリオスに勇者の地位を譲ったのは、自分は大戦に備えて軍事に専念し、魔精霊討伐は自由に動ける息子に任せるということだ。
いざとなればその先。ヘリオスのデルフォイ王への即位も考えているかも知れない。
そのためにコリントス候とは別の紋章官が必要になったのだ。
「その後はメディアの知っての通りだ。一年間、魔精霊に関する情報を集め、そして騎士認証前に失踪した男の存在を知った」
「雪割り谷に来た理由はわかったわ。最初にそのことを話さなかったは、真実を知れば私が協力しないと思ったから?」
フィオナからすれば当然の疑問。
「そうではない。リアムを助けるためにはどうしても君の協力が必要だ」
「だがヘリオス殿。魔精霊になった人間は元には戻れぬのではござらぬか?」
「デメトリオスさん。それは……試してみなければわかりません。そういうことよね?」
「だからフィオナには自分でその事実を受け入れて欲しかった。まだ完全に魔精霊化していないことは明らかだ。なんとか助けたい」
フィオナは考える。今まで考えられていたのとは違い魔精霊と人間の意識が別々にあるのだとすれば、魔精霊だけを討伐する手段があるかも知れない。
「先生、あのリックとか言うアトラスは妨害に来るんでしょうか?」
「そこも話しておかなければならないわね。ヘリオス、リアムの山小屋にいたリック・ヴィオラという商人だけど、間違いなくアトラスよ。そして翼人殺しの犯人でもあるわ」
「えっ!? そうなんですか?」
「彼は鷲獅子は斬り殺されたっていっていた。私はあの傷を魔法だと思った。メディアは違和感があるっていってたわよね?」
「そうです。そうです。魔法ならもっと収束した感じになるか完全に斬れるはずです。特に翼人の魔法なら間違いなく切断できます」
メディアが鷲獅子の死体を見て感じた違和感。それをあの商人は斬られたと躊躇いも無く答えた。
あんな芸当は人間族には普通は不可能だ。
「だがフィオナ。翼人はどうやって殺した?」
「待ち伏せしていたところに鷲獅子をけしかけられたのよ。突然の鷲獅子の襲来を彼は地面に降りてやり過ごそうとした。うっかり縄張りに迷い込んだと感じたのね」
魔獣とはいえ鷲獅子も既に自然の一部になって久しい。
年若い翼人は、繁殖期の鷲獅子を刺激しないよう、歩いてその場を立ち去ろうとした。
「そこを不意打ちで殺したのか?」
「そうなるわね」
「待たれよフィオナ殿。そのような真似は拙者でもかなり難しいと思われる」
それが簡単な行為でないと、デメトリオスは疑問を口にする。
問題はそこだ。模擬戦でもわかったがデメトリオスは強力な騎士だ。
その彼が難しいという真似をあの男はやってのけた。
フィオナの推測が当たっていたとしても、そんなことが可能な種族が果たして存在するのか?
「メディ、傀儡族の魔法道具なら可能か?」
「そうですね。あの軽装なら華学術くらいしか使えないでしょう。でもどういう仕組みなんだろう」
「商人としてこの町に潜伏してたということはミダスさんに聞いてみた方が良さそうね」
疑問は尽きないが、今は出発の準備が先だ。
ミダスへ世話になった礼も述べなければならない。




