つかの間 平穏な日々:3
数日ぶりに日輪宮に出向いていたヘリオス達が帰ってきた。
今日はしばらく修練を怠っていたヘリオスが模擬戦を行うことになった。
ミダスの屋敷の中庭は広く、三人が暴れても問題は無い。
「石畳も張り替え時です。多少は壊しても構いません。それにここなら外からも見えぬでしょう」
義理の娘のゾエに手を引かれて、珍しく外に出てきたミダス。
使用人に運ばせた椅子にどっしりと腰を据える。
「今回はテオドリック殿と拙者、二人がかりでいかせていただく」
すでに半人半馬の姿になった人馬族の騎士デメトリオスは、
確認するように告げる。
実戦さながらに重騎兵の鎧をまとい、
人の背丈の二倍はあろうかという騎兵槍を携えている。
「さすがに勇者様とはいえ、大丈夫なんですの? こういってはなんなのですが、テオドリックもとても強いのですわ」
いつもの執事服に刺突剣を構えたミダスの家令、テオドリックに駆け寄りながら、ミダスの義理の娘であるゾエは心配そうにヘリオスに語りかけた。
「俺も誓約の勇者。達人二人がかりに負けるなら、それは修練が足りていないということだ」
ヘルメスは肩に背負うように両手で剣を構え、二人を誘い込むように待ち構える。
「お嬢様、私ごときの剣は勇者殿の足下にも及びませぬよ」
ゾエを安心させるようにテオドリックはいうが、目は真剣そのものだ。
「模擬戦とはいえ、お怪我などなさりませぬよう。お祈りいたしますわ」
今日ばかりはテオドリックも革手袋を外し騎士の紋を露わにしている。
彼が普段と違うのはその左手に固定された五角形の盾。
中央に填め込まれた宝石はミダスが精製したもので、大変に純度が高い。
これはすなわち、障壁強化の術が施されていることを意味する。
ヘリオスの鎧と同じく見た目以上の防御力を秘めている。
傭兵時代は大将狩りで名を馳せた彼の剣は徹底して対人戦に特化したものだ。
手練れが使えば、刺突剣は相手を殺すにも無力化するにも優れた武器となる。
「ご安心くださいお嬢様……私ごときでは足止め程度の役割しかはたせませんよ」
その割には口元の笑みを隠そうともしない。
彼とてかつては戦場を荒らし回った傭兵。己の実力を試したいと願うのは当然だ。
お互いに準備ができたことを確認し、ミダスは片手を上げる。
「それでは、始めぇ!」
ミダスの合図の声と同時に颯爽とデメトリオスが前足を振り上げる。
「参りますぞ! ヘリオス殿!」
ズドンと大地に大岩を落としたような音が二度響く。
彼方にあった巨体が、すでにヘルメスの眼前で槍を振りかぶっていた。
間違いなく50ペーキュス(約25m)は離れていたはず!
それでも人馬族にとっては完全に間合いの内だ。
何も考えない正面からの突撃ですら人間など容易く蹴散らす威力がある。
「チェェェェイッ!!」
ヘルメスの足下を狙った足払い。
それを予測していたヘリオスは軽く後退し、空振りさせる。
「まだまだぁ!」
振り上げる途中で四肢を踏ん張ると、そのまま怪力を生かして突きに移る。
「やはりケンタウロスの速さは恐ろしいな」
予想よりも早い刺突を火花を散らし剣で払いのける。
人間と魔人の膂力の差は歴然。
押し返しきれずに騎兵槍の二撃目が襲う。
「ならば……受け流すまで」
「その意気や良し! せいぜい潰れぬようになされよ」
反撃するには鎧の障壁で突きを防ぎ、そのまま槍の上を滑らせるようして剣を叩きつける。
剣の柄から左手を離し、正面に意識を集中。
手の平に円形の紋様が浮かび上がり、命中寸前の槍がヘリオスの障壁に防がれた。
対アトラスへの鎧の障壁力は、魔獣相手の時とは威力が違う。
剣と障壁でデメトリオスの槍を完全に防いだかに見えたが……。
それでもデメトリオスも流石は帝国の誇る騎兵団の一員。
完全に受け流すことはできず、つばぜり合いのような形になり、わずかに足の動きが止まる。
「殿下。私を忘れていただいては困ります」
槍に気を取られている隙に、馬体に隠れて間合いを詰めていたもう一つの影。
足下からわき上がるように、腰だめに剣を構えたテオドリックの姿。
「それも、予測のうちだ」
二対一の戦いならば、動きを止めればこうなることは最初からわかっていた。
状況を打破するには、突きを誘い込んでテオドリックを盾にし、デメトリオスから間合いを取る。
それを実現するためにはギリギリまで引きつけてかわさなければならない。
しかし、それこそがテオドリックの狙いだ。
「いささか油断なされましたかな? 勇者殿」
ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべ、想定していたよりも手前で刺突を放つ。
体勢の保持を諦め後ろに飛び退こうとしたヘリオスの『鎧の宝石』をテオドリックの剣が貫く。
「くっ、その手があったか!」
跳ね飛ばされ、ゆっくりと宙に舞う宝石を見ながらヘリオスはそのまま倒れ伏す。
「せぇぇい!!!」
そこへ響く馬蹄の音。
槍と四本の足を自在に使う人馬族の前足が振り落とされる。
断頭台に振るわれる斧のように、一発、二発、三発。
踏みつけるたびにビリビリと大地を震わせる蹄の響き。
転がることでなんとか逃れようとする。
だが、いつまでもかわしきれない。
腹に鈍い衝撃が走り、あっという間に視界が歪む。
空の青と土の茶色が目まぐるしく入れ替わる。
ヘリオスは自分が騎兵槍か前足で放り上げられたのだと悟る。
鎧の障壁が弱れば魔人特有の破滅的な攻撃力をモロに受ける。
本気で無いとはいえ、腹を押しつぶされるような重圧と痛みが走る。
それでも彼は空中で体勢を立て直すと、何とか両足から着地する。
「さすがです。と申し上げたいところですが獲らせていただきますよ」
それはまさに死神の一撃。着地点に刺突剣が突き出される。
「まだだ!」
躊躇せず左手を剣先に叩きつける。
そのまま剣を斜め上に切り上げる!
が、テオドリックもその攻撃を左手の盾で受け止める。
嵐のような連携が止まり、ようやく間合いが離れた。
「くっ……初めて連携を組んだ割にはすごいじゃないか」
素直に褒めたつもりだったが、二人の顔は不満そうだ。
「これで獲れぬとは、さすがに勇者様でございますな」
「そうでござるな。しかしテオドリック殿に、攻撃を任せて正解だったようでござる」
人馬特有の速さと手数を生かした突撃を囮にし、足が止まったところで正確無比な暗殺剣を打ち込む。
テオドリックもデメトリオスも戦場に長くいた経験を持つ。
その経験が敵を仕留めるのに最適の連携を導き出した。
それでもその猛攻をしのぎきるのがヘリオスの卓越した技量である。
「やはり簡単には勝たせてはもらえないか……」
練習用の剣とはいえ突かれた左腕は痺れて動かない。少なくとも回復するまでの時間は必要だ。
そこからはヘリオスは防戦一方となった。
デメトリオスが槍と四本の足でことごとく進路を塞ぎ、そこをテオドリックが突く。
予想以上に苦戦することになったのはテオドリックの左手の盾だ。
ヘリオスにも流れるアトラスの血に反応し、スクトゥム(タワーシールド)並の障壁を展開するのだ。
盾で抑えられている間にデメトリオスの得意の間合いに持ち込まれる。
鳥籠に閉じ込められたように防戦を強いられる。
何度も攻撃がかすめるが、なんとか紙一重でふせいでいた。
そしてようやく痺れが取れ、彼がもう一度両手で剣を構え直す。
「よし、反撃開始だ」
唐突に始まった戦闘回。フィオナは今回お休みです。
2/21日修正しました。
少し読みやすくなったかと思います。




