つかの間 平穏な日々:1
あれから数日、リアムの行方を調べる日々が続いていた。
ヘリオスとデメトリオスは今後の旅の準備があるとかで、毎日城に詰めている。
デルフォイの王城は日輪宮と呼ばれていて、大理石を積み上げた円形のドームを中心とした宮殿だ。
各施設は放射状に伸びた回廊で結ばれていて、全体がさらに大きな円形の土台の上に在る。
元々川の中州であった場所にあり、周囲を大きな堀に囲まれていて、
街と日輪宮は一つの橋でしか結ばれておらず、極めて籠城に適した作りになっている。
「つまりデルフォイの都は完全に計画された都市というわけね。帝都なんて拡張するたびにアテナイの街との境が曖昧になっちゃってるから」
「帝都ってそんなにゴチャゴチャしているんですの?」
ミダスの義理の娘であるゾエは彩眼族である。
人目につく場所は危険なので、普段は屋敷の外には出ないようにしている。
それだけにフィオナに聞く外の世界の様子には興味津々といった様子だ。
フィオナは逗留の条件として、ゾエの家庭教師を請け負った。
そこでヘリオス達の向かった日輪宮の話題になったのだ。
「元々は街と離れた丘の上に帝国の主要施設を作っていたの、ところがこの1500年間で、アクロポリスは下に、アテナイは上に拡張しちゃたから大変なことになったわ」
「だからテーベなんかはテバイ以外に別々に都市を造ったんですよね?」
「その辺りは前にメディアには教えたわね。テーベは帝国の規模をそのまま小さくした感じ。5つの主要王家が普段は独立して領土を統治しているわ。ゾエ、その5王家はわかる?」
「アルゴス家、カドモス家、テセウス家、ミケーネ家、オイディプス家の5つですね」
「正解。それら5つがテーベ王位の請求権を持つボイオーティア王家。その当主は親王の称号を与えられているわ。もっともミケーネ家の本家の方はミケーネ王になっちゃったから、現在は4王家と解釈することもあるわ」
「テーベの王も皇帝みたいに選挙で選ばれるのですか?」
「そうではないわね。テーベの王位は一貫して先王からの指名制。成人した親王の中から一番相応しいものを選ぶの。これはテーベ王はそのまま皇帝になる可能性が高いからなのよね」
本来ならば家庭教師をつけても良い年齢であるが、他者の目を欺くためにゾエは表向きは奴隷だ。
この屋敷の人間は後に騎士としての教育を受けたテオドリック以外は元はならず者というか、はみだし者ばかりでそこはミダスも悩みの種らしい。
「ゾエさん、テーベ王は帝国皇帝旗を継承できる人間と定められています。他の貴族と違って分家といえど基本は別の紋章を持たないんです」
「うん。さすがはその辺りは紋章官のメディアの専門ね。秩序の神から与えられた皇帝旗は他の旗と違って分割することができるの、では皇帝旗の誓紋術は?」
「ええと、騎士や貴族を選定するのですのよね? お義父様が前にそうおっしゃってました」
「貴族だけでも1500家、騎士は数千人もいる。その全ての資格者を一人で見るのは大変だし、資格者が帝都に来られないこともあるわ」
「たぶん見た方が早いですね。ゾエさん、これがその分割された皇帝旗です」
フィオナの説明を聞いて、メディアは短く呪文を唱え、女神の似姿の紋章が描かれた手のひらほどの大きさの小さな旗を出現させる。
帝国旗は世界の守護たる龍をモチーフにしているが、皇帝旗は人類に紋章を授けた秩序の女神が描かれている。
「今回はこれを使ってヘリオス様が騎士認証を行います」
「へぇ……こんな小さくなるものなのですのね」
感心したように大きく息を吐きながらゾエはマジマジとその旗を見つめている。
「そういえばテオドリックさんの紋章は……見せてもらってないわよね」
騎士である以上はその左手にデメトリオスと同じように単純な図形の騎士紋を持っているはずであるが、普段は頑なにそれを隠しているのだという。
「はい。テオドリックは自分の過去を気にしているようですわ。わたしもお義父様もそんなことは全然気にしない。というか、そのお陰で今があると思うのですけど」
「シニス・テオドリック。『悪辣なるシニス』といえば、ある意味すごい有名人よね。そりゃあ名前も隠したくなるのもわかるわ。特に私には……ね」
悪辣なるシニス、盗賊とも傭兵ともつかぬ有名な悪党である。今から15年前当時の皇帝ヘルメス7世によって討伐された。
その時に山中に逃げ込んだために、追撃したのは雪割り谷の人間だ。
ミダスは元々辺境の鉱山でならず者達に宝石を作る奴隷として働かされていた少年をテオドリックが戦利品として手に入れ、面倒を見ていた。
つまり、最初は主従は逆だったのである。
敗北後の逃走中に敵対的な傭兵に捕らわれたテオドリックを、ミダスが当時の全財産をはたいて買い取ったのだという。
以来15年、心を入れ替えミダスの代わりに騎士の地位も手に入れたテオドリックは、ミダスと二人三脚で商会を大きくしてきたのだ。
「自分が奴隷だったからでしょうね。お義父様は売られそうになっていた私を保護して育ててくださっているのです。感謝しかありませんわ」
ヘリオスの言葉ではないが、実際に目にしないとわからないこともある。
ミダス商会は元々ならず者の集団だったために悪評も高いが、だからこそ法や帝国の仕組みからこぼれ落ちた人を救う網にもなっている。
「ふぅ……朝からずっとお勉強で疲れてしまいました。少し休憩にいたしましょうか」
今回は世界観説明回です。だいたいそういうものなのか。くらいに考えていただければいいかとおもいます。




