デルフォイ~強欲のミダス:2
ミダスは嘘をついている。フィオナはそう断言した。
「ぼぼう。わだじがぶぞをづいでぼるど?」
「ええ。その通りです。そちらにいるのは奴隷などではありえないからです」
「お待ちくだされ、フィオナ殿。あれはどこからどう見ても奴隷ではござらぬか?」
「では、デメトリオスさん。今までにあの人を見たことは?」
「いや、それは初めてでござるな。話には聞いておったが見るのは初めてでござる」
「それなら、そちらの家令殿だけも良かったはずです。特にヘリオス殿下をお迎えするのであれば、衣装だけでも良いものを用意できたはずでは?」
「で、でごどりご、いやテオ……ドリッ……ク。どおが?」
「ミダス。人前で名前を呼ばないでいただきたい」
よほど名前を知られるのが嫌だったのか、テオドリックと呼ばれた男は苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべた。
「まあ、話を戻しましょう。先ほどもお話した通り、ミダスは触れたものを何でも石に変えてしまいます。他の使用人ならともかく身の回りの世話をする奴隷の服ならぼろ切れでも十分ではないですか?」
「では尋ねます。そういうことならなぜミダスさんはそのような上質な服を?」
「それは館の主である以上、壊れるにしてもミダスの服は良いもので無くてはなりません」
「それならば、もう一つ。なぜそちらの女性は目隠しをしておられるのですか?」
その言葉に、まるで彼女を隠そうとするかのように、明らかに慌てた様子でミダスは立ち上がる。
「ぞ、ぞでばばだじがびにぐいがだだ! ごのずがだごびだでだぐだい!」
醜い自分を見られたくないからだと、今まで小さく聞き取りにくい声で語っていたミダスが声を荒げた。
「これで間違いないわね。やはり彼女は奴隷じゃ無いわ」
「つまりどういうことだ?」
「ミダスさんは彼女を見られたくないから、あのような格好で側に置いているのよ」
「拙者が尋ねた時にいなかったのは?」
「単純に危険だったからよ。だって、本気の人馬族からは逃げられないでしょ?」
「その通りですな。この距離なら一突きでござる」
「この間合いなら俺でも一息に詰められるぞ。俺たちは騎士だからここで取り押さえることもできる。そんな危険なことをする意味は?」
「それは彼女に語ってもらうしか無いわね。貴方はなぜ奴隷のフリをしているのかしら?」
「すごいですわ。すごいですわ!」
「ぞ、ぞえ……」
驚くほど無邪気にぼろ布をまとった少女は喜んでいた。
「お義父様。本当に一瞬で見抜いてしまいましたわよ。リアム様の言うとおりでしたわね」
「まったく……だから私はお止めしましたよ。ゾエお嬢様」
ゾエとミダスを交互に見つめ、やれやれとため息をつくテオドリック。
「だって、一目見ただけで全てわかるなんて魔法みたいですもの。本当かどうか確かめたくなりますわ!」
「先生。どうしてわかったんです?」
「私だってわかってたわけじゃないわ。だけど、この屋敷に入ってから少しでも汚れたものがあった?」
メディアはここまでの情景を思い出すが、驚くほど清潔な屋敷の様子しか思い出せない。
下働きのものに至るまで、上質な綿の衣服を用意しているのだ。ミダスに至ってはビロードのローブである。
そんな中でただ一つ、ゾエだけが美しくないものとしてそこに在った。
「それにね。私は多少、狡をしたわ」
「おいおい。フィオナも俺たちと一緒に来たのだし、そんな仕込みする時間はなかっただろ?」
「そうです。ずっとわたしの隣にいたじゃないですか」
「ぞでばばだじもじじだい」
「お義父様も知りたいそうです。一体どういう仕掛けなのです?」
「簡単な話よ。もしも本当に奴隷を使っているなら、うちのリアムだったら絶対ぶん殴ってるもの」
それが当然のことであるようにフィオナは言い切った。
「ぷっ、ハハハハハハハハッ。こいつは傑作ですね。ミダス、フィオナ殿は実に彼のことをよくわかっている」
「ブフォフォフォフォまっだぐだ」
フィオナの意見にミダスとテオドリックはお腹を抱えて笑い出す。
ゾエも口元に手を当てて必至に笑いを堪えていた。
デメトリオスは納得したように肯いていたが、ヘリオスとメディアはあっけにとられていた。
まさかゾエの正体をそんな手段で見破ったとは!
「うふふ。ごめんなさい。こういう理由があるので普段は人前には出られないのです」
口元に笑みを浮かべたままゾエはゆっくりと、目隠しを外す。
彫像のように端正な顔は人目を引くが、最大の特徴はその瞳だ。
虹色の瞳を持つ美しい一族。その血は魔人の進化を促し人間のあらゆる病を治すという。そのために城が買えるほどの値段で取引されていると噂される悲劇の種族。
「彩眼族」
「そうです。ゾエお嬢様はイーリスなのです」




