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村娘が世界を変えてもいいじゃない!  作者: 紀伊国屋虎辰


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不吉の影:2

 夜が明けた。


 デメトリオスは一足早くネフリィティス大滝へと向かった。


 翼人の遺体を仮に埋葬するのか、それとも救援が来るまで待つのかを話し合わねばならず、

合流は昼過ぎになるといっていた。ヘリオスもそれに同行している。


 そこから町まではその背にフィオナとメディアを乗せていくという。

鎧さえ無ければヘリオスも同じくらいの早さで進めるそうなので、なんと日の高いうちにデルフォイ領内に入ることができるそうだ。


 1日に1000スタディオン(150km)を駆けるといわれるケンタウロスが早いのは当たり前の話だが、ヘリオスもその速さで駆け抜けられるのは驚きだ。


 もっとも、さすがにヘリオスといえども何時間もそんな速さで走れるわけもなく、さらに翌日は動けないらしい。


「半月前といえば本当につい最近です。もしかしたらまだデルフォイにいるかもしれませんね」


「ただデメトリオスさんの話によると、いつもは頼んでいる伝書がなかったそうよ。それは気になるわ」


「へぇ……そうなんすね。でも師匠にきちんと書き置きとか、リアムさんって結構まめなかたなんですね」


「そういう奴が二年も連絡を寄越さないから心配なのよ」


 少しだけ不機嫌そうにいいながら足早に林道を進むフィオナ。

メディアも慌ててその後を追いかける。


 程なくしてやや外壁の朽ちかけた山小屋が見えてくる。


 その壁面はツタで覆われていて三分の一くらいは潰れていた。

しかし反対側はまだ綺麗なもので、手入れさえすれば十分に利用できるようになっている。


 入り口の前の茂みには四方を縄で縛られた丸太が吊されていて、これを標的に体術や剣の練習をしていたのだろう。


 弓も父であるクレイグに習っていたので、食料に困ることは無かったはずだ。


 ケンタウロスに師事していたのだから、槍も学んだのかもしれない。

少なくともついこの前まで彼はここに居たのだ。


 例え不在だったとしても、何か手がかりになるようなものがあれば良いが。


「あれ? 誰か居るみたいですよ」


 小屋の異変に気がついたのはメディア。それを聞いてフィオナは慌てて左手に布を巻き付ける。

そして慎重に物音を立てないように立ち止まった。


 しばらくして、バタン。と扉が開き中から一人の男が姿を現す。


だが残念ながらその男はリアムではなかった。


 身長はあまり高くない。やや白に近い銀色の髪。光の当たり具合によっては金色にも見える琥珀の目。筋骨隆々というわけではなく、どちらかといえばしなやかな印象を受ける。美男子の部類に入るのだろうが、なかなかの異相だ。


「誰かおられるのか? このような場にどなたか?」


 澄んだ声。武器などは帯びていないようだが、森を歩き慣れているのか足音一つしなかった。


「初めまして。わたしはフィオナ・グレン。貴方もこの小屋の主にご用でしょうか?」


 距離的には例え何かあったとしても、ヘリオス達に呼び声は届く。

そしてケンタウロスの全力疾走であれば、ここまでは一瞬だ。


 今は翼人もいるだろうし、そこまで危険では無いだろうと判断する。


「そうか。貴方がリアム君の婚約者か。残念ながら彼はおられぬようですよ」


「貴方は?」


「すみません。自己紹介がまだでありましたね。私の名はリック・ヴィオラ。毛皮の商いなどをしている商人であります」


 聞き慣れないほど丁寧でゆっくりとした口調で、男はそう告げる。


「そうでしたか。今日はお一人ということはご商談というわけではないのですか?」


「ん……ああ。そうですね。本日は数ヶ月ぶりに顔を見に参りましたが、荷物などもございませんでした。どこか遠くに行かれたのでしょうか?」


 それにしてもおかしな話だ。毛皮を仕入れると言っても一枚や二枚では無いだろう。

まとまった数が必要ならもう少し供のものが居ても良いはず。


 村から一日ほどの距離とはいえ、一人で気楽に来られるものだろうか?


「毛皮といっても大きな獲物ではございません。襟巻きにするような小さなイタチなどです。マケドニアの商人には高く売れるのです」


「ごめんなさい、顔に出てたのでしょうか?」


「いやいや、貴方はまず人の話を聞くときに、ずいぶんと考え込むと聞いていたのですよ」


「あー、彼はそんなことまで話してましたか」


「フィオナに隠し事はできない。彼の口癖でございました」


なんだろう。疑問に思ったことはとことん突き詰めてしまう生来の性格のせいか、必要以上にリアムにプレッシャーを与えていたのかもしれない。

 

 自分を信じていてくれるのは嬉しいが少し警戒しすぎじゃ無い?などとフィオナは考えてしまう。


「もしかして私のそう言う態度がいけなかったのかしら?」


「いえ……そのようなことはないでしょう。彼は貴方との再会を心待ちにしていましたよ」


 目の前の男にも、デメトリオスにもそう伝えていたのなら、その言葉に嘘は無い。

やはり理由はあるのだ。


「リックさんには心当たりはあるのですか?」


「さぁ。皆目見当もつきません。あ、そうだフィオナ殿であればわかるでしょうか。ここから少し街道の方に毒沼ができていたのですが……」


「えっ……毒沼……ですか?」


「一月前には無かったものですから、そんなに突然できるものかとね」


「いえ、そのような話は聞いたことはないわ」


 珍しく即答するフィオナ。


「それでは彼もいないようですので、私はこれで失礼します。あと、次に会う時には後ろの娘さんも紹介していただければ幸いです」


 背後に隠れていたメディアに聞こえるように少し大きな声で告げ、彼は街道の方に歩き出した。


(嘘っ!! 結構離れているのに気づかれていた!?)


 リックの去った後、隠れていたメディアが慌てて駆けつける。


「大丈夫ですか? 先生」


 フィオナからは返事は無い。ただ、今まで見たこともない深刻そうな表情でそこに立っていた。


「わたしのことに気がついてたみたいですけど、なんでバレたんでしょう?」


「ええ……」


「先生、彼に何か言われたのですか?」


「そこまで……深刻な事態では無いわ。うん」


 明らかに様子がおかしい。とりあえず合流のために山小屋に連れて行く。

ヘリオス達が合流するまでフィオナは、彼女の婚約者がいたという小屋をボンヤリと眺めていた。

そこには生活の痕跡は無く、彼がここから旅だったことを告げていた。


 ヘリオス達が合流する頃には少し持ち直したようだが、それでも普段の彼女とは違う。


「おかしいでござるな。一切合切片づけられておる。拙者にも告げずに出て行くとは」


「デメトリオス様、やっぱりそうなんですか?」


「うむ。修行中にも町に出た時に色々と買っておったからな。それよりもフィオナ殿の様子が」


「はい、さっきからあんな感じです」


「フィオナ、話はつけてきた。とりあえずカルロは埋葬、形見の品を持ち帰ることになった。すぐにでも町を目指すぞ」


「…………わかったわ」

 

 少し間を置いてフィオナは答えた。

そして離れる時もじぃっと朽ちた山小屋を見つめ続けていた。


「少し寄って欲しいところがあるわ。それとデメトリオスさん、あなたが半月前に来た時に、近くに毒沼はありましたか?」


「ん? そういえばここから少し西にいつの間にかできておったな。グリプスも住む森ゆえ、そのようなこともあるのかと思ったが、珍しいことなのか?」


 ようやくいつもの調子に戻ったフィオナはその答えを聞いて首を横に振る。


「確かに大地を腐らせる魔獣もいることはいます。ただ、ここは湖沼地帯からも遠いし岩場なのね」


「普通では無いのだな?」


 ヘリオスも確認するように問う。


「私もしらない現象かもしれません。まずは様子を見たいです」


 リックのことは後からメディアが告げるだろう。今は一刻も早くその毒沼を見たかった。


「これは近づけませんね。浄化の祈りを捧げます」


 言われたとおり毒の沼地はすぐ側にあった。岩場がえぐれて、折り重なった木々が腐食し、禍々しい暗緑色の液体が溢れていた。近づくと気分が悪くなりそうなので、慌ててメディアが浄化の祈りを始めたのだ。

 

 フィオナはその様子を呆然と見つめていた。普段なら一心不乱に現状を解析しようとする彼女には珍しいことだった。


「フィオナでもわからないのか?」


「見当もつかないわね……」


「そうか……ならば長居は無用だな」


 なぜか安心したような様子でヘリオスはそういった。


「では、先を急ぐとしよう。二人とも、拙者の背に乗るが良かろう」


 毒気に当てられぬよう人馬の姿に変じていたデメトリオスが女性陣二人を背に乗せる。

ヘリオスとデメトリオスは、街道を目指して走り出す。

どこか途中で別の道に行ったのかリックを追い越すことは無かった。


 そして夕方前にはデルフォイ第二の都市、フォキスに到着した。

それでもメディアはいつになく元気の無い様子のフィオナを心配せずにはいられなかった。

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