マルス殿下の微笑み
アスター侯爵領にある王族用療養施設の一室にて。
マルス第4王子とその侍従のディータが内密に話しあっていた。
「マルス殿下、今回もうまくいきましたね」
「うーん、でも予定では、婚約解消にはルーカスの奴に這いつくばって謝らせるはずだったのに、随分、偉そうな言い方で態度悪くエレーヌを傷つけたらしいな」
「……そのことについては、すでにカルディナン公爵家全員で、ルーカス様に制裁をしたと報告がございます。
またご存知の通り、翌日、カルディナン公爵家一家総出でアスター侯爵家に謝罪しております」
「家族の制裁なんて、たかが知れているよ。
エレーヌを傷つけたんだ。
もっときっつい罰にしてやりたいな。どうしてやろうか?」
「……殿下、奴はあれでもカルディナン公爵家の子息です。
あまり過ぎたことなさると、国王陛下の耳に入りますよ」
「ちっ!
まあ、エレーヌも喜んで別れたから、もう良しとするか。
今回は隣国王子のシャリージャ側でも奴の制裁に乗り出していたしな。
エレーヌにひどいことをした元婚約者として、敵の多い奴なら僕がこれ以上、手を下すまでもないか……」と言って、ルーカスの報復をあきらめるマルス。
そう、今までの黒幕として、マルスの情報操作などが関わっている。ただ、それも限界がある。つい弱音を吐くマルス。
「せめて今、婚姻可能な15歳以上で、体もこんな病弱でなければ、何が何でもエレーヌの婚約者になったのに!
いまだにエレーヌには全く相手にされてないよ。
おまけに、随分たくさんのエレーヌの婚約者候補を振るい落としたはずなのに、前の婚約者と違って、愚かでもなく、隙もない奴らがまだ数人、婿候補で残っているし、厄介だな」
「ええ、確かにシャリージャ殿下、クラーディス侯爵、マディーラ子爵の3人は、バックがあるだけ、特に厄介そうですね」
「ああ」
「そんな、殿下に朗報です!」
「……ほう、言ってみろ」
「まず、あのシャリージャ殿下を排除するのに役立ちそうな情報ですよ」
「シャリージャを?」
「はい!シャリージャ殿下の従妹であり、その殿下の近衛騎士団の団長をされているクリーシャ様から、そのことでマルス殿下と協力したいとのご連絡を受けております。
どうやら、彼女はシャリージャ殿下に片思いされていて彼を手に入れたいのに、シャリージャ殿下がエレーヌ嬢に夢中のため、なかなか難しかったみたいです。
おまけに今回のルーカス様との婚約破棄でエレーヌ嬢がフリーになったため、シャリージャ殿下が婚約者の申し込みを正式にされるだろうと予想し、それを阻止したいそうです。マルス殿下がエレーヌ嬢を狙っていることからも、お互いの利害が一致しているだろうと協力を持ち掛けられました。
いかがなさいますか?」
「……待て。まず、その女に情報を流したのはどこのどいつか確認しないと。
シャリージャ自身の可能性もあるが、もしクラーディス侯爵あたりから流れていたら、裏で何を企んでいることか」
「あ、その点も大丈夫そうですよ。
何でもルーカス様を脅して、手駒にされたうえで、この情報を得たそうです」
「何?ルーカスだと?」
「はい。どうやら、協力しないと愛妾にするぞっと脅したら、一発だったそうです。
相変わらず、世間知らずですねー、ルーカス様は。
この国の公爵子息をいくら隣国の王族に連なるお方でも、そうやすやすは愛妾になんかできないものなのに、脅しにのるなんて愚かですね」
「……ああ、奴はだから隙だらけのボンクラと言われているのだ。
しかし、そのボンクラのルーカスが、なぜ僕がエレーヌを狙っていることに気付いた?
今まで、全く気付いていなさそうだったのに」
「ああ、それはこの前のエレーヌ嬢への婚約破棄の謝罪の際に、カルディナン公爵から聞かされたんじゃないですか?
マルス殿下がカルディナン公爵家一家とエレーヌ嬢を会わせまいとしたのは、バレバレですからね」
「ふーん、なるほど。確かにそうだな。
……いいだろう、早速、連絡をつけて、その女がどの程度、使えるか見極めるぞ!」
「は!承知しました」
マルスは、クリーシャとどのように協力していけるか、早速、色々と策を練りはじめた。
ライバルの中でも、隣国の王族で、しかも第7王子と王太子になる可能性が低いので婿に入れて、アスター侯爵領としても隣国の薬輸出ルートができるなどのメリットがあるため、一番やっかいと思われたシャリージャ排除のために、なかなか使えそうな協力者の出現。
これにより、エレーヌを手に入れるのが思っていた以上にうまく運びそうな状況になったと、マルスは天使のような容姿を一気に台無しにしてしまうようなニヤリとした黒い微笑みを浮かべるのであった。