ルーカスの苦難4
隣国との合同訓練としたトーナメント戦は続き、ルーカスは当たる相手のほとんどが、シャリージャの意図をくんでいるかのようで、難癖をつけてきたりする輩ばかりで、うんざりした。
しかし、ルーカスは末っ子とはいえ、武人としても国内で有名なカルディナン公爵家の出身であり、王太子付き近衛騎士として、油断することなく、むしろ感情的になっている相手の隙を狙って勝ち進んでいった。
勝ち残ったのは、約50人はいたルーカス側の騎士団はとうとう10人になった。
最後の10人はルーカス、ミカエル、副団長、あとの他7人も当然、腕の立つものばかりであった。
一方、相手側の方が多く勝ち残り、まだ10人以上いるため、さらに翌日、最終戦に向けて試合することになった。
最後まで残った者たちに向けて、双方の団長たちがねぎらいの言葉をかけ、負けたものにはより一層の精進を厳しく伝え、敗者復活戦についての詳細も説明された。
そこで、その日は終了となった。
そのまま、ルーカスは明日に備えてミカエルたちと自分たちの騎士団の鍛錬所へ移動しようとしたその時。
シャリージャの近衛騎士団の団長であるクリーシャの団員の1人がルーカスに近づき、クリーシャの伝言といってきた。内容は1時間後にクリーシャ団長が使用している部屋まで必ずくるようにとのことであった。
今回はとりあえず、ミカエルに相談することを学習したルーカス。
「……また、シャリージャ殿下からのエレーヌ関係の報復か?行きたくもないが、王族の呼び出しなら行くべきだと思うか、ミカエル?」
「……おそらくそうだろうな。でも、団長にまず報告するべきだな」
「……もう謝罪も済んでいるっていうのに、向こうはただエレーヌの知り合いなだけのくせに、何で呼び出しなんかしてくるんだ。厄介だな」
「そうだな、たぶん婚約破棄に対する嫌味を言うくらいだとは思うが……。
もし暴力とかふるうつもりなら、さすがに他国の公爵家子息にするには、いくら王族とはいえ、まずいだろう。
しかも、明日に交流試合の続きも待っている身だ。
これで手を出したら、たとえ恋に狂った殿下でも自分の立場が悪くなることくらいわかるだろう」
「そうだよな。それならとりあえず、行ってみて……」
「いや、まず団長に先に相談だ」ときっぱり言うミカエル。
「……わかった。先に団長に呼び出しの件を報告しておくか」
そして、すぐに、ルーカスは自分たちの団長にクリーシャから呼び出しされた件で相談した。
「うーん、確かにシャリージャ殿下からの報復のための呼び出しだろうな……。
しかし、うちの団員に、いくらシャリージャ殿下でも危害は加えられないはずだ」
「……とりあえず、呼びだしに応じるべきですかね?」
「……たとえ私用でも隣国の王族の呼び出しに応じないのはまずいな。
通常なら、私が代わりに要件を聞いてくるところだが、その事情だけに私だけが代わりに行っては殿下の気が済まないだろう。
よし!一緒に行くか。
一緒に行って、お前に手を出させないように交渉するぞ」
「ありがとうございます、団長。
しかし、ご迷惑をおかけするわけには……」
「いや、大丈夫だ。別件かも知れないしな」
団長と2人でルーカスはクリーシャのところに行こうとしたが、ルーカスの団長のところまでクリーシャからの屈強な迎えがやってきた。
「クリーシャ様からはルーカス様のみがいらっしゃることを許可されております」
「しかし、我が団員の件ならば、責任者である私が……」と団長が食い下がったが、聞き入れられず、クリーシャからの迎えはルーカスのみを部屋まで案内し、ルーカスの団長は部屋の前で待つことになった。
連れて来られたルーカスは、きっとシャリージャが部屋に待ち構えているのだろうと思い、覚悟していったが、部屋に入ると、そこにはクリーシャだけしかいなかった。
また何かしらの理不尽な目に合うのかと、覚悟していたルーカスは拍子抜けしたが、でもまだ油断できないと思っていた。
「来たか、ルーカス・カルディナン」
「は!参上いたしました」
「何故、お前がここに呼ばれたか、わかっているか?」
「……元、婚約者のエレーヌに関することでしょうか?」
「……まあ、それも関連しているが、シャリージャからお前に関してある依頼があってな」
「……ある依頼ですか?」
「ああ。シャリージャはよく私に気にくわない団員の処分を依頼してくるのだが、自分の団員ならともかく、他国の団員の場合はそうそう手出しできない。
だから、私がその者を気に入った場合、愛妾に勧誘することがある。
ちなみに、私は国王の姪で、通常の貴族の男性以上に地位があるため、18歳の頃から後宮を持たされている」
「……はあ」(後宮がもてるなんて、ちょっとうらやましいな……)と思うルーカス。
「それで、シャリージャは、お前が元婚約者とよりを戻さないか心配のようで、私にお前を後宮に入れるように依頼してきたのだ。あの阿保は……」
「は?え?私が後宮に!?」
「そうだ。私の愛妾になれと」
「はー!?愛妾?そ、そんなことは……」
「一応、お前の身分を考えると、この国の国王陛下の許可も必要になりそうだが、許可がおりたらお前は逃れられないぞ」
「わ、私は婚約破棄したばかりですが、別な婚約者がもうおります!!」
(ジュリア!今すぐ君に会いたくなった。
なんてひどい話だ!
いくら美人でも、婿ならともかく、数いる愛妾の1人になるなんてありえない!!)と心の中で叫ぶルーカス。
「それが?
その相手の女が、この国の王女か、どこぞの大国の王女で私より身分が高ければ別だが、私より身分が低いものなら身を引いてもらうぞ」
「お断りすることは……」
「できないな」
「そもそも、シャリージャ殿下の命令ではなく、ただの依頼というか、お願いなのですよね?
そんな依頼は聞かずに、あなたなら私なんかより、もっと良い方が愛妾に……」
「まあ、戦っているお前は悪くなかったぞ。
愛妾の1人にしてやっても良いくらいには気に入った。
だから、私もシャリージャの依頼を受けることにした。喜べ!」
「……」(誰が喜ぶか!!)とまたもや心の中で叫ぶルーカス。
そして、ルーカスはエレーヌにソーナ病のことを詳細にジュリアへ暴露された時のことをふと思い出した。
よし!これならいける!!
「……もし、どうしても私を愛妾になさるつもりなら、ぜひ、お聞きください。
これは私と婚姻関係を結ぶ相手にのみお話していることですので、ご内密にお願いしますが、私はソーナ病という皮膚病を持っております。
ソーナ病は見た目がジュクジュクしたものが多く、主に足などに皮膚剥離やかゆみや赤みの病状を伴うことがございまして、我が家は親子代々、このソーナ病に苦しんでおりました。
そのせいか、通常の治療では治らない大変やっかいなソーナ病で、この国の薬の宝庫と言われるアスター侯爵領の薬草から作った薬でも難しい病状です。
おまけに感染力が通常より強いようで表面上完治したようにみえても、まだ皮下に感染源が存在することもあるという大変やっかいな面もございます。
私の部屋を後宮に用意してくださるのなら、お風呂場などの掃除担当の召使いには必ず手袋着用で、掃除させるようにする必要がございます。
また、お風呂はできるだけクリーシャ様が先に入られるか、別風呂を常にお使いになるようにご注意ください。
夜の生活でも私は靴下をはいたまま同衾することになります。
まあ、万が一、手や足についても48時間以内に洗い落とせば大丈夫な場合がほとんどなのですが、傷などあるとやはり感染しやすいことがございます。
このやっかいなソーナ病はいまだ完治できませんので、きちんと対処しないといけませんが、それでも、この面倒な私を愛妾になさいますか?
ちなみに、アスター侯爵領でそのソーナ病治療のための新薬の開発をしてもらっていますが、今回、そこの娘と婚約破棄したので、積極的に開発してくれているとは思えない状況ですが……」
エレーヌに婚約破棄の際に言われたことを思い出し、ほぼ同じことを言ってみるルーカス。
「そ、それは……。大変そうだな……」
「……はい」(何故だろう、自虐行為、ちょっと痛い……)
「……そんなことを言って、あきらめさせる作戦か。
なかなかやるな。
さすがの私でも少し引いたぞ」
「……いえ。もし本当に愛妾にされるなら、遅かれ早かれお伝えしなければならないことなので」
「お前の新しい婚約者とやらは、そのことを知っているのか?」
「はい!もちろんです」
「そうか……。随分と豪胆な婚約者だな。
普通の貴族女性なら逃げるだろう」
「……ええ、まあ。
それを聞いても最終的には微笑んで手をとってくれました」(一回、はたかれたが……)
「そうか……」
「……あの、シャリージャ殿下とは普通の上司と部下ではなく、むしろ親しいお従妹様でいらっしゃいますよね?」
「ああ、そうだな。
私はシャリージャとは従妹で幼馴染でもある」
「それなら、今回の件、私のソーナ病を理由にお断りしていただくことも可能ですか?」
「ふむ。そうだな。
……お前が秘密を暴露したのなら、私も秘密を暴露しよう」
「え?」
「まあ、聞け。
シャリージャはな、子供の頃は、とても体が弱くて、女の子みたいに可愛く華奢だったのだよ。
一方、私は何故男に生まれなかったのかと言われるくらい丈夫で、シャリージャよりずっと背も高かったから、いつもシャリージャを抱っこして、守っていた。
もちろん、私は大人になってもシャリージャと結婚して一生守ってあげようと思っていたのだよ」
「はあ、左様ですか……」
「でも、ある日、この国のアスター侯爵領に行けば、虚弱体質も改善されるといわれて、療養にでてから、シャリージャは私のシャリージャではなくなったのだ。
そのアスター侯爵領で療養したおかげで、みるみる元気になって、しかも、男らしくなるんだって特訓しはじめたのだ。
おかげでいい男に育った。
私はてっきり私のために頑張っているとうぬぼれていたら、どうやらアスター侯爵領で会った女のためだった」
そこで、クリーシャはきっとルーカスを睨み付けた。
「そもそも、お前があのエレーヌとかいうシャリージャの狙っている女と婚約破棄したせいで、シャリージャは少しでも可能性があると思っているのだ!」
「……ああ、エレーヌに治療されて、惚れてしまったパターンですね」
「そのようだ。
さっさとお前が、その女と結婚していてくれたら、シャリージャもあきらめただろうから、その傷心のどさくさに口説き落そうと狙っていたのに予定が狂ったわ!」
「……はあ、申し訳ございません」
「おまけに、お前が振られたのではなく、お前の浮気が原因だそうだな」
「……」どうして、どいつもこいつも人の個人情報の詳細まで知っているんだ!と、もう、うんざりすることすらも通り越して、遠い目になったルーカス。
「まあ、いい。
つまり、私の秘密は、私が心から愛している男はシャリージャだけということだ。
だから、いまだに夫は持たずに後宮を持っているのだ。
さて、私の秘密を知った上で、2択にしてやろう。
シャリージャの要望通り私の愛妾になって後宮にはいるか、私の手駒になって私の本命のシャリージャを落とすのに協力するのと、どちらがいい?」
「シャリージャ殿下との仲をもつのにご協力させていただきます!!」と力一杯、即答するルーカス。
愛のない後宮なんてとんでもない!!
自分の貞操、大事。
そして、たとえソーナ病で嫌がられても、今、誰よりも、ジュリアに会いたい!
ジュリア、俺が悪かった。
もう仕組まれた出会いでも何でもいい!
今後はジュリアのために手袋もつけ、靴下もはいて、完全防具でソーナ病完治を目指すよ!
そうだ!どんなに高額でも、新薬をジュリアとの婚姻までに完成してもらおう。
だからジュリアに傍にいてほしい!!
隣国に愛妾としていきたくないっ!!
心の中でジュリアに精神的な助けを求めるルーカス
「よし!では、色々と協力してもらおうか。
まず、情報がいる。
お前の知っているエレーヌ嬢の話から聞かせろ」
「は、はい、私の知っていることなら……」
そうはいっても、正直、ルーカスはエレーヌに関する情報をさほど、持っていなかった。
アスター侯爵の1人娘で、見た目は地味でおっとりしているが医療の知識が深く、無駄にファンが多くて迷惑をかけられたくらいしか、クリーシャに提供する情報がなかった。ただ、ミカエルに忠告されたことを思い出した。
「あと、そういえば、エレーヌとの仲を邪魔した首謀者として、友人からマルス殿下と言われました。
実際に、婚約破棄にあたり、わざわざアスター侯爵領までカルディナン公爵家総出で謝罪にいったにもかかわらず、マルス殿下の具合が悪くなったということで、エレーヌとは直接、会えませんでした」
「何?あの病弱で有名なこの国の第4王子のマルス王子のことか?」
「ええ、そうです」
「……なるほど。
あのマルス王子に目をつけられているなら、お前はエレーヌ嬢と婚約破棄になっても当然だな。
隣国でも国の幹部なら誰でも知っていることだが、奴は『小さな悪魔』と言われ、見た目によらない策士として密かにわが国でも恐れられておる」
「……そうなのですか」
「うむ。
奴がエレーヌ嬢を狙っているなら、奴にとっても、同じくエレーヌを狙うシャリージャは、隣国といえど王族ゆえに、やっかいな邪魔ものの一人だな。
お互いの利害が一致しているなら、誘えば、私に協力する可能性は高い」
「……そうですね」
「なかなか有用な情報であった!
これからも何かと協力を頼むから、連絡を待て」
「は!承知いたしました」と元気よく返事して、やっとクリーシャから解放されるルーカス。
こうして、クリーシャに協力したおかげでシャリージャからの策をかわし、難を逃れたルーカスは、この件をきっかけにジュリアのことを一番に考え、先日からギクシャクしてしまった関係を修復するためのやるべきことをウキウキと計画し始めた。
クリーシャの部屋の前で待っていた団長は、そんなルーカスを心配していたが、浮かれたルーカスは明日の試合は、今までにないくらい絶好調になれそうな予感でいっぱいであった。