魔王
ヘドリックとエレーヌの婚約が決まり、嘆き悲しんだエレーヌファンは多数いたが、あのヘドリックが相手ならばしょうがないと、大人しく身を引いた人間の方が多かった。
ただ、少数の者達は納得がいかず、ヘドリック暗殺を企む輩も……。
マルスも二人の婚約が納得いかず、それを受け入れられなかったうちの1人であった。
「ひどい。ひどい、ひどい。
裏切りだ!
叔父上にまで裏切られるなんて!!
しかも、妻にと願い、誰よりも信じて、愛している女性を奪われた!」
部屋に閉じこもり、ずっと嘆いていた。
食事もとらず、当然、薬も拒否していたため、鼻血で寝室を赤く染めていた。
「許せない。許さない。許しようがない!
暗殺か?
やっぱり暗殺だよね?
もう殺るしかないよね?
幸い、暗殺者の手駒はたくさんあるしね……」
マルスは、そう言って早速、手駒の暗殺者に連絡を入れようかと思ったが、ふと、エレーヌのことを考えてみる。
「でも、エレーヌに僕が主犯と分かって、エレーヌの大好きな師匠で、かつ自分の叔父を殺した僕のことを受け入れてくれる?
いや、それだと、きっとエレーヌの心は永遠に僕のものになってくれることはないね」
そう考えると、ヘドリックを安易に暗殺するのは、今はまずいと思われた。おまけに、ヘドリックのことなら、マルスの動きを予想して、むしろ返り討ちにあう可能性も考えられる。
相手の方が一枚どころか、何枚も上手である。
マルスが唯一、認める敵わない相手にどうするか、頭を悩ませていると、扉の向こうで、ディーダが必死にマルスに呼びかけていた。
「マルス殿下!」
「うるさい!」とずっと無視していたが、考えが行き詰まったせいか、つい返事をするマルス。
「今回の件で、いい考えがあります!」
「……」
「あのヘドリック様へ、最大の報復ができます!」
「……本当か?」
「はい!時間はかかりますが、必ずやヘドリック様に悔しい思いをさせられます!」
「ふんっ!そんなこと言って、どうせお前はヘドリック叔父上とグルなんだろう?
お前なんか元々叔父上の手駒のくせに!
いや、今でもか?」
「いいえ!
今は100%、マルス殿下に忠誠を誓っております!!
本当でございます」
「……で?」
「はい?」
「だから、その最大の報復の内容を話せ」
「扉越しで大声ではちょっと……」
「ちっ、わかった。中に入れてやるから、くだらない案だったらしょうちしないぞ!」
そういって、やっと部屋にいれてもらえたディーダはそつなく、マルスの食事と薬もきちんと持って中に入った。
「……で?」
「はい!ヘドリック様への最大の報復。
それは、ヘドリック様とエレーヌ様の間に生まれた子供が女の子なら、マルス殿下の妻にすれば良いのです!」
「……なんだと?」
「今回、エレーヌ様が妊娠している可能性が高いとのことで、その生まれてくる子を……」
「嫌だよ。
あの叔父上の血を引く娘なんて。
エレーヌがいい。
例えその娘がエレーヌと瓜二つでも、妻にするのは嫌だ。
しかも、エレーヌが僕の義理の母親になるのも絶対、耐えられない。
そんなしょうもない案なら出ていけ!」
「いえ、もう1つ案があります。
ただし、ちょっとリスクがありますが……」
「ふん、今度はどんな案だ?」
「隣国のように女性も複数の夫を持てるように国の法律を変えればいいのです。
それから、エレーヌ様を口説いて第二の夫になればいいのです」
「ほう。なるほど」
「それなら、ヘドリック様を殺して、エレーヌ様の心が得られないなんてことがなくなりますし、時間がたつほど、お若いマルス殿下には、至って有利な状況になります」
「ふーん、そうか?」
「ええ。例えば15年後のマルス殿下は26歳で、さぞかし麗しい青年になられるでしょう。
だから、50歳近くの老いたヘドリック様より、まだ女盛りのご年齢のエレーヌ様がマルス殿下の方を選ばれる可能性は高くなりますよ!」
「……ヘドリック叔父上のことだから、50歳でも30歳代にしか見えない薬とかを開発してそうだがな。
おまけに叔父上なら50歳でも美中年になってモテそうだぞ」
「そうですかね……」
「そういえば、その案にはリスクがあると言っていたな。
それは何だ?」
「リスクはですね、もし、その法律を作ると、マルス殿下以外の方々もエレーヌ様の夫になりたがって、下手すると第三、第四の夫もできてしまうかも知れないリスクです」
「ああ、なるほど。
可能性は高いな」
「そうなんですよ。
それも阻止しつつ、エレーヌ様を独占するのは難しいですね」
「やっぱり、叔父上の暗殺が確実なのだがな~。
でも、そうするとエレーヌの心がな……。
僕がやったとわからないようにするのも可能だが、もしばれた時のエレーヌの反応が怖いし。うーん」
「そうですね。
それだったらヘドリック様暗殺よりは、ヘドリック様浮気計画による離婚に持って行った方がいいと思いますよ。
エレーヌ様が『離婚、喜んで!』となるように仕向けましょう。
それで離婚後、子供ごとエレーヌ様を引き受けるという包容力で落とせるかも知れません。
幸いお子様はマルス殿下とも血のつながった、いとこ様ですしね」
「そうか!その手があったか!!
ルーカスの時の応用だな」
「そうですよ!
ただ、ルーカス様の時のように簡単にはいきませんが、時間をかけてじっくり計画を立てましょう。
その間に、マルス殿下も結婚ができるご年齢になられればいいのですよ。
まずは4年かけてやれば、かなり可能性も高くなりますよ!」
「そうだな。
よし、ディーダ、お前だけは解雇せず、雇用継続をしてやろう」
「ええ!?
実は、私、解雇予定だったのですか?」
「裏切り者の叔父上の関係者である使用人はみんな解雇予定だが?」
「はあ、なるほど。
厳しいのですね、マルス殿下」
「……そうしないと、部下にも裏切られて、毒を盛られてこんな状態になるからな」
そう言って、マルスはディーダの持ってきた鼻血止めの薬をやっと久しぶりに飲んだ。
「マルス殿下……」
「言っても無駄かも知れないが、お前は裏切るなよ」
「もちろんです!
私はマルス殿下を絶対、裏切りません!!」
「ははは、僕をこんなにした毒を飲ませた侍従も、全く同じ調子で同じことを言っていたぞ」
「そいつと、私は別人ですよ?」
「そうだといいな。
とりあえず、その叔父上の浮気計画を立てるぞ!」
やる気になったマルスはディーダの持ってきた食事もとりはじめ、その様子にディーダもほっと一安心するのであった。
この後、マルスやディーダが、ヘドリックにいろんな女性をけしかけるが、なかなかルーカスの時のようにうまくいかなかった。
とりあえず、偽情報でエレーヌに離婚をするようにアプローチする計画に切り替えても、これもことごとくヘドリックにつぶされてしまい、危うくエレーヌに嫌われるところであった。
腹いせに、ヘドリックとエレーヌの間に生まれた女の子ヘレンへ、ちょっかいをかけてみるマルス。
ヘレンが2歳になった時に、マルスはヘレン洗脳作戦をしてみる。
「ヘレン、いいかい?
僕のことは『お父様』と呼んでごらん?
将来、そうなる予定だから」
「う?」
「『お・と・う・さ・ま』だよ。ほら、言ってごらん?」
「?お、とーしゃま?」
「そう!そうだよ!!
えらいねヘレン。
賢いね!!」と言ってヘレンの頭を撫で捲るマルス。
「きゃい!」とマルスに撫でられて嬉しそうに笑うヘレン。
「もう一度言ってごらん?」
「おとーしゃま」
「はい、よくいえました~!」とまたもやヘレンをなでていると、ヘドリックがやって来た。
「ああ、ヘレンと遊んでくれていたのだね、マルス。
ありがとう」
「いえいえ。
将来、僕の娘になるかもしれませんし~」
「えー、エレーヌは渡さないよ~」と言って、ヘレンを抱き上げたヘドリックがいたずらっ子のような顔でヘレンに話しかける。
「ヘレン。私は?」
「おとーしゃま」
「じゃあ、あのお兄さんは?」と言って、ヘドリックがマルスを指す。
「ちーしゃなあくみゃ」(小さな悪魔)
「なっ!叔父上、幼子になんて言葉を教えているんですか!?
信じられない!!」
「ははは、私の妻子に変なちょっかいだすからだよ」
「ふん!」と言って、マルスが怒って立ち去るのをちょっと寂しそうに見るヘドリック。
「あーあ。あの可愛いマルスに嫌われるのは、つらいな~。
ねえ、ヘレン」と実はマルスと敵対することがつらいヘドリックであった。
「おとーしゃま。ちーしゃなあくみゃはおーじしゃま?」(お父様。小さな悪魔は王子様?)
「そうだよ」
「おーじしゃまとけっこんしたら、おひめしゃま?」
「違うよ。
王様から生まれた子がお姫様だから。
でも、君の子をお姫様にすることはできるな。
王妃様になりたい?」
「?」
「そっか。まだ早かったね。
どうなるかまだわからないけど、ヘレンもマルスも幸せになれる方法を見つけようね。
喜んで婚約破棄なんてしないように……」
その後、マルスは身体を十分に成長させるために、体力づくりときちんと食事をとるようになり、2年もしないうちに、鼻血も止まり、背も伸びて丈夫な体になっていった。
おまけに、アスター侯爵領にいる必要もなくなり、王宮で過ごすことが多くなったため、徹底的に帝王学を叩き込まれ、しかも裏での策謀の仕事も増えていったマルス。
そんな忙しい中でも、休みの日にはエレーヌのところに訪れてはヘドリックにかわされる日々を送っていた。
4年後、もうすぐ成人する予定のマルスは、国王陛下の意向で王太子として立太子することになっていた。
「おい、ディーダ。これは明らかに父上に謀られたな。
以前、父上には王になるように打診されたが、すぐに断ったのに……」
「そうですね。
次々とマルス殿下の兄君達も行くところが決まりまして、マルス殿下まで王位継承が回ってくるなんて、国王が謀ったのでしょうね」
「それぞれ、兄上達の派閥があっただろうに、止められなかったのか?
僕には派閥がなかったはずだが」
「いえ、それが……。
皆さま元兄君達の派閥であって、今はほとんどの方々がマルス殿下派ばかりですよ。
その年までに見事な実績を残されましたからね。
つまり、優秀すぎたのですよ、マルス殿下は……」
「兄上達は具体的にどうなるか知っているか?」
「元王太子の長兄殿下は辺境伯になられ、マルス殿下が立太子する記念に恩赦となられます元第1側妃様と共に、すぐに辺境へ向かわれます」
「……あの女を自由にするのか?」
「いいえ。自由ではございません。
実質はその辺境地での厳重な監視付きでの生活で、ほぼ幽閉に近い状態になります」
「そうか……」
「ちなみに、あと二人の兄君達は他国の姫君だった恋人の元へそれぞれ王配殿下としていかれることになりました」
「ああ、それはあの二人の兄上達には、それぞれに自慢されたから聞いているぞ。ふん!
でも、僕が王太子になるのは困る。
エレーヌを王妃にするのは難しい」
「そうですね。
でも、第1側妃なら大丈夫ですよ。国王陛下なら複数の伴侶が作れますから!」
「エレーヌ以外を妻にするのは難しい……」
「そうですね……。
あ、でもそれならヘレン様を王妃にされては?」
「は?」
「王妃にヘレン様を、第1側妃にエレーヌ様を据えれば、ヘドリック様にとってはすごい報復ですね?」
「……ヘレンが可哀想だろう?」
「いやでも、ヘレン様がマルス殿下にとても懐かれているから、そうでもないのかなっと、つい……」
「まだ幼児だぞ。
娘にしか思えないから無理だよ」
「そうですか……。
今回も難しいですね。王太子だと世継ぎ問題があるから、エレーヌ様の第二の夫になる案はだめですしね」
「本当だな……。
もういい加減、エレーヌのことはあきらめないといけないのかな……」
「マルス殿下……」
結局、マルスは王太子として、立太子した。
そして、エレーヌのことはエレーヌの第二子ができた話を聞いて、もうあきらめることにした。
エレーヌのことを忘れるためにも、マルスは王太子になってからの仕事に打ち込み、次々と有用な政策をうちだし、他国に兄達がいることからも、外交もスムーズに運び、とうとう王宮内の中枢を掌握するまでになった。
「小さな悪魔」と呼ばれた策士の王子様は「魔王」と裏の呼び名が変わり、この国をさらに豊かにしていくのであった。