父の心情
アスター侯爵は、病弱な妻を連れて、初めてアスター侯爵領を訪れた頃のまだ若かったヘドリックをよく覚えている。
ヘドリックは、公爵家出身であったが、病弱な婚約者のために医療の道へ進み、アスター侯爵の出た医療の学校と同じ学校出身で、5年下の後輩でもあった。
賢く真面目で誠実な性格をしていると思われたため、このアスター侯爵領でずっと働いてもらっている。
何年かして、優秀な彼のおかげで、アスター侯爵領はより一層、栄えたことで、彼をこのアスター侯爵領の医療統括として任命し、一緒に頑張ってきた。
彼が妻を亡くし、続けざまに姉まで亡くし、絶望しているところを、アスター侯爵一家は彼を本当の家族以上に支え、彼のことも大事にしてきた。
いまだに、ヘドリックのことをアスター侯爵としては、実の弟のように思っているが、今回のエレーヌの件で、やはり納得いかない気持ちでいっぱいであった。
でも、なんだかんだと仲良しな二人は、今日も夕食後に、お酒を一緒に飲んでいた。
「うー、お前!やっぱり、もう1回殴らせろ!!いや、もうぼこぼこにしてもいいくらいだ」
「まあまあ、もうすぐ孫の顔が見られますよ。あと1年以内に」
「孫は嬉しいが、義理の息子がこんな腹黒いおっさんなのが嫌なんだ!!
こんな美形でなくて良いから、もっと爽やかで、素直で賢い息子が欲しかった~!
もちろん、あのボンクラも腹黒王子も論外だがな」
「えー?うちの甥っ子は可愛いでしょう?」
「どこがだ!見た目や頭は良いかもしれんが、性格が最高に悪いだろう!」
「あの子は恋に一途で可愛いと思うのですがね~。私に似て」
「……お前は、エレーヌにも一途なのか?
前の奥さんの時は確かにそう思っていたが……。
本当はエレーヌだけじゃなく、このアスター侯爵領も欲しかったのか?」
「いや、アスター侯爵領はそれ程、欲しくないですね。
私が欲しかったのはエレーヌだけです。
妻が亡くなり、姉まで亡くなって、誰よりも自分の無力さに絶望した時に、本当に私を救ってくれたのがエレーヌだったので……。
正直に言いますと、あの頃から1人の人間としてエレーヌを愛していました。
でも、あの頃はまだ成人前の子供だったエレーヌを、恋愛対象と見るには難しかったので、妹として大事にしようと思っていました。
もし、マルスと結ばれて義理の姪になるのもいいかと本当に思っていたんですよ。
だけど、今はエレーヌのことを、どんな女性よりも、かけがえのない相手と思っています」
「本当か~?
まあ、もうどちらにしろ、両方とも手に入るも同然だからな」
「いえ、それなら、新しくアスター侯爵領の跡継ぎを作られてはいかがですか?」
「は?新しく若い奥さんもらえってことか?」
「何をおっしゃる。アスター侯爵夫人はまだ女盛りではないですか」
「お前こそ、何を言っている。もう妻も35歳だぞ。どれだけ妊娠が負担か……」
「いえいえ、まだ大丈夫ですよ。それなら、これをさしあげます」
そういって、ヘドリックはアスター公爵へ、薄い桃色の液体の入った小瓶を渡した。素直に受け取ったアスター侯爵は職業柄、匂いや色から何か確認する。
「?何だこれは?」
「私が開発した新薬です。これは、妊娠しづらい女性の治療用のものでしたが、狙った作用よりも効果が広く、女性ばかりか男性が飲んでも媚薬的な作用があります。
すぐに妊娠したい夫婦で使用すれば、ほぼ100発100中で可能な薬です。
ただ、その分、媚薬のみの効果としては使いづらいものでして……」
「……おい。お前、エレーヌの時にこれを飲んでいたんじゃあないだろうな?」
「……不可抗力でした。ナージャ王女にこれを盛られまして。でも、きちんとエレーヌの意思は何度か確認しましたよ?」
「き・さ・ま~!!実はやっぱり計画犯だったんだろう!?
それなら、本気で許せん!いっぱい殴らせろ!!」
「あははは、本当に計画じゃないですよー!そして、殴られるのはもう結構ですー!」
ヘドリックを殴ろうとするアスター侯爵であったが、反対の手にヘドリックが渡したあの小瓶をしっかり大事に握っていた。
その様子にヘドリックは心の中で勝利を確信していた。
1年後、エレーヌが無事に元気な赤ちゃんを産んだ。
ヘドリックにもエレーヌにも似ていて、両親の良いとこ取りの女の子で、ヘレンと名付けられた。
そして、その数か月後には、エレーヌと同じ両親から、エレーヌの弟も、無事に生まれた。
これをきっかけに、アスター侯爵領は薬ばかりか、子宝にもめぐまれる療養地としても噂され、ますます栄えることになった。