エレーヌの気持ち
一方、エレーヌが急いでヘドリックの研究室に行くと、ヘドリックは研究室にある応接用のソファで横になっている姿をみつけた。
「ヘドリック先生!
ナージャ殿下から先生へ媚薬を飲ませたとお聞きしました。
大丈夫でしょうか?」
やや息苦しそうなヘドリックはソファで丸くなりながら、
「……ちょっとつらいが大丈夫だ。
エレーヌは自分の部屋に戻りなさい」と強がっている。
「いえ。先生の看護をさせていただきます。
先生のその症状はナージャ殿下に盛られた媚薬によるものと思われますが、その中身を確認したところ、その薬は先生ご自身が開発された新薬と確認がとれました。
新薬のため、同系統の薬もなく対処法の確立がまだされておりませんが、とりあえず、そういった薬における共通の対処法をいたしましょう。
薬の吸収も早いそうですが、とりあえず、できる限り吐きましょう。
あと、効果は薄いのですが、大量の飲水で排出を早くすれば、少しは楽になれると思われます。
お水、大量に飲めそうですか?」とすっかり仕事モードのエレーヌが医療的な意味でのヘドリックの看護体制に入る。
「……エレーヌ。
他の人を呼ぶから、部屋に戻って」と今度は冷静な口調のヘドリック。
「いいえ。
先生の症状が落ち着くまでついております。
お水をどうぞ」
「……そう。
ありがとう、エレーヌ」と言って水を受け取り、その際、さりげなくエレーヌの手を握りこみ、微笑んだヘドリックは、今までにないくらいの妖艶な雰囲気と色気を溢れさせていた。
「!!」
ヘドリックの色気にあてられ、さすがの真面目なエレーヌですら、赤面をしてしまうくらいであった。何だか、エレーヌまで、媚薬を服用したように動機がしてきて、めまいや息切れを起こしそうである。
「エレーヌはすっかり大人になったね。
3年前はまだほんの子供のようだったけど、今ではこの私をひどく魅了するくらい綺麗になったよ」
「……仕事は1人前になれたと自負しております」
「くすっ、大人になったって、そういう意味で言っているだけじゃないのはわかっているよね?」
「?」
「え?本当にわからない?
そんな赤い顔をして?
他の男のアプローチに鈍いのはいいけど、自分に対してもだと、ちょっと残念な気持ちになるものだね……」
そう言って、握っていた手を引いて、エレーヌを抱きしめるヘドリック。
「へ、ヘドリック先生!?」
「……エレーヌ。
私はずっとエレーヌの幸せを誰よりも願っている。
あのカルディナン公爵家子息やマルスでも、君をきちんと幸せにできる男性なら、全力で応援して君の幸せのサポートをするつもりだった。でも……」
「ヘドリック先生?」
「でも、君の周りには、私の眼鏡に叶う男性は1人もいなかった。
いや、唯一、マルスなら君を幸せにできると思うけど、あの子は優秀すぎて、アスター侯爵領に収まれず、周囲もほっといてくれないから、きっと国王になるしかないと思う。
そうすると、エレーヌが王妃になってしまうけど、王妃だった姉をみる限り、王妃なんて反対だ」
「ヘドリック先生、何のお話しですか?
それより、薬の排出を……」
「ふふ、つまり、君を幸せにできそうな男性として私はどうかなと聞いているんだよ、エレーヌ。
君の返答によって、薬の排出方法も変更するから」
「そ、それは……」
「エレーヌ、私の妻になってくれないか?
私がかつて絶望した時に、私に君が希望を与えてくれた時から、ずっと君を1人の人間として、愛しているんだ」
「……ヘドリック先生が私を?」
「ああ、愛している。エレーヌは私のことをどう思う?」
「……尊敬して、誰よりも頼りにしております」
「男性としては?」
「理想に近い方ですが……。
でも、まだ亡くなられた奥様のことを愛していらっしゃるのでは?」
「……そうだね。彼女のことは忘れないよ。
でも、君も一緒に彼女の遺言を聞いたよね?」
「ええ。他に愛する人ができたら、その人と幸せになって欲しいと……」
「うん。彼女以外で愛せる女性は君しかいないよ、エレーヌ」
そういわれても、すぐに返事をするのは躊躇われた。
エレーヌも気持ちの整理をきちんとしたかった。
しかし、ヘドリックの症状から状況は返事を早急にしないといけないところまで追い込まれている。
エレーヌはその短い時間に考えてみる。
ヘドリック先生はおそらく医療的な処置での緩和をもう受けるつもりはないのだろう。
なぜならその処置は、今の時点で、すでに手遅れなので、気休めにしかならないから。
そのため、一番効果的な対処法は、女性が相手することであるが、もし、エレーヌがここで断れば、ヘドリック先生はエレーヌ以外の別の誰かに薬の緩和を頼むのであろう。
それが合法的に割り切ってそういう行為をしてくれる女性でも、自分は許せるだろうか?
もしくは、ナージャ殿下がエレーヌの代わりにここによばれたら?
エレーヌはその状況を想像してみて、自分の気持ちを考えてみた。
それは、何故だかひどく、受け入れがたい状況と思われた。
そういうことなのね。
やっと自分の気持ちに気づけ、ヘドリックを受け入れることにしたエレーヌ。
「……わかりました。
私はヘドリック先生の言葉を信じます。
その求婚を受けます」
「ありがとう、エレーヌ!
愛しているよ」
「わ、私も先生のことが好きです」
「良かった。
あと、エレーヌ、私のことは仕事以外では、先生ではなくヘドリックと呼んで欲しい。
じゃあ、こちらへ」
そう言って、ヘドリックは、そのままエレーヌを研究室にある普段は仮眠用に使っている小部屋へ連れていき、夜が明けるまで媚薬の排出のお手伝いをしてもらうのだった。
翌日の昼過ぎ、アスター侯爵のところに早速、二人で行き、ヘドリックのプロポーズをエレーヌが受け入れたことを伝え、ヘドリックはアスター侯爵の拳を存分に受けた。
それでも、抜かりなくエレーヌと正式に婚約までこぎつけたヘドリック。
それに対して、エレーヌに求婚していた者達はヘドリックとエレーヌの婚約をどうしても許せず、何度も邪魔しようとしたり、エレーヌを説得したり、無駄なあがきをしていたが、最終的にはヘドリックに撃退され、負け犬となるのであった。
そして、3か月後、エレーヌの妊娠がはっきりと確認され、ヘドリックが再びアスター侯爵の拳を受けることになった。
二人の結婚を反対する者達もいたが、アスター侯爵夫人をはじめとするアスター侯爵領のほとんどの人々がヘドリックとエレーヌの結婚を喜んだのであった。
エレーヌには、喜んで婚約破棄する事態はもう二度と起きなかった。