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『職人』と『発端』

 自分では、友達は多い方だと思っている。

 学校で楽しく過ごすのに不足ない人数の友達がいると思っている。


 友情云々、いろいろ話は聞くけれど、結局のところ表面上だけのものだよな。

 卒業しちまったら、当時の友達なんて会うことすらしなくなる。

 実際問題、幼稚園だけ一緒で未だに連絡を取り合っている友達なんて、いるはずがないだろ。


「芹沢ー」

「何だー?」

「今日お前、日直だぞー」

「マジか!」


 まあ、そんな本音を吐き出すことができる対象というものも、当然いないわけで。

 俺は今日も、周りの人間と表面上だけ友達して、生きている。


「面倒くせー、日誌ってどこにあんだっけ?」

「職員室ー」

「うーわ……制服ちょっと取り繕っていこ……」


 出していたシャツをズボンに入れて、緩めていたネクタイを少し上げて。

 ああ、一応カーディガンの袖も直しとこ。


「行ってくるー」

「行ってらー」

「怒られんなよー」


 ゲラゲラと笑う同級生に見送られて、職員室を目指す。


 制服を着崩すのは、ただの見栄だ。

 自分はルールになんて縛られないぜ、をアピールしたいだけの話。

 しかしそれだって、他の奴がしていなければしないことだ。


 人間ってバカだよなぁ。

 人と同一視されたくないくせに、人と違うことはしたくないんだから。


「失礼しまーす」

「芹沢ァ、今日は制服ちゃんと着てるかァ?」

「ばっちしでーす」

「裾ダボダボじゃねーか!」


 服装の乱れは心の乱れ。そんなよく聞く説教文句。

 はいはい、と聞き流して、無事日誌をゲットした。


「まったく……わかったら制服はちゃんと着るように」

「はーい」


 職員室を出ようと踵を返すと、俺がドアを開ける前に、勢いよくドアが開いた。


「失礼しまーす! 日直なんで日誌取りに来ましたー! 失礼しましたー!」

「待たんかーい!」


 鮮やかに、ドアを開けた瞬間、日誌置き場から的確に自分のクラスの日誌を取り上げ、鮮やかにドアを閉めにかかったそいつ。


「何ですかー?」

「見えてないとでも思ったか伊田、何で裸足だ貴様!」

「学校に来る途中で池に嵌りました!」

「何してんの!? スリッパをはけ、スリッパを!」


 伊田、と呼ばれたその生徒は、よく見ると本当に裸足だった。

 あまりにも明るい顔をしているので、思わずぽかんとしてしまった。


「ほら、せめてこれをはいておけ! 靴下は!」

「昼休みにコンビニに買いに行きます!」

「靴は!」

「教室のベランダで干してます! ノート破いてつめときました!」

「ならよし!」


 教師とそいつのやり取りをぽかんとした顔で見ていたら、その伊田というやつは俺に気づき、へらっと笑って見せた。


 見栄を張らないってこういうことか、と思った。

 どこからどう見ても正直に生きているそいつが、何となくすげーやつに見えた。


 その後、俺は別のきっかけでこの伊田詠時という男と仲良くなるのだけど、それはまだ当分先の話。



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