『鏡像』と『踊子』
極力、足音を立てないように歩くのが癖だ。
ふとした時に、自分の意図しない音が出ると、自分でも何が起きるかわからない。
厄介な能力に恵まれてしまったと、自分でも落ち込みそうになる。
「はぁ」
思わずついてしまった溜息が、空気を切り、斬り、近くの塀に傷をつける。
あわてて口をふさいで、今度は声を漏らさないように息をついた。
発する言葉は、大丈夫。
自分で意図して喋る分には、問題ない。
けれど、突然驚かされたりしたときに声を上げてしまったら大ごとだ。
一度、それで黒板を真っ二つにしてしまったことがある。
「ついてない」
ぽつり、意図を持って呟く言葉。
それはそのまま空気に溶けた。
「そういうこともあるさ、彩加ちゃん」
「そんなに多々あってたまるか」
隣でへらへらとしている五咲ちゃんに、小さく愚痴をこぼす。
当時、高校一年。
「大丈夫大丈夫、私がいるからねー」
「どういう意味それ」
「そのまま。彩加ちゃんの音程度、私がいつだって掻き消してあげます」
自信満々にそんなことを言って、五咲ちゃんは私の肩をポンと叩いた。
私の肩が発した小さな音が、空気を切る。五咲ちゃんの頬を、かすめていく。
「……思ったより恐ろしい能力でした」
「不用意か」
小さくツッコめば、五咲ちゃんは何度かわきわきと手を握ったり開いたりしてから、おもむろに両手を打った。
パン。
ひどくいい音がして、先刻私が傷をつけた塀が、より大変なことになった。
「なるほど、なるほど。わかった気がする。これはすげーね、彩加ちゃん」
「何の前触れもなく何してるの」
今、五咲ちゃんが使ったのは明らかに私の能力だ。
音が武器になる。
音が、攻撃力を持つ。
「ああ、これは私の能力。人のをコピーして使える」
「……へえ」
「一応いくつか蓄積できるみたいで、頭の中でスイッチして使い分けてる」
「それ、すごいね」
「いやぁ。それでもやっぱり、オリジナル以上の力は出せねーけどね」
困ったように笑いながら、五咲ちゃんは頭を掻いた。
ガシガシ。
その音がまた空気を揺らし、電線がゆらゆらと揺れた。怖いわ。
「ま。一緒に考えてみよーよ。こういう能力はだいたい、使えば使うほど制御できていくようになるから」
「どうだろうか」
「大丈夫大丈夫、私を信じてついてこい」
ぐっと拳を握る五咲ちゃん。
瞬間、道端に転がっていた石を、こつん、五咲ちゃんが蹴っ飛ばしてしまった。
地面にひびが入った。
「……大丈夫なの」
「だっ大丈夫! 大丈夫!」
五咲ちゃんが私と一緒に戦うようになったのは、それ以来だ。




