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オニの子 -MOMOTARO-  作者: 孝乃 (編集中)
序ノ章 『"桃"の名』
2/2

貢.000-2

.




  ヒュー………ッ

       ドォオォォォォォォンッ!!




 どれ程の時代(とき)が流れたであろう……この時代――世界の空は青ではない、灰色に染まっていた。


それは飛び交う銃弾や爆弾。戦車から放たれた砲弾…燃え盛る町並みから立ち上る、この黒煙が染め上げたのかもしれない。


爆撃の音が離れて聞こえる、炎の燃え盛る町並みに揺れる2つの人影……



「隊長!!ダメです、これ以上の捜索は危険です!戻りましょう!」

「何言ってやがる!!まだこの町からは生存者を1人も助けちゃいねぇんだ!諦められっかよ!!」



聞こえるのは2つの男の声。炎の煙や熱により揺らぐ大気のせいで、2人の姿をはっきりとは確認出来ない。



「もう生存者はいませんよ!」

「何言い切ってやがんだ!そんなのお前にわかんのか!!」

「もうこの居住区はオニにより陥落…生存者はいません」

「オレはあのガキに約束したんだ!!『お前の町は必ず助ける』って!」

「その町はもう堕ちたんです!状況をよく見て下さい!!」



生温い風が吹き、一瞬晴れた景色に揺らぐ人影……線の細い長身の影が、小柄だが、やけにガタイのいい人影に詰め寄った。この2人は軍人なのだろうか、黒の軍服に銃器を手や背にしている。



「あの子供が救援を届け、我々軍が到着するまでで、既に1時間が経っています。これ以上深追いすれば、我々の方がオニに喰われてしまいますよ」

「………」

「もう時期ここも瘴気に呑まれます。撤退しましょう、隊長」

「………」

「隊長!!」




 …――オギャァ――…




「ッ!?…何だ、今のは…?」

「え?どうしました?」

「今…声が聞こえた…」

「声、ですか?」

「あぁ…」




 オギャァ――…オギャァ……




「本当だ!しかもこれは…っ!」

「ガキの泣き声じゃねぇか!どこから聞こえるんだ…!?」




 …――オギャァァ……




「隊長、こっちです!」

「行くぞ!!」

「はい!」



聞こえた赤子の泣き声に、2つの人影は黒煙立ち込める周囲に駆け出した。


しかし駆け出してすぐ、赤子の泣き声は途絶えてしまう。オニがいるやもしれぬ町並み…危険とは知りつつも、2人の男は自ら声を発しながら周囲を見渡す。



「オーイ!!頼む!もう1度泣いてくれーッ!!」

「どこだァ!!どこにいやがんだ!!」

「くそッ…いったいどこに――…ッ!!たっ、隊長あそこです!いました!!」



長身の男が指差す先…まだ火の手が廻っていない、灰煙の隙間から覗く崩壊した建物。その瓦礫の下に、泣き声程ではない小さな声を上げる赤子を抱いた、1人の長い黒髪の女性。俯せに身を倒し、上半身だけが覗いた状態。



「オイッ!!大丈夫か!?」



駆け寄る女性の周囲は、火の手が無い分視界が明るい。『隊長』と呼ばれていた、小柄でガタイのいい男の白髪が確認出来た。追う長身の男は、黒い髪を坊主頭に綺麗にまとめた、まだ20歳前後を思わせる青年であった。


彼らの声に、倒れた女性の頭がゆっくりと起きていく。布にくるまれた赤子に寄せていた顔には、吐血による血液が付着した以外、傷の見られぬ綺麗な顔。まだ幼さの残る女性――…いや、少女とも言っていい若い顔立ち。その顔が、駆け寄った2人を見て微かに笑った。



「……よかった…助けが…きた…」

「おぉ!今助けて――…ッ!!」



少女に駆け寄った白髪の老隊長。だがその弱々しく声を出した少女の体は、腹部より下が完全に崩れた瓦礫により押し潰されている状態。広がった赤い絨毯に赤子を抱き横たわる姿は、その少女の残された時間はあと僅か…っとも予感させるもの。


あまりの光景に、長身の青年は表情険しく目を反らす。しかし老隊長は口元に笑みを浮かべ、赤い水溜まりへと足を踏み入れた。そしてしゃがみ込むと、



「…そいつは、お前さんの赤ん坊か?」

「…は…い…」



微かに頷く少女の腕の中、小さく泣く赤子が手足を動かすと共に、赤子から伸びた(へそ)の緒が布の隙間から覗く。そして未だにふやけたような素肌の赤子。つまりこの赤子は――…



「この戦いの中…生まれたのか…」



青年が呟くと、少女はゆっくりと首を縦に振り、赤子の顔に頬を寄せる。



「そうか…」



っと、老隊長は少女の頭に優しく手を置いた。



「よく頑張った。そしてよく守った。お前さんは立派な母親だ」

「…お願い…します…この子……この子だけは…」

「わかった、任せろ」

「この子を…頼み…ま――…」



頬に一筋の涙を伝わせ、少女――母親の頭が落ちる。


ゴトっと鳴る音に、目を反らしていた青年も崩れた少女を見、静かに視線を下ろす。少女の頭に触れていた老隊長の手は、頭にあった位置に止まったまま。唇を噛み締め、物言わぬ母の腕の中、母の死と共に大声で泣き出した赤子へと手を伸ばす。母の血にその身を染めた赤子を、そっと優しく抱き上げる。



「安心しな…このガキの命、オレが――…なッ!!」

「どっ、どうしました隊長!?…って、その子供…!!」



赤子の顔を見た瞬間に上がる声に、青年が慌てたように駆け寄ると、布の隙間から覗いた赤子のおでこ…中心と左右に分かれた、小指の爪程の3本の角が確認出来た。



「そっ、その子供は【オニの子】っ…!!」



声と共に腰から拳銃を抜き去り、銃口を赤子に向ける。だがその銃口は、すぐさま老隊長の手により覆われた。



「やめねぇか…親の前だぞ」

「ですがこの子供は、人間とオニの間に生まれたオニの子!ここで殺さなければ――…」

「やめねぇかって言ってんだろッ!!」



怒鳴り声を上げる老隊長は、拳銃を長身の男から力任せに取り払う。すると老隊長に抱かれた赤子が、怒鳴り声に驚いたように、更なる声を上げて泣き出した。



「ほら、お前が変な事するから泣いちまったじゃねぇか…」

「『変な事』って、その子供はオニの子ですよ!?」

「オニの子だから何だ…オニの子が生きちゃなんねぇなんて誰が決めた?この世に生まれた命じゃねぇか」

「何を言ってるんですか…オニの子は危険な存在!オニと成り得る可能性がある危険な存在ですよ!いつ人間を襲い出すかわかりません!」

「ならオニの子が実際に何かしたってのか?」

「前例は無くとも、何かがあってからでは遅いんです!そうなる前に殺しておかなければ――…」




 …――ジャリッ…!!




突然2人の背後で鳴る地面の音。そして感じる気配に驚き振り返る視界の中、そこにいたのは1人の――…いや、1体の額に角を持つ人型のオニ。ボロボロで血の滲んだ衣服を纏い、皮膚は薄い緑色。170センチ程の成人男性の姿をしており、手には鞘に納められた1振りの日本刀が握られていた。そしてその胴体…右側の脇腹は、何かに喰い千切られたように、ポッカリと抜け落ちている。


青年は慌てて新たな銃を抜き、その銃口をオニに向けて引き金に指をかけた――…が、青年は引き金を引かずに、その銃を持つ手の力をも抜いてしまう。


銃口の向いたオニ……悲壮感に満ちた表情とその目からは、涙が止めどなく流れ出ていたからだ。


普通ならば考えられぬ事。オニは様々な容姿を持つもの。つまり人型も少なくはない。だが人型と言えど知能は無く、己の欲に忠実な怪物。ましてや感情などは持ち合わせぬものなのだ。そのオニが泣いている……



「た…隊長…これは…」



青年の問いに、何も答えられずに首を横に振るだけの老隊長。するとオニの足が1歩前に出る。これには警戒してか、再び銃口がオニに向く。



「…――妻は…死んだんですか…」



突如口を開くオニ。それは確かな人の言葉。だが2人からすれば、それは想定の範囲を大きく越えた事態でもあり、人の言葉として聞き取る事が出来なかった。



「なっ…何だと…」



聞き返す言葉に、オニは再び足を1歩進ませる。



「…妻は…【(はな)】は…死んだんですか…?」

「え…」

「子供は…無事なんですか…?」

「…お前…まさか…」



『妻』に『子』――つまり今ここに立つオニこそ、死んだ女性の夫であり、今老隊長に抱かれた赤子の父親であるという事。



(はな)の血の臭いが…息が感じない…」



オニは何かを探すように、辺りに視線を泳がせる。目の前に人間が…妻の亡骸と我が子がいるのに……それはつまり、



「お前さん、もう(目が)見えちゃいねぇのか…?」



その問いに、オニはゆっくりと頷いた。するとそのオニは、手にした刀を2人に差し出すようにゆっくりと持ち上げる。



「これを…我が子に…」

「何…?」

「決して人間が抜かぬよう…我が子へ――…ガハッ!!」



オニは突如、言葉の途中で口から大量の血を吐きその身をグラつかせる。



「おいお前!」

「ゴホッ…ゴホッ……こ…この刀を抜き…鬼となり…オニを討つ…我がオニの子に…人の…未来の為に――…」




 …――ドサッ…!!




オニは再び血を吐き、その場に崩れ落ちると、もう動く事は無かった。


すると老隊長に抱かれた赤子が、父の死を感じたかのように、更なる泣き声を上げ始める。



「………」

「………」



倒れたオニの亡骸を前に、黙り込んだ2人の周囲では、遠くに鳴る銃声や爆発音と、赤子の泣き声だけが響くだけ。



「…た、隊長…このオニ…この傷……まさかですけど…」

「あぁ…あの化け猫のオニと戦った跡だろうよ……自分の大事な"家族"を守る為によぉ…」



そう答えた老隊長は、泣き続ける赤子を抱いたまま、(オニ)の亡骸の元へと歩み寄る。そして、「我が子へ」と告げられた刀を拾い上げた。



「隊長!!」

「大丈夫だ。『決して抜かぬよう…』抜かなきゃいいだけの代物だろうよ」

「そんなの信じるんですか!?オニの言葉を――…」

「オニじゃねぇ…父親の言葉だ」

「え…?」

「オレはコイツら夫婦が、ここでどう暮らしてたなんかは知らねぇ…でもよ、家族を想って泣ける父親の言葉と、我が子を守った母親の言葉…信じてみようじゃねぇか。人の未来を想った、父親(オニ)の言葉も、な?」

「『な?』って隊長…その子供、軍に何て言って保護させる気ですか?」

「オレが育てるさ」

「…はい…?」

「オレが育てるって言ったんだよ」



そう言って赤子を抱いたまま、ゆっくりと振り返る老隊長。



「『育てる』って…隊長!?」

「お~お前さん男の子か。泣き声も元気があっていいじゃねぇか」

「隊長――…ん?」



泣き叫ぶ赤子をあやすように、その身を揺らす老隊長。その姿にため息混じりに近づいていく男の視界に、吹いたそよ風にヒラヒラと舞う、1枚のピンクの花弁。その花弁は、まるで吸い込まれていくように、泣き続ける赤子のおでこ…角の位置にヒラりと落ちた。


すると――…



「う~?…――ダァー!キャハハハハ!」



泣き叫ぶ声から一変。額に触れた感触に泣き声を止め、無邪気な笑い声を上げる赤子。



「笑った…この花弁は…」



青年は周囲を見渡すと、女性の亡骸の近くに、3~4メートル程の木が1本生えている事に気づく。ピンクの花をたくさん咲かせた木は、周囲の瓦礫や崩壊を一切寄せ付けぬように、綺麗な状態で生えていた。



「これは…桃の木か?」



おでこに乗った花弁を手にしようと、笑う赤子は手を叩くように動かし始める。


その姿には、老隊長…そして青年の顔にも思わず笑みがこぼれた。



「ハハ…可愛い、ですね」

「血に濡れちまった世界も、何も知らねぇ顔しやがって…」



そう言うと、老隊長は桃の花弁を取り、赤子の手に渡す。すると赤子は更に嬉しそうに「キャハハ」と笑い、手足を激しく動かした。



「そんなに好きか?この花が」

「ダァーっ!」

「アハハ、隊長の言葉わかってるのかな?返事しましたね、この子」

「そうか。なら、今日からお前は――…」



老隊長は赤子の頬を指でつつき、桃の木を見上げた。



「お前は今日から、【桃太郎(ももたろう)】だ」

「え?も、(もも)太郎(たろう)?」

「そうだ。粋じゃねぇか、オニから生まれた桃太郎(ももたろう)…オニの子…そうだオニの子、桃太郎(ももたろう)だ」




 …――始まる歴史の1ページ



現世に起こりし御伽草子(おとぎぞうし)を、ここに記そう……乱世に生きた人と、共に生きたオニの子達の生きた証を…今ここに―――…

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