デルパシア
次の日も朗たちは朝早くから飛び立った。ずっと腕を引っ張られていては朗の負担になるだろうと考えたマクベス達は、今度は変わりばんこに朗の腕を肩にかけさせ、腰を抱えて飛ぶことにした。
どちらにせよ、空を飛ぶのは気持ちがいい。もし自分にも羽根があったらいつもこんな風景が見られるのだ。
なるべく人目を避けながらアーライルとサムーサを通過し、デルパシアの都、カナンに到着したのは3日目の夜だった。彼らはまず人目に付かない裏通りに降りると、自分たちに幻術をかけて羽根を消し、緑の瞳も黒に変えた。朗も赤い髪と目の色を黒にしてもらった。実際には何も変わっていないのだが、幻でそのように見えるのだ。これでどこから見ても3人とも人間である。
「どうせなら髪を切っちゃダメかな。長い髪に慣れてないんだ」
朗が後ろに束ねた髪を前に持ってきて言った。
「妖精は髪が長いほど霊力が高いと言われています。ですから高吏はみな長髪でしょう?」
アルテウスがにっこり笑いながら言った。
「でもマクベスは短いよ」
「何を言う」
マクベスは手を後ろにやると、襟足から伸ばしている髪の束を引っ張り出した。
「俺も確かにうっとうしいから他は切っているが、ここだけは残しているぞ。お前も伸ばしておけ。切ったりしたら姫が驚かれる」
確かにアデリアは赤い髪を気にしていた朗に「私は好きよ。夕日みたいでとても美しいもの」と言ってくれた。アデリアが気に入っているなら切るのはやめた方がいいだろう。
「さて、準備も整ったし。行くか」
「そうだな」
ニヤリと笑い合ったアルテウスとマクベスを見て、朗は不思議そうな顔をした。
「行くってどこに?今夜も野営じゃないの?」
「野営?せっかく人族の国に来たのだぞ。遊ばんでどうする」
「え?」
「まさか、もう疲れたなんて言わないでしょう?アキラ」
「え?え?」
彼らは朗の両手を掴むといきなり走り出した。いつも超真面目だと思っていたマクベスが先頭切って走っていくのを見て、朗はびっくりしてしまった。
「うそぉーっ!」
しばらく行くと、人でにぎわっている盛り場が見えてきた。広い店内は酒場になっていて、たくさんの男達が酒を酌み交わしている。酒場の中央は高い鉄柵で区切られた広場になっていて、賭け試合を見ることが出来た。拳をぶつけ合って勝負する者。剣で競い合う者。勝った方は負けた方の賭け金を全てもらえるので、試合を見ている者も大盛り上がりだ。
今からまた別の試合が始まるのか、試合の進行者が呼びかけると一人の男が人ごみをかき分けて広場に出てきた。体だけならマクベスの二周りも大きく、その剛腕で殴られたら熊でも気絶しそうな豪傑だ。
「さあ、誰か勇者ゴルテカに挑戦する者は居ないかぁ?武器は刀剣、槍、鉄鎖、なんでもいいぞ!」
司会の声に酒場の奥から一人の男が立ち上がった。こちらも2メートル以上ある大男だ。男は太い鉄のこん棒を肩に乗せ、中央の広場に向かって歩いて来た。
「久々の大勝負だ!」
「行けぇ!コパ!」
周りの男達の声援を受けてコパはニヤリと笑うと、ゴルテカの前に立った。
「オリの中に入ったらどんなに泣いても逃げられねーぜ。今のうちに村に帰っておとなしく畑でも耕しな。でくの坊」
「フン、勇者が聞いてあきれる。ただの厄介者の暴れん坊じゃねーか」
2人はギロリとねめつけ合うと鉄柵の中へ入っていった。賭けの胴元が周りの客から金を集め始める。
進行役の男が試合の開始を告げると、コパは力任せにこん棒を振り回しゴルテカに向かっていった。ゴルテカは振り下ろしてくるこん棒をよけると剣をコパの横から切りつけた。
コパが寸でのところでそれをよけると、再びこん棒を振り下ろす。ゴルテカが剣でそれを受けた。上からコパが押さえつける。
「ごあああっ!」
ゴルテカが叫び声をあげながらそれを跳ね返した。再びコパがこん棒をゴルテカの頭めがけて振り回し、ゴルテカは必死でそれをよけた。
「おやおや。あんなものが頭に当たったら、あっという間にあの世行きだねぇ」
アルテウスが呟くのを聞いて、朗ははらはらしながら言った。
「止めなくてもいいの?アル」
「大丈夫ですよ。危なくなったらどちらかが待ったをしますから」
ホントかなぁ・・・。
朗はそれでも心配そうに男達の試合を見つめた。
コパが頭の上でこん棒を振り回しながらゴルテカに向かって走り出した。
「うぉぉぉぉ!」
鉄の棒を振り下ろす。その一瞬のスキをついてゴルテカはコパの脇腹を剣で叩いた。息をするのも苦しそうに倒れながらコパは最後の言葉を吐いた。
「ま、まいった・・・」
コパが倒れると同時に、ゴルテカに賭けていた男達が喜び勇んで立ち上がった。自分を称える声を聴きながらゴルテカはこぶしを振り上げ、己の力を誇示するように大声を上げた。それを見て酒と軽い食事をとっていたマクベスが立ち上がった。
「さて、それでは今夜の飯と宿代を稼いでくるか」
倒れていたコパが脇腹を押さえながら逃げるように檻を出ていくのを見ていた朗は、驚いたようにマクベスを見上げた。考えてみれば妖精である彼らが人族のお金を持っているはずはないのだ。
「頼みますよ。ついでに遊ぶ金もね」
アルテウスの言葉に片目を閉じると、マクベスは盛り上がっている中央の檻に向かって歩き始めた。
「マクベス、剣は?」
「あんな奴1人倒すのに剣など要らん」
「でも!」
心配する朗に自信たっぷりに笑いかけると、マクベスは賭けの胴元に話を付け、ゴルテカの居る檻の中へ入っていった。
「アル。もしかして人族の国に来た時はいつもこんな風にお金を稼いでいたの?」
「ええ、手っ取り早いですからね。マクベスは力自慢だし。もっとも人族の国に来ていたのはまだ城勤めをする前のずっと昔ですけど」
「昔って何年前?」
「さあ、100年・・・。いや、150年くらい前かな?」
それではマクベスの顔を見知っている者は誰も居ないだろう。だが150年も経てば時代はずいぶん進んでいるはずだ。もしかしたらマクベスよりずっと強い人間も増えているかもしれない。
「そんなに心配しなくてもマクベスなら大丈夫ですよ」とアルは言ったが、一応いつでも飛び出していけるように剣の柄をすぐ手の届くところに持ってきた。
朗の心配をよそにマクベスは相手の大男を挑発していた。
「図体がでかいだけの頭の悪そうなガキだと思ったら、近くで見ると益々頭が悪そうだな。剣はただ振り回しゃあいいってもんじゃないぞ」
「フン。チビの癖に口だけは達者じゃねーか。俺は蚊とたたかう趣味はねーが剣を持って来なかった事、後悔させてやるぜ」
試合の合図がかかるとゴルテカが剣を振りかざして猛然と突っ込んできた。マクベスは余裕の表情で振り下ろしてくる剣を何度もよけた後、両手首にはめた鉄の装甲輪で頭の上から切り込んできた剣を受けた。
ゴルテカが額に幾重にもしわを寄せながら刃を押し付けたが、マクベスは微動だにせず徐々に押し上げていく。一気に剣を跳ね返すと、ゴルテカが後ろによろめいた。マクベスはそのチャンスをわざと見逃し、ゴルテカが大勢を立て直すのを待った。
「マクベスの奴、遊んでいるな?」
アルは呟くと、木のコップに入った酒を一気に飲み干した。
「アキラ。このトンボ豆の煮物おいしいよ。食べてごらん」
「う、うん」
試合に気を取られながら、朗は料理に手を伸ばした。
「わ、ホントだ。おいしい!」
「でしょう?こっちのポーチ茸の燻製もどうぞ」
体制を立て直したゴルテカが、再び剣を振りかざして突っ込む。切りつける剣を素早くよけるとマクベスはゴルテカの後ろに飛び上り、両手で拳を作るとそれを彼の頭の上に振り下ろした。
意識を失う直前、ゴルテカは「参った・・・」と呟き、その巨体は地面に音を立てて倒れこんだ。ワッと周りの群集から声が上がる。8割の人間がゴルテカに賭けていたのでマクベスと彼にかけていた者は大儲けだ。金を受け取ろうと鉄柵の外に出てきたマクベスはいきなり首元に剣を突き付けられ、驚いたように立ち止まった。
目の前で剣を構えているのは、朗と変わらない年頃の少女だった。肩と腰に皮のベルトを回して、大きな剣を入れる鞘を背中に括り付けている。だが、そのうらぶれた雰囲気は剣士のようでは無かった。マクベスはその少女の風体よりも、彼女の持つ剣を見て目を細めた。
「あれは・・・妖精の剣だ」
驚いたようにアルが言った。
「じゃ、あれにも霊術がかかっているの?」
霊術のかかった剣を扱えるという事は彼女自身も霊術を使えるということだ。人族には霊術が使える者はほとんど居ないとマクベスは言っていたが・・・。
じっとたたずむマクベスに少女はニヤリと笑うと、剣を突き付けたまま言った。
「あたしの名はシオン。霊獣ハンターだ」