旅の終わり、そして・・・
朗の言葉通りその2日後、スドゥークはナーダを連れてエルドラドスへ帰る事となった。それを聞いた朗達も次の日、皆が集まった食事の時に(スドゥークは当然のように自室へ食事を運ばせているのでその場にはいなかったが)自分達の意思を伝えることにした。朗の言葉を聞いたアデリアは、急に取り乱したように立ち上がった。
「嘘でしょう?アキラ。こんなに早く帰るなんて。明日なんて、そんなの嘘でしょう?だってまだ何のお礼もしてないわ。何も渡してないし、なにも・・・・」
朗は涙を浮かべているアデリアに、にっこり笑いかけた。
「お礼なんていらないよ。充分楽しかったから。それにこれ以上居ると、別れが辛くなっちゃうでしょ?だから今が丁度いいんだよ」
「別れが辛いなら、ここにずっと居ればいいじゃないですか」
アルも少し取り乱したように言った。
「人と我々とでは、生きる時間が違いすぎる。100年後、会いたくなってもあなた達はもう居ないのですよ。そんなに早く友を失うなんて辛すぎる。私には耐えられない」
アルの言葉を引き継ぐようにマクベスも言った。
「確かにもう木霊王の選定者でなくなったお前達には、永遠の命という保証は取り消されるだろうが、ここに居ればきっと我らと同じくらいの寿命を生きる事は出来るだろう。それでも・・・」
「うん。それでも私達は私達の世界で自分達の人生を生きる。2人で話し合ってそう決めたんだ。向こうの世界には私達を待っている大切な人達が居る。その人達と一緒に私達に与えられた時間を大切に生きて行くよ。大丈夫。これから何度でも遊びに来れるよ」
朗は明るく言ったが、皆は沈んだ表情のままだった。そこで柾人は立ち上がった。
「そーだ。こっちに来たら又、今くらいの年に戻れるんだろ?だったら一応親とかの老後を看取ってから、大体7,80歳くらいになってからここに移住するよ。それでいいだろ?」
柾人はいいアイディアだと思ったが、皆はむっとしたような顔をしている。
「随分、先の話ですね」
アルがボソッと呟く。アデリアは内心、“こんなとぼけた男を、ちょっとでも好きだと思った自分が嫌だわ”と思った。
この間スドゥークの歓迎と朗と柾人への感謝の宴を開いたばかりなのに、その日の夜には再び別れの宴を開くこととなった。そして別れの朝はすぐにやって来た。負傷して動けない者以外の城中の全ての人々が、城の前の広場に集まり、彼らを見送る事となった。先にスドゥークとナーダがエルドラドスへ帰り、そのあと、朗と柾人が元の世界へ戻るのだ。アデリアが最初にスドゥークに礼を言った後、朗がスドゥークの前に立った。
「スドゥーク。大切な剣を貸してくれてありがとう。本当にすごかったよ、その剣」
「オルドマの姿の霊力が出たそうだな。俺も今度試してみよう」
「うん・・・」
そのあと、朗は言葉を失ったように黙り込んだ。言いたい事が一杯あったはずなのに、別れが寂しすぎて言葉が出て来なかった。少しの間うつむいていた朗は、やっと口を開いた。
「あの・・・私。スドゥークにお願いがあるんだ」
「なんだ」
「スドゥークはずっと一人で戦ってきたでしょ?政務だけじゃなく、王族のしがらみや色々なものと。それは自分以上にエルドラドスを良くする事が出来ないから、兄弟やその子供たちが死んでいっても、たった一人生き残って頑張ってきた。でもスドゥークならきっと立派な後継者を育てる事だって出来ると思うんだ。スドゥークが選んだ人となら・・・。その人と一緒に幸せになって欲しい。私、スドゥークにはエルドラドスで一番幸せになってもらいたいんだ。だから・・・」
スドゥークはうつむいている朗を見て、小さくため息をついた。
「今まで国の為に結婚しろと何度も言われたが、俺の幸せの為にと言ったのはお前が初めてだ」
彼は微笑むと、朗に顔を近づけた。
「それはお前が亜妃になれば解決する問題だと思うが・・・?」
柾人はドキッとしてスドゥークを見た。まさか、今ここで急に朗をさらって行っちゃうなんてしないよな。朗はいつものスドゥークらしくない優しい笑みに赤くなりながら答えた。
「スドゥークは私にとって、とても大切な人だよ。でもそれはスドゥークが私にとってお師匠様で、それからカッコいいお父さんみたいな感じで・・・・」
朗の言葉に、その場に居た男達は全員思った。
ー お父さん ー
男が一番言われたくないセリフだ。だが当の本人は大声で笑いながら「お父さん、それはいい!」と言った。
「父と娘の絆は切っても切れぬものだからな」
何があってもめげない男だ、とアルは思った。
スドゥークを呆れたように見ているアルをちらっと見て、ナーダはどう別れを言えばいいか悩んでいた。以前エルドラドスで別れる時は、本当にもう最後だと思っていきなりキスなんかしてしまったが、もう今はそんな勇気もない。でもこれが本当に最後なのだから、ちゃんとお別れを言わなきゃ。
「あ、あの、アル・・・」
声をかけられてナーダの方を見たアルは、なぜかスドゥークに頭を下げ、「スドゥーク様。今しばらくお時間を下さい」と言って朗の方へ歩いて来た。
「アキラ。以前私が言った、月絡の契りの返事を聞かせてくれないか?」
朗はなぜ今ここでアルがそれを聞きたいのか、何となく分かった。
「アルの事は大好きだよ。でも私の一番は、アルじゃないんだ」
「そうか。何となく分かっていたけど、一応申し込んだ以上、ちゃんと振られておかなければいけないと思って」
そうしてアルは後ろを振り返ると、うつむいているナーダの元へ歩いて来た。
「ナーダ。もし木霊王と暗地王、そしてスドゥーク様がお許し下さるなら、また君に会いにエルドラドスへ行っていいかな?君とテルマに会いに・・・・」
アルの口からこんなうれしい言葉を聞けるなんて夢にも思わなかった。ナーダはあふれる涙を必死でこらえるように両手を口に当てた。
「私、待ってる。ずっとずっと待っているわ、アル・・・」
優しく包み込むようにナーダを見ているアルと泣いているナーダを、皆が微笑みながら見つめていたが、ジョアンとデーシィ、マークルはひそひそと話していた。
「なあ、アルさんまでがアキラに月絡の契りを申し込んでたって、どういう事だ?」
「一体アキラって何なんだよ、ジョアン」
「俺に聞くな。俺は何も聞こえてない。聞いてない」
スドゥークは朗をちらっと見て微笑むと、右手を上げ、空間にエルドラドスへの扉を開けた。
「では、皆のもの、さらばだ」
そう言うと、ナーダの後ろに大きな黒い羽根を広げた。
「そうそう、マサト」
初めてスドゥークに話しかけられ、柾人は「は、はい」と言いつつ顔を上げた。
「アキラはモテるから、お前はこれからも苦労するぞ」
「へ?」
それだけ言うと、2人の姿は黒い球体になり、そのまま移動空間の中へ飛び込んでいった。扉はあっという間に消え、まるでそこには誰も居なかったように小さな渦を巻く風だけが残り、やがてそれも消えて行った。
ー 何なんだ。何なんだよ、あの人はぁ! -
柾人はイライラしながら思った。そんな事、あんたに言われなくってもよく分かってるよ!(涙)
朗を見ると、アデリアやシオンと抱き合った後、メディウスやカクトとも挨拶を交わしている。ジョアンはなぜか、朗と握手をするのに顔を引きつらせていた。
「ミディ、お世話になったね。ありがとう。あなたの入れてくれるお茶が私は大好きだった」
涙を浮かべているミディに朗が声を掛けると、彼女は深々と頭を下げた。
「もったいないお言葉です、アキラ様。必ずまた遊びに来てくださいね」
朗はミディとも抱き合い、最後に柾人と2人でアデリアとマクベス、アルの前に立った。マクベスは朗に「元気でな」と短い言葉をかけた後、柾人の肩を叩いて「しっかりやれよ」と言った。アルも朗に「元気で」と声を掛けると柾人に「時々は剣の練習をしろよ」と言って笑った。
「マサト、元気でね。あなたと会えて、楽しかったわ」
アデリアも柾人に声をかけた。
「うん。アデリアも早くカイに会えるといいな」
アデリアはちょっと頬を赤らめた後、もう一度朗に抱き付いた。
「大好きよ、アキラ。私が呼んだら、必ずまた来てくれる?」
「もちろん」
思いがこみ上げて来て、朗も泣きそうになった。すべての別れの挨拶が済むと、アデリアが胸に両手を当て、祈りの言葉を口にした。すると小さな渦が空間に沸き起こり、やがてそれは真っ暗な口を大きく開いた。朗と柾人は手をつなぐと、その空間の前まで行ってもう一度振り返った。
「じゃあ、みんな。元気でね」
「また、会おう」
2人はその空間に足を踏み入れると、まるで幼い日のように手をつないだまま走り出した。ふと気づくと、彼等は暗い空間に浮かんで飛んでいた。いつのまにか月鬼と千怪が彼らを乗せて、空をかくように前に進んでいた。朗は千怪の首に抱き付きながら、この不思議な友人たちに声をかけた。
「ありがとう、月鬼、千怪。君たちが居てくれるから、私達、無事に帰れるんだね。これからもずっと一緒に居てくれる?」
千怪はチラッと後ろを見た後、いつもの太く低い声で答えた。
「お前達が死ぬまでか?それは随分、長い旅になりそうだ」
ー ピーチチチッ -
懐かしい鳥の声に朗は目を覚ました。周りには何もない小高い丘の上に倒れていたようだ。周りの空気は幼い頃から嗅いでいたものと同じだった。
ー 帰ってきたんだ -
ぼうっと考えた朗はハッと気が付いた。
「柾人!柾人?」
柾人は隣に倒れていた。朗の声に気付き、半身を起こして微笑んだ。
「帰ってきたんだな、俺達」
「うん。でも、ここどこだろう」
柾人は立ち上がると、大きく伸びをした。
「日本には間違いないだろ?だったらどうにかして帰れるさ」
「うん!」
彼等は顔を見合わせて、楽しそうに笑った。
ー 10年後 -
朝から朗は忙しい。2つ分のお弁当と朝食の準備があるからだ。もちろん次の剣道の大会に向けて、素振り300回は準備の前に終わっていた。大きなあくびをしつつ、柾人が2階の寝室から起きてきた。
「おはよう、柾人。ネクタイちゃんと結んで。時間がないよ」
朗はスーツの上のエプロンを外すと、テーブルの椅子に座った。
「うん」
柾人は素直に返事をすると、ネクタイを結びつつ食卓に着いた。普通の大学に行って、何とか普通に就職できた柾人は普通のサラリーマンになったが、一生懸命にお金を貯めて、朗の為に家を買った。35年ローンだが、いつかは大型犬を飼いたい朗の為に柾人は頑張った。だがそのせいで結婚が大幅に遅れ、去年2人は結婚したばかりの新婚だった。
朗は大手商社に勤めるOLである。色々なプロジェクトを実行するチームの主任を任され、学生時代と変わらず忙しく毎日を過ごしている。
急いで朝食を終えると、柾人は玄関へ向かった。今日は早朝会議があるのだ。
「柾人、お弁当!」
走って来た朗から弁当を受け取り、鞄に詰め込み朗と一緒に玄関を出る。それはいつもの風景のはずだった。だがドアの外が何かおかしい。まるで町がモノクロになってしまったように灰色で動きがないように見えた。
「うそ。有給残ってたかな、俺」
思わずつぶやいた柾人に、空中から野太い声が聞こえた。
「休みを取る必要はないぞ、マサト。木霊王の力により、今からお前達はこの世界から忘れられることになる」
柾人の後ろから家を出てきた朗も、驚いたように懐かしい2人の友を見上げた。
「マクベス、アル。どうしたの?アデリアとカイの結婚式って、1か月後じゃなかった?」
アルテウスがいつもの涼しい笑顔で答えた。
「お久しぶりです、アキラ。実はその事で困ったことが起きまして・・・」
アルの言葉をマクベスが引きついた。
「いまだにまだ反対する者がサラーシャに居てな。頭が固いんだ、あの連中は。パルスパナスでも身内を天空族に殺された者達が反対していて、その2つが暴動を起こすかもしれんのだ」
「お2人はそういう人々の気持ちを考慮して10年も待たれたのですが、なかなか戦争の傷跡は癒えないようです。・・・と言う事で、わが主、パルスパナスの善導者、アデリア姫のお呼びです。アキラ、マサト。少し早いですが、来ていただけますか?」
朗はニヤリと笑うと、玄関に置いてあった剣を取り叫んだ。
「月鬼、千怪!」
2匹の妖魔は後ろに現れると、彼らを乗せて飛び立った。
そして再び異世界への扉が開く。さあ、始めよう。新しい冒険の旅を・・・・・。
長い間読んでくださって、本当にありがとうございました。初めて書いたファンタジーですので、多少不明瞭な点やおぼつかない点などもあったと思いますが、皆さんが応援して下さったおかげで、何とか書き上げる事が出来ました。
次の作品は「二つ月の帝国」。29歳、崖っぷちOLが異世界へ行ってしまったらどうなるのか。をテーマに描いてみようと思っています。ちょっと大人のファンタジーを目指しています。興味のある方はぜひ読んでみてくださいね。掲載開始は8月ごろの予定です。
月城 響




