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ツインブレイバー  作者: 月城 響
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サラーシャへ

 比較的傷の浅い負傷兵たちが収容されている大部屋の窓際に、マクベスとアルのベッドがあった。2人共十分半身は起こせるので、その状態で膝の上に朝食の乗った盆を乗せて食べていた。


「おい、アル」

「なんだ」

 マクベスが隣のベッドのアルに話しかけた。

「こんなんじゃ全然足りん。お前のを少しよこせ」

「嫌だね。そんなに元気ならとっとと仕事に戻れ。まさかこの機会にサボってやろうとか思ってるんじゃないだろうな」

「お前!俺は肋骨が3本も折れてるんだぞ。いいからよこせよ、メシ」

「やーだね」


 そんな会話をしていると、入り口の方がざわめいて、ふと2人は顔を上げた。アデリアが朗と柾人、そしてナーダと共に病室に入ってきたのだ。


「みんな、そのままでいいのよ。私はその奥に居る、年寄りに一発でやられたドジな側近に会いに来ただけだから」


 確かにアルが遅れてきたものだから1対1だったとはいえ、オクトラスに一撃で吹き飛ばされてしまった彼らはアデリアの言葉に渋い顔をするしかなかった。アデリアはマクベスとアルのベッドの間に腰に手を当てて立つと、2人の顔を見た。


「思ったより元気そうで何よりだわ。私は重症患者から治療を手伝っているから、貴方たちはまだまだずーっと先ね」


 そう言いつつ彼女はナーダが用意した椅子に腰かけた。丁度怪我をして入院しているロットとクロビスの見舞いに来ていたジョアン達も、何事だろうと注目していた。


「今日はアキラがみんなに話したいことがあるというので、ここに来たのよ。アキラがどうしてもと言うから許可したけど、私は出来ればやめて欲しいわ」


 アデリアの肩をギュッと握った後、朗は彼女の横に立った。


「昨日、カイとも話したんだけど、マサトと私はカイと一緒にパルスパナスの使者としてサラーシャへ行こうと思ってる。天空族の王に会って誤解を解いてもらうんだ」

 その話を知っていたのはアデリアだけだったので、他の皆はびっくりして彼らを見つめた。


「馬鹿を言うな。死にに行くようなものだぞ!」

 マクベスが驚いて叫んだ。

「そうです。カイも言っていたのでしょう?王インはもはや自分を見失っている。話が出来るような状態ではないと。それにカイは天空族の武将。これが罠ではないと言いきれるのですか?」

 アルも必死に反対した。


「もし罠だったとしても、行かなきゃならない。誰かが行って、インの心を溶かさなきゃ戦争は終わらない。もう誰かが傷ついたり悲しんだりするのを見るのは嫌だよ。みんなもそう思うでしょ?」


 周りに居る負傷兵たちは皆同じ瞳で朗を見ていた。もしそれが叶うのなら・・・。


「しかし、2人だけで行くなんて・・・」

 アルが呟くように言った。


「月鬼と千怪ならサラーシャまで飛べる。でも遠いから、私とマサトを一人ずつ乗せるのが限界だと思う。でもそれでいいんだ。私達は木霊王の選定者なんだから」


 アルが柾人を見ると、彼もニコリと笑った。

「もう決めたから。2人で行くって。大丈夫だよ、アル。カイは心から反省してるし、戦争を止めたいと本気で思ってる。必ずインの所へ辿り着けるよ」


 いつも私に怒られて投げ飛ばされて、半分泣きながら剣を握っていた柾人。それがいつの間にか自分よりずっと大人になってしまったようで、アルはそれ以上何も言えなかった。


「ねえ、みんな。私を見て」

 そう言うと、朗は部屋の中央まで歩いて行った。そして最初に自分の瞳の横に手をやった。


「私の瞳は緑。これは妖精の目」

 次に頬に手を当てた。

「この白い肌は天空族のもの」

 そして髪の毛に触れた。


「この赤い髪は魔族と同じ。そして私自身は人間だ。最初この世界に来た時、木霊王が何故私をこんな姿に変えたのか分からなかった。でも今は分かる。木霊王は、いや導主は、4つの国を仲良くさせる為に私の中に4つの種族の特徴を入れたんじゃないかな。導主の願いは、4つの種族が一つの国のように仲良くする事。その為に私はここへ来たんだと思う。だから私はみんなの代表としてサラーシャへ行くよ。それを許して欲しい」


 誰もがみな、朗の言葉に心を打たれていた。


「お願いします。アキラ!」

「我らが木霊王の選定者!」


 そこに居た人々が皆、声を上げて朗を応援した。ジョアンはそれを見ながら思った。自分は今回のオクトラスの件で、目覚ましい働きをしたと思っていた。勇気を振り絞って悪を倒した英雄みたいに・・・。だが今の朗を見ていると、それがいかにちっぽけな事だったのかが分かった。


「本当の勇者ってのは、ああ言う奴の事を言うんだろうな」

 小さく呟いたジョアンの肩を、デージィがにっこり笑いながらポンと叩いた。





 城の中腹にある飛行部隊が空へ飛び立つ大きなバルコニーから、彼等は出発する事になった。朗は魔族の国でいつも着ていたお気に入りの練習着を来て、背中にスドゥークから貸してもらった剣を背負っていた。柾人もあまり剣は使えないが、妖精の剣を腰から下げていた。それはさっき話をした後、アルが「お前にやる」と言って渡してくれた自分の愛用の剣だった。


「アキラ、気を付けて行って来てね」


 涙ながらに朗に抱き付いているアデリアをカイはじっと見つめた後、目をそらした。もう2度とこの国の地を踏むことは無いだろう。今から私は裏切り者になるのだから・・・。


 カイが羽を広げると、月鬼と千怪に乗った朗と柾人も皆に手を振った。城に居る者で手の空いている者は皆、バルコニーからそして窓から彼らを見送った。じっと空を見上げて立つアデリアにナーダが話しかけた。


「良いのですか?アデリア様。あの方に何も言わなくて」

「いいのよ。だって目を合わせたら行かないでって言ってしまうもの」


 カイは今から国を裏切るのだ。天空族の武将として一筋に生きてきた彼にとって、それはもはや死を覚悟しての事だろう。あの人は王に殺されに行ったのだ。


「アキラもマサトもカイも・・・私の好きになった人はみんな・・・」

 こらえきれずに泣き出したアデリアをナーダは抱きしめた。

「大丈夫です。きっとアキラが誰も死なせはしません。みんな無事に姫様の元へ戻ってきます。きっと・・・」






 サラーシャの王城がある都の浮島は、パルスパナスの城からはかなり離れている。彼等はそのままずっと太陽と反対の方角に向かって飛び続けた。やがて森が途絶え、巨大な湖を渡り、更に飛んで行くと、万年雪を背負った山脈が見えてきた。そしてそのさらに高い上空に、本当に山を削って浮き上がらせたような空中島がいくつも空に浮かんでいた。


「あれがサラーシャ・・・」


 5千年前、オルドマによって地上から引き離された国。巨大な島々にはそれぞれ特徴があって、パルスパナスのようにたくさんの緑や川、滝などのある森でおおわれているのもあれば、島一面に果樹園や農作物を作っている場所もあった。大小さまざまな大きさがあり、カイはその中央の最も高い位置にある、中程度の島に向かって行った。そこは高吏以上しか住む事を許されない島、サラーシャの都であった。その島の中央にインの居る王城があった。




 その王城の中は今、緊張に包まれていた。王インの前にすべての高吏が集まり、今王が下した決断に、皆声も出せずに顔を見合わせていた。


 インは“必ずパルスパナスの善導者とそれを支援する者の首を討ちとり、王の御前に戻ります”と言ったカイの言葉を信じてずっと待っていた。だから新しい兵をパルスパナスに送る事はしなかったのだ。だがもう限界だった。誰もがカイはパルスパナスで殺されてしまっただろうと思っているように、インもあの勇敢な友はもうこの世に居ないのだと思った。


 インのパルスパナスへの復讐の念は、ますます深まるばかりだった。そしてとうとう彼は決断したのだ。


ー すべての民に武器を持たせ、パルスパナスを総攻撃する -


「お待ちください!」


 静まり帰った高吏達の間を通り抜け、コアが玉座の階段の下に跪いた。






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