戦いの真実と決意のカイ
3人そろってアデリアの居るテントに戻ると、アデリアが、カクト、ケーニス、そして後からアデリアを追ってきたゴランを前に、何か真剣に話をしている最中だった。
「そんな・・・そんな事はあり得ません!」
「私も信じられません。天空族の言う事など!」
叫んでいるのはカクトとケーニスだ。一体何事だろうと、彼等はアデリアの居るテントに近づいた。
「ああ、メディウス、丁度いいところに。あなたにも話しておくわ」
アデリアがカクトたちに話していたのは、天空族と妖精との戦いが何故始まったのかという事だった。同じ妖精が天空族の亜妃と王聖女を殺したことがすべての発端だと聞いたメディウスも、カクトたちと同じように信じられなかった。
「でも本当なのよ。彼等は正当な報復をしているの。多分今更謝ったとしても、天空族の王は決して私達を許さないでしょう」
皆が声も出せずに黙り込んだとき、シオンが小さな声で「あ、あの・・・」と切り出した。メディウスははっとしてシオンの両肩に手をやると、2人でアデリアの前にしゃがみ込んだ。
「こんな話の途中で申し訳ありません。実は私の娘でして、シオンと申します。あの・・・突然ですが」
「ええ、本当に突然ね」
アデリアは驚いた顔で2人を見た。
「貴方にこんな大きな娘が居たなんて知らなかったわ」
「はい。私も先程知ったばかりで・・・」
王聖女や部下を前にして、メディウスはかなり照れているようだ。
「羽がないと言う事は、人間との間の子供なの?」
「はい。ですが私はそれを恥じてはおりません」
「そうね」
アデリアはにっこり笑うと、シオンの手を持って立たせた。
「私はもう羽があるとかないとか、種族が違うとかで人を判断するのはやめたの。だって私の友達には人間も魔族も居るんですもの」
にっこり笑いかけたアデリアに朗も微笑み返した。立ち上がったメディウスは急に真面目な顔になると「それで先程の話ですが」と切り出した。
「和平が無理ならせめて、停戦を申し出る事は出来ないでしょうか。この通り兵は傷つき、戦力はかなり落ちています。今天空族と戦うのは非常に不利です」
「そうね・・・」
アデリアが考え込んでいた所に、再びシオンが声を出した。
「あ、あの・・・」
「シオン、今は会議中だ。少し黙っていなさい」
メディウスが咎めたが、シオンは首を振った。
「違うんだ。あの、さっきの話・・・。私、見たんだ。全部」
シオンが何を言っているのか分からず、アデリアも朗も首を傾げた。
「あの、さっき妖精が天空族を殺したって話。それ、違うよ。私、見たんだ。霊獣狩り・・・いや、ちょっと用があって森の中に居た時すごい音がして、空から大きな箱みたいなのが落ちてきて・・・・」
それが事件の発端となった出来事だと分かり、アデリアは「詳しく聞かせて!」と叫んだ。
「その箱がなんだか気になって、落ちたあたりを見に行ったんだ。箱から少し離れた場所に小さな女の子を抱いた真っ白な羽根の女の人が倒れてて・・・助けようかなと思ったんだけど、木の陰から1匹のサベンダーが出てきたんだ。あいつ、すごく獰猛でさ。牙なんか刃みたいだし、いつもは持って来ている霊獣を眠らせる薬草を付けた弓矢も慌てて持って来てなかった。だからどうしようもなくて・・・。
そしたら近くに居た妖精たちが、家から剣や槍を持って来て、そいつを追い払おうって必死に戦ったんだ。おかげでサベンダーは何とか逃げたけど、天空族の女と子供はサベンダーにやられて手遅れだった。4人はそのまま女を囲んでどうしようか話し合ってた。王宮に知らせるべきか、それともこのままここに埋めてやるべきか。そんな事を話している内に、上から天空族の兵が舞い降りて来て、有無も言わさずいきなり4人の妖精をぶった切ったんだ。そして女と子供の亡骸を空へ運んで帰っていったんだよ」
すべてが誤解から始まったのだと知った人々は、互いにに顔を見合わせた。だが朗はそれが余計に怖かった。つまり天空族は助けようとした妖精を誤って殺し、しかも戦争まで仕掛けた。妖精には全く罪がないのに、彼らを虐殺したのだ。
だから今度は妖精たちが一族を殺された復讐の為に立ち上がるのではないだろうか。復讐が復讐を呼ぶ。そんな泥沼の戦いになったら、今度こそ本当に5千年前の二の舞になるかもしれない。朗は周りの妖精達の反応を見た。カクトとケーニス、そしてゴランも天空族の横暴に怒りを覚えている。
「全くの誤解で、我らに戦争をしかけるなど許せん」
「戦力がなくとも立ち上がるべきです」
メディウスはシオンに事の真偽を確かめ、シオンは自分が見た事に間違いはないと言っている。そしてアデリアはただじっと椅子に座ったまま考え込んでいた。このままじゃいけない。朗がアデリアに声をかけようとした時、一人の兵が「大変です!」と叫んでアデリアの側に駆け寄り跪いた。
「天空族の兵が来ています」
「何だと!」
皆はびっくりして立ちあがった。
「どれほどだ」
カクトが聞いた。
「いえ、あの軍隊ではなく、3人だけ。わが軍に投降したいそうです」
「何かの罠かもしれん」
メディウスはすぐにカクトやケーニスと共に3人の天空族がやって来ているという場所まで走った。朗やシオンもついて行った。3人の天空族たちは衛兵たちに囲まれていた。騒ぎを聞きつけて、柾人やナーダも集まっていた。
「マサト、ナーダ」
朗が声を掛けると、柾人が「あいつだ。エルドラドスで俺達を襲ってきた奴らのリーダーだぜ」と言った。カイ・・・まさか彼が投降してくるなんて・・・本当に罠なんだろうか。だがイルミダは剣を鞘ごと持って両手を上げているし、カイは背中に負傷した兵を背負っている。皆がたった3人を取り囲み、あたりは緊張に包まれていた。駆けつけたカクトはメディウスの命を待たずに叫んだ。
「捕えよ!」
それを聞いて衛兵が一気に押し寄せようとした時、カイは叫んだ。
「待ってくれ!」
一瞬にして兵達が立ち止ったのは、やはりリーダーとしての彼の貫禄だろうか。カイはユリウスをゆっくりと地面に降ろし、自分も両手を上げた。
「我らに戦う意思はない。私の名はオーラティン・フィルフィナール。サラーシャ軍の総帥だ。私の首をパルスパナスの善導者に捧げる。だからこの2人の部下の命を助けてやってくれ。私の願いはそれだけだ!」
メディウスもこの状況をどう判断していいか分からなかった。総帥ともあろうものが、たった2人の部下の為に命を落とすというのか?皆が黙ってこの3人の敵を見つめている中、アデリアはもう2度と会えないと思っていたその姿を見て走り出した。
「カイ・・・!」
彼女は邪魔な衛兵たちの上を飛び越えると、一気に舞い降り、カイに抱き付いた。周りの者達はこの衝撃的な出来事を見て、雷に打たれたように立ちすくんだ。ただ一人岩山の上で傍観を決め込んでいるスドゥークだけはニヤリと笑っていたが・・・。イルミダに至っては「カ・・・カ・・・カイ様・・・?」と言ったまま放心状態だ。アデリアはこれもびっくりして固まっているカイを見上げると、嬉しそうに笑った。
「又会えて嬉しいわ。ずうっと会いたかったの」
カイは一瞬、顔をひきつらせたが、息を大きく吐いて心を落ち着かせた。
「お立場をわきまえなさい、王聖女。それに今度会った時は殺すと言ったはずだ」
「あら、私も言ったはずよ。妖精はあんまり立場なんて気にしないって。それに私、カイになら殺されてもいいわ」
「ぐ・・・」
もう返す言葉がない。元々武人気質で無骨者のカイは女性に抱き付かれたこと自体、初めてだった。
ー 不覚、不覚だ。こんな不覚をとったのは初めてだ。いくら両手を上げているとはいえ・・・ -
もうカイの頭は真っ白だった。そんなカイの心中などお構いなく、アデリアはカイの首に腕を回したまま、彼の足元に居るユリウスに目をやった。
「そうだ。部下が怪我をしているのね。メディウス。すぐに2人を救護テントへ。手厚く看病してあげるのよ」
「は、はあ・・・」
メディウスの命で兵達が救護班を呼び、倒れているユリウスを担架に乗せて行く。イルミダは2人の妖精に両脇を抱えられて歩きながらも「カ・・カ、カイ様が・・・」とまだ放心状態だった。
「それからね、カイ。私達もう喧嘩する必要はなくなったのよ。すべては誤解だったの」
「は?」
「ここには一般の兵もたくさんいるから、私のテントに行きましょう。アキラ、ナーダとマサト。それからシオンも一緒に来て」
歩き始めたアデリア達を見て、やっとカクトやケーニスたちが我に帰った。
「姫、これは敵ですよ。縄も賭けずに歩かせるなど、危険です」
「すぐに離れて下さい、姫」
アデリアはむっとしたように彼らを見た。
「何言ってるの?カイは部下の為に命を捨てる覚悟でここに来たのよ。軍の総帥ともあろうものが、敵地でみっともない真似をするわけはないでしょう。それに・・・」
アデリアはカイの腕に自分の腕を回してニコッと笑った。
「私はもう、カイと離れたくないの」
嬉しそうにカイと腕を組んで歩いて行くアデリアを見て、柾人は朗の耳にこそっと囁いた。
「アデリアって、もしかして気が多いのか?」
「うーん・・・」
朗が返答に困っているとナーダが口を出した。
「でももし敵の大将を王士に・・・なんて事になったら大変なことになるわ。暴動が起きるかも・・・」
朗と柾人は思わず顔を見合わせた。




