アデリアの決意
夜明けと共に部下たちを探し始めたカイは、太陽が高くなる頃、やっと手がかりを見つけた。森の木の上に白い羽根が何本か括り付けてある。それは天空族の兵が仲間からはぐれたり遭難したりした時に使う信号だった。やっと一つ見つけられた仲間の証に、カイは少しホッとしつつ降りて行った。羽が結び付けてあった大木の側には誰も居なかったが、少し離れた木の側にイルミダが剣を抱いたまま座り込んでいた。
「イルミダ!」
カイの声にイルミダは痛めた足を押さえながら立ち上がった。
「カイ様、ご無事だったのですね!」
「他に誰かいるか」
「はい。そこの洞の中にユリウスが・・・・」
木の幹の下にできた大きな洞はちょうど人が一人入れるくらいの大きさで、その中にユリウスが力なく横たわっていた。駆け寄って声を掛けると、彼はうすく目を開けて微笑んだ。
「カイ様。生きておられたのですね。良かった。本当に良かった」
「済まない。探しに来るのがこんなに遅くなってしまって。大丈夫か」
「はい」
そう答えたもののユリウスはかなりの重傷に見えた。カイが洞から出てくると、イルミダが霊獣の肉を焼いていた。彼等はこうやって飢えをしのいでいたのだろう。
「カイ様。お腹がお空きでしょう。あまりうまくはありませんが、十分食べられます」
周りを見ると4頭の霊獣の死体があった。
「これを全てお前ひとりで倒したのか?さすがだな」
めったに褒めてくれない上司に、イルミダは照れたように笑った。
「少々肩をやられましたが。いい食料になってますよ」
軽く食事をとった後、カイは再び部下たちを探してくると言って立ち上がった。
「ついでに戦況も見てくるつもりだ」
「戦況?」
「人間がこのパルスパナスに攻め込んだのだ。アーライルは強国。パルスパナスも滅ぼされるかもしれないな」
「そんな!それでは我らの復讐はどうなるのですか!この手でパルスパナスを滅ぼしてこそ、意味があると言うのに!」
イルミダや他の天空族の兵達の気持ちを考えると、カイはうつむかずにはいられなかった。この手の中のパルスパナスの善導者を捕えていたのに、殺す事が出来なかった自分。私は彼等をその為にこの危険な戦いに巻き込んだというのに・・・・。
「とにかくもう少しここで我慢していてくれ。私は必ず戻ってくる。ユリウスを頼んだぞ、イルミダ」
カイの様子が少し変だと感じながら、イルミダは彼が飛び立って行くのを見送った。
アルテウスがパルスパナス軍と合流する為に出発してしばらく、アデリアは体がだるくて動くことが出来ずベッドで休んでいた。アルの傷を治すのに霊力を使いすぎたようだ。ナーダが心配してずっとアデリアに寄り添っていた。
「ちょっと、あなた行ってよ」
「嫌よ。あなたが行きなさいよ」
ナーダが気付くと、アデリアの侍女たちが軽い食事を持ってきたらしいのだが、真っ黒な羽根のナーダが怖くて入れないでいるようだ。
「私がもらうわ」
後ろからした声に侍女たちはびっくりして振り返った。絶対に近づきたくないと思っていた異民族の娘が立っている。
「お、お願いします!」
逃げるように去っていく2人の侍女を見ながら、ナーダは小さくため息をついた。きっと初めてエルドラドスに来たアルもこんな感じで受け入れてもらえなかったんだろうな。そう思いつつアデリアの所へ戻った。
「アデリア様、おやつが来ましたよ」
ナーダに声をかけられて、アデリアはだるそうにベッドの上に起き上がった。
「どうですか?調子は」
「うん。少し寝たら随分良くなったわ」
ナーダの手の上の盆から木の実で作った小さなクッキーを取って食べていると、ゴランが「失礼いたします!」と声をかけて入ってきた。
「戦況は?」
「それが・・・。アーライル軍からオクトラスが出て来て、パルスパナス軍をかなり押しているそうです」
「マクベスとアルはどうしたの?」
「オクトラスと戦っていたそうですが、かなり不利なようで・・・」
それを聞くと、アデリアは布団をめくりあげてベッドから出てきた。
「私が行くわ」
「は?」
ゴランはびっくりしたように立ち上がった。
「何をおっしゃっているのです?善導者が自ら前線に出るなんて有り得ません!」
「分かっているわ」
アデリアはカイの言葉をずっと忘れられなかった。
― あなたが本当に真の善導者ならば、生きて立ち上がってくれ。この無意味な戦いを終わりにしてくれ ―
生きて立ち上がる。その為に彼は私を生かしてくれた。憎んでも憎んでも飽き足らない、敵の善導者を・・・。
「私が行かなければならないの。すべての戦いを終わらせるためにも。供はいりません」
ドレスを翻して部屋を出て行くアデリアをナーダが追った。
「アデリア様。私も参ります。連れて行って下さい!」
「貴方は魔族よ。あなたが参加すれば魔族が戦いに手を貸したことになる。スドゥーク様はお許しにならないでしょう」
「私はアキラから、なぜパルスパナスの為に戦うのか聞いたことがあります。彼女は『私の国には義を見てせざるは勇なきなり』という言葉があるのだと言っていました。私は義の為に自分の武士道を全うするのだと。きっとスドゥーク様も同じ事をおっしゃるでしょう。だから私が義を貫くのをお止めになるとは思えません。どうかわたしをお連れ下さい。この剣にかけて、貴女をお守りいたします!」
アデリアはナーダの決意した顔をじっと見てから微笑んだ。
「2枚羽のあなたが王族の私に付いて来るのは大変よ。出来る?」
「し、死ぬ気で付いて行きます!」
アデリアはにっこり笑うと、ナーダの手を取った。
「行くわよ」
「はい!」




