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ツインブレイバー  作者: 月城 響
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帰国

 ディーオの意識が戻ったと侍従から知らせを受けたスドゥークは、書き物をしていたペンを投げ捨て、急ぎ足で彼の元へ向かった。ルドアルラに背中を刺されてからずっと、ディーオは意識不明だったのだ。


 スドゥークは勢いよく両開きのドアを開けると、息を切らしながら彼の寝ているベッドを見つめた。気ぜわしく近づいてくる足音に、ディーオはすぐそれが自分の主の足音だと気が付いた。側で見守っている侍従に「起こしてくれ」と伝えると、スドゥークはすぐに「起きなくていい。そのままでいろ」と命じた。


 ディーオはスドゥークを見上げると、まだ力の入らない声で言った。


「スドゥーク様。ご無事で良かった」

「当たり前だ、ばか者。この俺がそう簡単に死ぬか。それなのに余計なことをしおって。誰が身代わりになれと命じた」

 怒っているのか泣きたいのかわからないような顔をしているスドゥークを、ディーオは微笑んで見つめた。


「申し訳ありません。自分でも気づかぬうちに体が動いておりました」

「フン。冷静沈着が売りのくせに。よいか。今度動くなと言ったら絶対命令に従え。頭がいいのだから動く前に考えろ。それから・・・・」


 スドゥークはディーオに背中を向けた。


「早く戻ってこい。お前が居らぬと政務がはかどらん」

「はい」


 ディーオの返事を聞いたスドゥークは扉の前まで行ってもう一度振り返った。

「よいか。完全に良くなってから戻って来るんだぞ。中途半端で戻って来たら許さんからな!」


 足音を響かせながらスドゥークが去っていくと、彼の為にお茶を用意しようとしていた侍従が再び枕元へ戻って来た。


「スドゥーク様、相当ご心配なさっておられたようですよ。ルドアルラ様の葬儀以外は、ずっと暗地王の導地殿であなたの為に祈りを捧げておられたそうです」

「ルドアルラ様はお亡くなりになったのか?」

「はい、急に。病死だそうですが」


 いや、多分あの方は自害なされたのだろう。スドゥーク様はどんな事があっても、ルドアルラの命だけは助けたいと思っておられた。


「あの方にはそれ以外、道はなかったのだろう・・・・」


 ため息と共に瞳を閉じるとその奥に、伝説でしか聞いた事のない太陽のように、宮殿の中であでやかに輝いていたルドアルラの姿が浮かんできた。






 まだ傷の癒えていないアルは、久しぶりに飲んだ酒がまわって眠くなったようだ。そこでナーダがアルの座っている車いすを押してそのまま部屋に連れて行くことにした。ベッドのそばまで来るとナーダはアルを揺さぶった。


「アル、起きて。自分でベッドに入ってくれなきゃ私じゃ抱えられないわ」

「うーん、分かったよ、ナーダ」


 アルは半分眠っているような感じでベッドに這い上がると、そのまま眠ってしまった。ナーダはそっと彼の肩にシーツをかけ、じっと顔を見つめた。さっきマクベスが言ったように、もうすぐ彼らは自分達の国へ帰ってしまう。地上と地下の国同士では、本当に2度と会う事はないだろう。そう思うと涙があふれてきた。


「ほんとに。憎たらしいくらい、素敵なんだから・・・」

 

 涙をふき取りながら顔を近づけたナーダは、ふと心が騒いだ。


 そうだ。もう最後なんだもん。キスくらいしちゃってもいいかな?だってもう2度と会えないし・・・。


 じっとアルの唇を見つめた後、ナーダは首を振った。ダメダメ。寝込みを襲うなんて剣士にあるまじき行為だわ。でも・・・。


ナーダはもう一度アルの寝顔を見つめた。


そうよ。おでこにキスするくらいなら、罪にはならないわよね。だって最後なんだもん。


 ナーダは緊張した面持ちでアルの枕元に手をつき、正面から彼の顔を見つめた。息を吸い込んで目を閉じ、アルの額にそっと唇を近づけた。


「いやあー、飲んだ飲んだ。久しぶりの酒はうまいなあ!」

 

 ドキッとしてナーダは急いでアルから離れた。マクベスが柾人に抱えられて部屋に戻って来たのだ。


「もう。飲みすぎだよ、マクベス」


 彼らが入ってくると、ナーダは「そ、それじゃあ、私はこれで」と慌てて部屋を出て行った。そそくさと通り過ぎたナーダの顔が赤くなっていたように見えたが、征人にはそれが何故なのか分からなかった。






 それから5日後、アルはやっと飛んでも大丈夫なほど回復した。この頃にはグールや怪我のひどかったノーサやアドルドも回復し、兵役に戻ったようだ。人間なら1,2ヵ月は起き上がれないような怪我なのに、やはり彼らのような種族はずっと強いのだ。だがスドゥークやディーオ、そしてアルの傷の回復にはアデリアが少しずつ霊力を使って彼らの傷を癒すのを手伝ったのも早く回復した理由だろう。


 スドゥークからはまだ出兵の許可は下りていないが、一番反対していたルドアルラが居なくなったので、彼らが帰った後王族たちを説得し、必ず兵を送ると約束をもらった。今思えばルドアルラが出兵を反対したのは国の為ではなく、朗達を足止めするのが目的だったのだろうとスドゥークは朗に話した。朗が遠くに遊びに行くと言えば、必ずスドゥークも参加する。だから彼女は朗達をエルドラドスに足止めしておきたかった。


 いずれにせよルドアルラが病死と言う事になったので、第3王聖子パドゥールの子孫たちは追放を免れた。ゲルドーマとアランドールはこれでスドゥークに大きな借りが出来た事になる。これからは以前より政治がやりやすくなるだろうとスドゥークは語った。


 少しあわただしかったが、その次の日にはパルスパナスに戻ることになった。スドゥークやこちらで世話になった人たちに挨拶を終えると、アデリアは仲間達を再び自分の部屋へ集めた。


「パルスパナスに戻る前に、皆に話しておかなければならない事があります」

 なぜか暗い表情のアデリアに、仲間達は何事だろうと顔を見合わせた。


 そんな彼らを見回してアデリアは小さくため息をついた。本当はもっと早くに話さなければならなかったが、どうしても話せなかった。いまだに信じられないから・・・。アデリアは決意したように息を吸い込むと、重い口を開いた。それはモラハブ渓谷で天空族に襲われた日、カイから聞いたこの戦争のきっかけになった事件だった。


 天空族の亜妃と未来の善導者になる王聖女が、自分達と同じ種族に虐殺された。信じたくはないが、アデリアは天空族の高吏が嘘を言っているとは思えないと語った。


「それは・・・それが本当に事実なら、この戦いは正当な報復と言う事になる。もし我らが同じ事をされれば、我らとて・・・・」

 アルの声は少し震えていた。


 マクベスは黙って腕を組んだまま目を閉じている。朗はやっと以前からカイに聞きたかった、彼らが掟を破ってまでパルスパナスに攻め込んだ意味を知った。


ー お前らが絶滅するまで、我らは攻撃をやめない・・・ ー


 彼等は絶滅の運命を辿っている。だからパルスパナスも同じ目にあわせるつもりなのだ。


「ちょっと待って。亜妃と未来の善導者が死んでも、今の王はまだ善導者でしょ?永遠の命を持っている。やり直すことは出来るんじゃない?」

「やり直す気が無いのかもしれない」


 末席に座ったナーダが呟くように言った。


「すべてを終わらせてしまいたいのかも・・・。本当に愛する人たちを失ってしまったから」

 皆はシンとして黙り込んだ。


 しばらくして再びアデリアが声を出した。

「とにかく、理由が分かったとしても私たちはこのまま滅ぼされるわけにはいかないわ。アキラ、マサト。それでも私たちの為に戦ってくれる?パルスパナスを守ってくれる?」


 朗はじっとアデリアの顔を見て答えた。


「どんな理由があるにせよ、これ以上罪のない人達を殺させるわけにはいかない。もちろん全力を尽くすよ。ね、マサト」

「うん」

 柾人もすぐにうなずいた。






そして彼らがとうとうパルスパナスに帰る日になった。異民族を導主の宮殿に招き入れることは出来ないので、彼等は導地殿にほど近い城の中庭へ案内された。見送ってくれるのはディーオ、ナーダ、テルマ、そしてグールだ。ディーオはまだ立って歩くことが困難なので、侍従の押す車いすに乗っていた。


 ディーオの命が危なかった時、アデリアが癒しの力を使って彼の傷の手当てを手伝ったので、ディーオはその事の礼をアデリアに述べた。もし彼女が力を使わなかったら、ディーオは間違いなく死んでいただろう。ディーオは動けるようになってすぐ彼女に礼を言いに行ったが、別れ際にもう一度感謝の心を伝えたかったのだ。それは自分だけでなく、スドゥークの傷を癒してくれた事への感謝もあった。


 「あの、ディーオ。スドゥークは?」

 スドゥークの姿が見えないので、朗が尋ねた。


「申し訳ありません。スドゥーク様は、今日はどうしてもはずせない用があるそうです」

「そう・・・・」 スドゥークには一杯言いたいことがあったので、朗はとても残念だった。


「スドゥーク様が居なくて、パルスパナスへの道を開けるかしら」

 不安そうに言うアデリアに、ディーオが微笑んで答えた。


「スドゥーク様から霊力ちからを込めた玉を預かっております。みなさん、別れの準備はよろしいですか?」


 ディーオの言葉にアルはナーダとテルマの前へ進み出た。


「ナーダ、テルマ、ありがとう。君たちには本当に感謝している。特にナーダ。君が居てくれて本当に良かった。怪我を負った時も献身的に看病してくれて、心から感謝している」


 テルマはにっこり笑うと、背の高いアルを見上げた。

「私たちも感謝しているのよ。ね、ナーダ」

「え?」


 アルが改めてナーダを見ると、彼女も嬉しそうに微笑んだ。


「スドゥーク様が“そなたの腕を市井しせいに眠らせておくのはあまりにも惜しい。王宮に留まり、更に磨くがよい”って言って下さったの。私、仕官が決まったのよ。テルマと一緒に住む家も王都の中に用意して下さるって。みんなアルのおかげだわ。本当にありがとう!」


「そうか。夢がかなったんだね。本当に良かった。これで安心して帰れる」

「ええ。さようなら、アル」


 ナーダは寂しそうに微笑むと、ふいにアルに口づけした。驚いて固まってしまったアルに笑顔を向けると、ナーダはそのまま宮殿の方へ走って行った。

「お姉ちゃん、やるう」


 テルマの言葉にハッと我に返ったアルは、朗の方をすぐに振り返った。

「いや、アキラ、これは違うんだ。きっと別れの挨拶みたいなもので・・・・」

「良かったね、アル」


 朗ににっこり微笑まれると、力が抜けてしまいそうになるアルだった。




「さあ、みんな、帰りましょう」


 アデリアはそう言うと、車いすのディーオの前から3メートルほど離れたところまで行き、背を向けて目の前にある暗地王の宮殿を見上げた。いつも木霊王の宮殿でするように、胸の前で両手をクロスさせると、こうべを垂れた。


「グール、ありがとう。スドゥークによろしく伝えてね」

 朗の言葉にグールはうなずいた。


「貴方と練習試合が出来なくなるのは、残念ですよ」


 朗は微笑むと柾人と共に月鬼と千怪に乗り、アデリアの横に行った。アルもテルマに手を振ると、マクベスと共に朗たちの反対側に立った。それを見てディーオが両の掌を前に差し出すと、スドゥークからもらったという霊力の球がすうっと浮かび上がった。


「我が主、暗地王よ。異国への扉を開け、の者達を故郷へ帰らせ給え。闇を統べるわが主よ。妖精の国、パルスパナスへの道を開き給え」


この国へ来た時と同じ様に、黒い空気の塊が渦を巻いて彼らの前に現れた。そして一瞬で大きく広がり、四角い入口を作った。アデリアはもう一度、ディーオ達の方を振り向くとにっこり微笑んだ。


「それでは皆様、ごきげんよう」


 5人がその中に足を踏み入れようとした時だった。まるで空から降ってきたかのように白い大きな鳥のような一団が彼らにぶつかり、そのまま穴の中へ吸い込まれるように入っていった。そして最後の1人が入りきると、入り口は消えるように閉じてしまった。


 ディーオはぼうっと彼らが消えてしまった場所を見つめると「今のは天空族か?」と呟いた。今あの中では死闘になっているかもしれないが、もはやどうする事も出来ない。まあ、彼等なら何とかなるだろう。それにしても、なんだか知っているような感じが、私のすぐ横を通り過ぎたような・・・。いや、そんな事あるわけない。あるはずはない・・・。


 ディーオが悩みながら、頭を抱えているのを見て、テルマは車いすのひじあてを掴んで尋ねた。

「ねえ、ディーオ。今の何?みんなどうなったの?」

 ディーオはテルマの頭に手を置くと、にっこり笑った。


「大丈夫ですよ。彼等はきっと無事に帰り着きます。さあ、王宮へ戻りましょう」

 

 ディーオは侍従に手を挙げ、車椅子を押すように指示した。






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