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ツインブレイバー  作者: 月城 響
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ルドアルラとの戦い

 斉羅殿の中は外観と同じように金と赤の灯木できらびやかに彩られていた。王宮の本殿より派手だな。柾人は警備兵が行き過ぎるのを別の廊下の陰から見ている朗の後ろで思った。


「柾人、行くよ」

「う、うん」

 朗は人気のなくなった廊下を通り抜け、空き部屋の入口に身を隠した。


「柾人、あそこ。あの赤い扉がルドアルラの部屋」


 柾人が朗の後ろから廊下を覗き込むと、赤い灯木で飾られた扉が見えた。周りには人影はなかった。


「ルドアルラは居ないみたいだね。どこに居るか探してみよう」


 柾人はびっくりして、出て行こうとする朗の腕を思わず持って止めた。


「それはやめよう。これ以上は危険すぎる。しばらくここで様子を見よう」

「でも・・・」


 2人が小声で押し問答していると、廊下の向こう側から誰かの話し声が聞こえてきた。


「それではスドゥークは何も気づいていないのだな?」

 ルドアルラの声だ。2人は身をひそめるように入口の陰に隠れた。


「はい。何しろ傷が深くまだ動けない様で、政務の方はディーオが全て仕切っております」

「アキラは?」

「あれほど頻繁に本殿へ来ていたアキラも姿を見せません。昼間もほとんど部屋にこもって過ごしているようです」

「では誰にも怪しい動きはないのだな」

「はい」


 ルドアルラにはディーオと朗が水面下で動いている事は伝わっていないようだ。スドゥークも彼女の密偵が居るかもしれないと思って、朗には帰って来たその日に指示を出して以来、しばらく顔を見せないようにと言っていたのだった。


「天空族は?」

 再びルドアルラが尋ねた。

「彼らが根城にしていた洞穴に向かいましたが、すでにもぬけの殻でした」

「危険を察知してすぐに逃げたか。所詮、異民族どもなど信用できぬと言う事だな」


 ルドアルラともう一人の女は話しながら扉の前まで戻って来た。部下の女が扉を開けると、ルドアルラは一人中へ入った。


「お休みなさいませ、我が君」

「スドゥークに動きがあったら、すぐに知らせよ、リビト」

「はっ!」


 静かに扉を閉め、リビトが来た方向に去って行った後、朗は呟くように、だがしっかりと確信を込めた声で言った。


「リビト。あの獣のような目、絶対に忘れない。あの夜、私と戦った女だ」






 次の日、朗はまだ傷が癒えずベッドから動けないアルを除いた仲間全員を、アデリアの部屋に集めた。


「みんな。これから外で色々あると思うんだ。だから今日は一日みんな部屋に居て、一歩も外へは出ないでほしい。絶対みんなを危険な目に遭わせたりしないから。約束してくれる?」

「外で色々って、何があるの?」

 アデリアの問いに、朗はにっこり笑って答えた。


「それはすべてが終わったら話すよ。ナーダ。アルの事、頼むね」

 ナーダは何も言わず、ただうなずいた。


「アキラも行くんだな」

 柾人の問いに朗はうなずいた。

「必ず無事に帰ってくるから、心配しないで、マサト」


 柾人はギュッと自分の手を握りしめた。結局こうなるんだ。いつだって俺は置いてきぼりで、朗は自分がやると決めた事をやり遂げるまで帰ってこない。でも・・・・。


「分かった。気を付けて行くんだぞ」

「うん」


 朗は必ず帰ってくる。俺の所へ。今まで一度だってその約束をたがえた事はないんだ。だから俺は・・・今の俺にできる事は、朗を信じて待つ事なんだ。



 朗が部屋を出て行った後、ナーダはアルの寝ている部屋へ向かい、アデリアは木霊王に祈りを捧げると言って寝室の中へ入っていった。みんな気付いているのだ。これから朗が何をしようとしているのか。そしてこの国に何が起こるのか。


「マサト・・・」


 窓際にあるソファーに腰かけているマクベスが呼んだ。

「何?」

「アキラは必ず戻ってくる。心配はいらない。あいつは選ばれし者。こんな所で死んだりはせん」

「うん、分かってる。信じてるよ」


 柾人も窓の向こうを見ながら答えた。

「だが、こののちお前の運命は変わる事になる。それは覚悟しておけ」


 朗の事で頭が一杯の柾人には、マクベスの言っている意味がよく分からなかった。





 朗がスドゥークの寝室を訪れると、すでにディーオが居てスドゥークと話をしていた。スドゥークは朗の姿を見ると「来たか!」と叫んで布団をめくりあげ、ベッドから出てきた。彼はすでに戦闘用の衣服に身を包んでいた。


 まだ右肩が完全に直っていないので、剣は右腰につけて左手で抜けるようにしてある。


「行くぞ、アキラ、ディーオ」

 そう言うと、スドゥークはマントを翻して歩き始めた。






「大変です!姫様!」


 私室でリビトと話をしていたルドアルラは、女兵士の声に何事かと顔を上げた。


「地王軍が屋敷を取り囲んでおります!」

「地王軍?」


 眉をひそめてルドアルラが立ち上がった時、再び外から部下たちの声が響いて来た。


「お待ちを!スドゥーク様!」

「いくら王聖子でもこのような狼藉、許されませぬぞ!」


 スドゥーク、ディーオ、そして朗の行く手にはそれを遮るように女兵士たちが立ち並んでいた。


「どけ。どかねば全員打ち倒す」

 スドゥークの言葉に顔をゆがめると、一人の女が叫んだ。

「かかれ!」


 一斉に女戦士たちが襲い掛かってくる。スドゥークは左腕を大きく左右に動かした。途端にあたりを覆うような真っ黒な霊力ちからが兵士達を全員吹き飛ばした。


「何事です!」


 広間の入口にはリビトを連れたルドアルラが立っていた。彼女は周りに倒れて呻いたり気絶したりしている部下を見回しながら、ゆっくりとスドゥークの前までやって来た。


「これは、スドゥーク様。私の私兵がご無礼致しました。それにしてもそのようないくさで立ち。何事でございましょうか」


「そなたにはもうわかっておるはずだ、ルドアルラ。先日はずいぶん世話になった。いや、先日だけだはない。今まで何度れの命を狙ったかな」

「なんの事でございましょう。私が善導者に刃を向けるなど有り得ぬ話。ましてやあなたは私のおじいさまの兄上であらせられますのに」


「そうだな、ルドアルラ。俺も信じたくはなかった。だがあの夜、はっきりと分かったのだ。まだ痛みのとれぬこの体を射たのは、そなたの霊力ちからなのだと」


 ルドアルラはその美しい指を口元に添えると、くすくす笑った。

「私が、スドゥーク様を?どうしてそんな事をおっしゃるのです。何か証拠でもございますの?」

「証拠はその女だ」


 スドゥークの後ろから朗がリビトを指さした。


「私はあの夜、モラハブ渓谷でその女と戦った。はっきりと顔を覚えている。彼女はこう言った。お前ら全員あの方の造る新しい王国に邪魔だと」


「新しい王国・・・」

 ルドアルラは冷たく微笑んだ。

「私がその王国を造るために、貴方を殺そうとしたとおっしゃるのですか」


 その質問に今度はディーオが答えた。


「ルドアルラ様。もはや観念なさいませ。ドラクルールはやっとあなたに利用されたのだと気づきましたよ。あなたはドラクルールに何度も王にふさわしいのはあなただと持ち掛け、彼をその気にさせた。だが例え彼がスドゥーク様の暗殺に成功していたとしても、あなたは彼を王座に据える気などなかった。


 善導者を弑逆した罪で彼を殺すか、今と同じように死ぬまで牢に閉じ込めるか。いずれにせよ、それで第2王聖子の子孫は全て失脚する。そうすれば次に王位がめぐってくるのは第3王聖子の直系であるあなただ。ドラクルールの室牢を破壊し、もう一度スドゥーク様を狙わせようとしたのもあなた。マサトに近づき、アデリア姫やスドゥーク様を城の強固な守りから遠ざけたのもあなただ。もはや言い逃れは出来ますまい」


 ディーオの強い口調を打ち消すように、ルドアルラは高々と笑い声を上げた。


「ドラクルールなど、あのような罪人の言う事を信じるのですか?ディーオ。貴方は城で一番優秀な文官だと言われているのに、そのような想像で物事を判断すると言うの?」

「想像ではない」

 スドゥークが重い口を開いた。


「ルドアルラ。そなたはもう忘れているだろうが、バルバドールが王族襲名をしたあの日。そなたは庭で名もなき庭師の手をその霊術で燃やしたのだ。ほんの少し、その男の手がそなたの羽に触れたというだけで。


 あの恐ろしい紅蓮の炎のような霊力を、俺は今も忘れる事が出来ぬ。そしてあの夜、俺の体を射ぬいたのも、その同じ霊力だったのだ。赤い霊力など他に持つ者も居る・・・そんな言い訳はするな。自分の血を分けた王族の力、見抜けぬとでも思うておるか!」


 ルドアルラがギリッと歯をかみしめると同時に、彼女の後ろからリビトがスドゥークめがけて飛び出してきた。


ー ガギィィッ・・・!! ー


 剣と剣が鈍い音でぶつかり合う音が響いた。朗が剣を引き抜いてリビトを止めたのだ。そのまま2人は戦い始めた。すかさずルドアルラもスドゥークに霊術を放つ。スドゥークも利き手でない左手で霊術を放つと、2つの力がぶつかり合い、跳ね返された。ルドアルラは空中に飛んでそれをよけたが、スドゥークはまだ飛ぶ事が出来ず、思わず地面にかがんだ。


 それを狙って、ルドアルラが上から炎の球をいくつも投げつける。スドゥークが床を転がって逃げるのを見て、ディーオが横から霊術を放った。ルドアルラは軽くそれをかわしディーオに赤い炎の柱をぶつけ、彼の体は広間の壁に音を立ててぶつかり落ちた。


「ディーオ、お前は手を出すな!」


 ディーオの危険を察して、スドゥークは思わず痛めた右手で霊術を放ってしまった。


「くっ!」


 痛みに顔をゆがめ片膝をついたスドゥークを見て、ルドアルラはニヤリと笑った。


ー 今度こそ、この霊力でお前の命を奪う! ー


 その手の中に霊力で作った槍を持ち、ルドアルラはスドゥークの上から襲い掛かった。


「スドゥークッ!」


 朗の叫び声が響くのと同時にディーオがスドゥークの上に覆いかぶさり、赤い槍が彼の背中を貫いた。


「ディーオ?」

「我が・・・君・・・」


 そのままディーオはスドゥークの上で意識を失った。ディーオの体に刺さった霊力の槍は吸い込まれるように消えて行ったので、ルドアルラはもう一度その手に槍を作り出した。


「今度は逃さぬ」

 

 ルドアルラは倒れているスドゥークとディーオの上に降り、両手で槍を握りしめると、それを振り上げた。


「ルドアルラァァァ・・・ッ」


 憎しみの声を発すると、スドゥークの体から黒い光があふれ出し、それが一瞬で渦を巻き広間中に広がった。朗とリビトも吹き飛ばされないようにその場にしゃがみ込み、広間の窓という窓が全て割れた。ルドアルラの体も後ろに投げ飛ばされ、広間の壁に叩き付けられると、そのまま床までずり落ちた。


 荒い息を繰り返しながら、ルドアルラは薄れて行きそうな意識を奮い起し、立ち上がって近づいてくる男を見つめた。そしてその意識は以前見た、ドラクルールの囚われている尖塔を思い起こさせた。


 私に・・・この私にあんなみじめな一生を送れと言うの?一生あの薄暗い塔の中で屍のように生きろと?そんな辱めを受けるくらいなら・・・・・。


 ルドアルラは側に落ちていたガラスの破片を拾うと、自分の首に押し付け、思い切り押し引いた。


「ルドアルラッ!」

 

 スドゥークの声に彼女の瞳はほんの少し微笑んだ。だがその目の奥は彼ではなく、何か別の物を見ているようだった。その時ルドアルラは幼い頃からずっと夢見てきた、黄金の玉座を見ていたのだろうか。


 ルドアルラがそのまま息を引き取ると、リビトも剣を自分の方に持ち替え、思い切り腹に差し込んだ。


「リビト!」

 朗の叫び声と同時に彼女の体は前に倒れ、そのまま動かなくなった。


 スドゥークはゆっくりとルドアルラに近づくと、側にしゃがみ込んだ。少し開いたまぶたに手を乗せ、目を閉じさせると、彼はただ悲しげに彼女を見つめた。


「すまぬ・・・パドゥール・・・」







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