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ツインブレイバー  作者: 月城 響
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室牢のディーオ

 地王軍の兵舎のすぐ隣には、いつでも出陣できるようにモーヴ達の鳥舎ちょうしゃがある。モーヴはかなり大きいため、元の世界での柾人の部屋くらいの広さに一羽ずつ入れられていて、つがいのモーヴはさらに大きな小屋が与えられている。つがいのモーヴは戦闘用ではなく、子供を産ませるのが目的で、生まれたモーヴはいずれ人が乗れるようになるよう教育されていくのだ。


 夜中なのでモーヴ達も小屋の中でじっと目を閉じ眠っていた。その前を静かに歩いて一番奥まで行くと、一羽のモーヴの鳥舎の前で朗は立ち止まった。


「この子はジュドー。この中では年長者で、私みたいな初心者でもおとなしく言う事を聞いてくれるんだ。斉羅殿までは少し遠いから、途中まではこの子で行くね」


 そう言いつつ朗はモーヴの小屋の中に入っていった。やっぱり斉羅殿に行くんだ。柾人も黙って朗の後ろに着いて小屋に入った。


「こんばんは、ジュドー。今日も眠いだろうけど、頼むね」


 モーヴの鞍はとても大きく重いので、柾人は朗の反対側から鞍をつけるのを手伝った。くちばしで噛まれたら痛いだろうなと思いつつ、くつわをつけるのも手伝った。ジュドーは本当に賢いらしく、おとなしくつけさせてくれた。朗がジュドーにまたがり、手綱を持った。その後ろから柾人も鞍によじ登り、またがった。


「しっかり持っててね。斜めに傾いたら落ちちゃうから」

「お、おう」


 モラハブ渓谷に行った時は兵が後ろに回って体を支えてくれたが、朗の前に柾人が座ると前が見えないので、後ろに乗る事になったのだ。モーヴがバサッと羽音を立てて飛び立った。少し飛ぶと赤と黄金の光がまばゆい建物が見えてきた。モーヴの羽と尾羽にある光が見つからないよう少し手前の岩山の中で降りると、朗はモーヴの手綱を近くの石塔に結び付けた。


 それからは歩いて斉羅殿に近づいて行った。朗はもちろん城の入口ではなく、岩山に続く人気のない城壁の方へ向かった。


「昨日調べたんだ。ここから入れる」

 朗が指差した先には城の壁が崩れて、丁度人が一人通り抜けられる穴が開いていた。


「これがお化け屋敷の入口ってやつだな」

「うん、そうだよ。入るのやめる?」

「誰がやめるもんか。行くぞ」


 お化け屋敷にはいつも朗が先に入っていたのに、生まれて初めて柾人は先に入口をくぐった。




 灯木のない暗闇を抜けながら屋敷の中心部に近づいて行く。途中幾人かの夜警兵が通り過ぎ、そのたびに岩や石像の陰に隠れた。だが朗は身を隠しながらも通り過ぎる兵、一人一人をじっと見て、何かをチェックしているようだ。 


「なあ、ここに来た目的は何なんだ?」

 柾人が小さな声で聴くと、朗も小声で答えた。


「私たちが襲われたあの日、私は10人くらいの魔族の女戦士と戦ったんだ。皆フードを深くかぶってたし暗がりだったから良く見えなかったけど、私の身に着けていた灯木の光で、一人だけはっきりと顔を見た女が居る。それがルドアルラの私兵なのか、確かめたいんだ」


「じゃあ、やっぱり主犯はルドアルラなのか?」

「それはスドゥークが判断する事だよ。私の役目は確認だけ。例えその女が居たとしても、そいつに接触したら駄目だって言われてる」


 そう言いながらも、朗の目は女兵士たちを抜かりなく見つめている。


「実はあの次の日からずっと斉羅殿の入口を見張ってたけど、あの女剣士を見つけられなかったんだ。だから夜を待って忍び込んでみようと思って」


 確認するだけと言いながら、これは随分危ない行為だ。もし見つかったら今度こそただでは済まないだろう。しばらく外側にある屋根の付いている廊下を警護している兵を見ていたが、あの時の女は通らなかった。


「やっぱり中へ入ってみるしかないか」


 朗がそうつぶやくのを聞いて、柾人はびっくりした。


「そんなの駄目だ。スドゥークだってそんな危ない事をしろとは言わないだろ?」

「大丈夫。以前一度中に入った時、ルドアルラの私室まで案内されて、何となく城の中は分かっているから」


 にっこり笑うと、朗は警備の兵が途切れたのを見計らって、外廊から中に忍び込んだ。


 やばいよ。これ絶対やばいって・・・。そう思いつつ、柾人は朗の後に付いて行くしかなかった。








 城の暗い石廊下をひたひたと歩く音が近づいてくる。あの男は今日もこんな時間に来て、わしを寝させないつもりなのだ。


 室牢しつろうの格子の向こうに見えるドアを見つめながら、ドラクルールは思った。最初、修復の済んだこの室牢に戻された時は、前と同じように霊力を封じ込める手枷だけをはめられて、あとは自由に歩き回れた。だが3日前、あのディーオがやって来て、いきなりこのわしの両手両足を壁の4か所にある戒めに縛り付け、言ったのだ。


「あなたに王聖子を殺すよう命じたのは誰です?」

「誰に命じられただと?あやつを殺そうとしたのはわし自身だ。スドゥークを殺さねば、奴はずっと善導者のままこの国を好き勝手に牛耳るだろう。だからわしが立ち上がったのだ。次の王位に最も近いこのドラクルールがな」


 だがディーオは冷徹な目の表情を変えずに言った。


「では質問を変えましょう。貴方がそう思うよう、そうしなければならないようにそそのかしたのは誰です?そしてこの室牢を破壊し、貴方をここから逃がして、もう一度スドゥーク様を殺させようとしたのは誰なのですか?」


 そそのかされた・・・・。


 その言葉を聞いて、やっとドラクルールは考え始めた。もしスドゥークを殺せたとしても王族が全て王聖子を弑逆しいぎゃくしたわしの敵に回れば、勝ち目はなかっただろう。そして今と同じようにわしの親族すべてが追放されれば、次に王位に近くなるのは、第3王聖子の子孫たちだ。一番にゲルドーマ、2番にアランドール。だが2人共、相当年を取っている事を考えれば、次に王にふさわしいのは、バルバドールの一人娘であるあのルドアルラだ。


 そう言えば彼女が王族の一員に加わってから、良くわしの屋敷を訪問するようになった。スドゥークを批判するわしの言葉ににっこりしてうなずくと、彼女はよくこう言った。


「本当に。ドラクルールおじさまが王になれば、この国はもっと住みやすくなるでしょうに」

 

 亜妃候補に選ばれても、彼女はそれを忌み嫌っているようだった。


「そなたも亜妃候補になったのだ。他の候補のようにあの男に取り入っておいた方がよいのではないか?」


「亜妃候補など、スドゥーク様のコレクションのようなものですわ。その名に縛られ老いていった女がどれほどみじめなものか。あの方はそれを見て笑っているのです。女をさげすんでおられるのですわ。ドラクルールおじさま。どうかそんな女達を解放してください。おじ様ならお出来になりますわ。本当に王にふさわしいのはおじ様なのですから」


 本当に王にふさわしい男。何度そのセリフを彼女の口から聞いただろう。そして次第にわしの心もそう思うようになった。あの男を倒して王になるのは、このわししか居ないのだと。それがたぶらかされていたというのか?あの年若い、魅惑的な女に・・・・・。



 重くのしかかるような音で室牢の前のドアが開いた。その脇に座っている牢番に鉄格子の鍵を開けさせると、ディーオは相変わらず見下したような冷たい笑みを浮かべながら、奥の壁につながれているドラクルールに近づいた。この3日でドラクルールの精神は限界だった。まともに食事も与えられず、老いた体で息をするのが精一杯だった。


「ディーオ・・・」


 恨みを込めてドラクルールは声を絞り出した。


「このわしをこんな目に遭わせて、スドゥークは笑っておるか。自分の身内を痛めつけて、さぞかし喜んでおるであろう」

「その身内を殺そうとしたのは誰です?」

 ディーオは表情を変えずに答えた。


「スドゥーク様はあなたが今どうしているかなど、ご存じありません。ただ、貴方の処分を私に一任されただけです」

「お前が・・・?」

 ドラクルールはカッと目を見開いてディーオを見た。


「たかがお前ごときが王族であるわしを裁くと言うのか。そん事が許されるとでも思うておるのか!」

「あなたはもう王族ではない!!」

 ディーオの声は室牢中に響き渡った。


「ただの逆賊だ。そうそう。その逆賊にふさわしい住処すみかをご用意しましたよ。この国の果てにあるリブロ山をご存知かな?この国では珍しく冬は氷におおわれる山です。その中腹にあなた専用の石牢を作りました。ここよりかなり狭く、不快な虫や動物もおりますが、たったおひとりで住まわれるのですから広さは問題ないでしょうし、虫や動物も慰めになりましょう。


 これからこの国は冬。温情として寒さをしのぐ為のシーツを1枚だけお渡ししましょう。まあそれも凍り付く寒さの前ではあまり役に立たないかもしれませんが。これからすぐにリブロ山へ参ります。罪人を移動させよ!」


 ディーオの声に入口から数人の兵が入って来て、ドラクルールを取り囲んだ。一人の兵が霊力を封じ込める手枷を目の前に持って来ると、ドラクルールは恐怖に体を震わせながら、恨みのこもった眼でディーオを見上げた。


「このわしをそんな所へ閉じ込め、じわじわといたぶり殺すと言うのか。そんな屈辱を味あわせるくらいなら、今ここで首をはねるがよい」


「屈辱を味あわせる?それはプライドのある者にする事です。導主に選ばれし善導者を殺そうとした貴方に誇りなどない。私はね、ドラクルール殿。ただあなたに死ぬまでの間、ゆっくりと苦しんでいただきたいだけです。ただ情けなく、ただ後悔の涙にむせびながら、じわじわと弱り死んでください。そうすればわが愛するあるじを殺そうとした貴方を、少しは許せるかもしれない」


 ドラクルールはディーオの冷たい瞳を見て、ただ怯えた。この男はスドゥークの為ならどんな事でもするのだ。それがこのディーオ・ビオ・クライシスいう男なのだ。




 ディーオは高吏として生まれたのに父親が罪人だった為、貧民街で育った。だが人々のどんな蔑みの言葉にも屈せず、昇城試験を受け、全て一番の成績を取った。周りの者達は罪人の子を王聖子の側近にするなど有り得ないと反対したが、スドゥークは「俺はディーオを信じる」と言って、彼を一番近くに置いて重用した。


 ディーオにとってスドゥークは灯木ではない、本当の太陽を与えてくれた男なのだ。それは目に見えない導主よりも、彼にとって実在する導くものだった。


「そなたにとってスドゥークは導主なのだな」

 ドラクルールがぽつりと呟いた。

「それ以上です」

 ディーをは忌憚なく答えた。


「わしを・・・殺すのか・・・」

 震える声でドラクルールが聞いた。


「貴方が助かる方法はただ一つです。ドラクルール。貴方にはもう分かっているはずですよ・・・」






 


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