新しい仲間
とにかく、濡れているスドゥークとアデリアの服を何とかしなければならなかったが、助けに来ていたのは朗だけだったので、とりあえずアデリアに着ていた上着をかぶせた。エル・ドランに3人乗るのは重量オーバーだったが、何とか頑張ってもらい、柾人達の居る所まで帰ってきた。マクベスとアルテウスはかなりの重傷なので、柾人と共に最初に居たオンブラ滝の側で皆の帰りを待っていた。
朗達が戻って来た頃、テルマを連れたナーダも戻って来た。テルマはシートの上で横たわっているアルの側に駆けつけ、手を握りしめた。
「アル、大丈夫?」
「テルマ・・・どうして君がここに・・・」
力なく答えたアルの胸に、テルマはそっと頭をもたげた。
スドゥークも柾人から上着を受け取り着替えたが、この中ではアルと同じように重傷だ。モーヴはエル・ドランしかいないので帰る事が出来るのは2人だけだが、アルは先にアデリアを返してほしいと言った。
「私は大丈夫よ。先にアルテウスを帰してあげて」
そう言いつつ、アデリアも寒さに震えていた。マクベスも平気そうな顔をしているが、肩を刺されているし、他にも怪我を負っているようだ。それにグールとあと2人の兵が帰ってこない。それも心配だった。朗が考えていると、柾人が言った。
「俺、思うんだけど、みんなが又バラバラになるのは良くないと思うんだ。さっきの奴らが完全に居なくなったかどうか分からないし、帰る途中で待っているかもしれないだろ?けが人2人だけで返すのは心配だし、残った方も危険だと思う。だから無事な俺とアキラとナーダでグール達を探しに行って、何とかモーヴも見つけられたらと思う。自力で帰って来れないって事は3人共かなりヤバい状態かもしれないし、早く見つけてやった方がいいと思うんだ」
すると炎の側で岩にもたれて休んでいたスドゥークが言った。
「それはいいが、エル・ドランに3人乗って長時間飛ぶのは無理だぞ」
「分かっています。エル・ドランにはナーダに乗ってもらって、俺とアキラはゲッキとセンケに乗せてもらうつもりです」
「ゲッキとセンケ?」
その存在を見ていたのは朗だけなので、他の者は皆、わけの分からない顔をした。月鬼と千怪は天空族が去って行った後すぐに柾人の中に戻ってしまったので、マクベスとアルも見ていなかったのだ。
出てきてくれるかなぁ・・・・。
今まで何回呼びかけても出て来なかったので、柾人はちょっと不安に思いながら彼らに呼びかけた。
「ゲッキ、センケ。出てきてくれ!」
だが辺りはシーンとして何も起こらなかった。
「分かったよ。ゲッキさん、センケさん、お願いです。出て来て下さい」
途端に柾人の腹のあたりから、2匹の妖魔が飛び出してきた。
月鬼は真っ白な体に金色の馬のような鬣が頭から背中に流れている。鋭い爪は黒く、それで引き裂かれただけで、人間くらい簡単に死んでしまいそうだった。千怪は黒みがかった濃紺のしなやかな身体に、緋色の鬣を持ち、口はオオカミのように深くさけていて、鋭い牙がその口の隙間から見えていた。
その獰猛な様子に、霊獣を見慣れているマクベスもかなり気味が悪く感じた。
「マサト。お前、腹の中に霊獣を飼っていたのか?」
「彼らは霊獣じゃないんだ、マクベス。俺達の世界では妖魔と呼ばれてて、実態があるような無いような、でも2匹共いい奴だから」
・・・と思う。という部分は心の中で思った。実際柾人も彼らの事はよく分からなかったのだ。
「ゲッキ、センケ。俺達を乗せて飛んでくれるか。仲間を探したいんだ。頼むよ」
月鬼はふっと口の間から息を漏らした。
「手間のかかる坊主だ」
「乗りたければ乗るがよい」
2匹が話すのを聞いて、アデリアは怯えたように呟いた。
「あの獣、しゃべったわ」
月鬼と千怪はとたんに彼女をギラギラした瞳でにらみつけた。
「あの娘、我らを獣呼ばわりしたぞ」
「物知らずな小娘め。まずそうだが喰ろうてやろうか」
牙をむく千怪の前に立って柾人は続けた。
「ゲッキ、センケ、怒らないで。それからアデリア。彼等は獣じゃない。立派な人格を持った崇高な存在なんだ。そう、とても崇高な・・・。アキラには分かるよな」
朗はじっと立って2匹を見ていたが、柾人に問われてうなずいた。
「うん、分かるよ。とにかく早くグール達を探しに行こう。スドゥークとアルの怪我が心配だ」
その言葉に従って、ナーダはエル・ドランに。柾人は月鬼に、そして朗は千怪に乗って空に飛び立っていった。
アルとマクベスの話だと、グール達はアデリアが最初に飛んでいった方にまっすぐ向かって行ったという事なので、彼らもそのまましばらく同じ道筋をたどっていた。15分ほど飛んだだろうか。下の岩場の陰から揺れ動く灯木の灯りを見つけた。
降りて行くと、グールが岩にもたれたまま灯木を振っていた。グールは足や肩や腕に数本の矢を受け、又落下した衝撃で気を失っていたらしい。やっと目を覚ました時、遠くにエル・ドランの羽としっぽの光と朗と柾人が持っていた灯木の光を見つけ、何とか起き上がって灯木を振ったのだった。
グールと共に落ちた2人の兵、ノーサとアドルドはかなりの重傷で、今もまだ気を失ったままだった。そして残念なことにノーサとアドルドの乗ってきたモーヴは、敵の矢によって殺されていた。グールのモーヴは羽が少し痛んでいるようだが無事で、グールが落ちた後戻って来て岩の上で羽を休めていた。
とりあえずグールのモーヴには人を乗せずに帰ろうと言う事で、グールはナーダと共にエル・ドランに乗り、エル・ドランの鞍からロープを引き、それにモーヴの手綱をつないだ。2人の兵はそれぞれ朗と柾人の後ろに乗せ、何とか彼らは元居た場所へ戻って来たのだった。
「結局、別れて帰るしかないみたいだね」
朗は2羽のモーヴと月鬼と千怪を見て言った。とりあえず怪我人を先に帰そうと言う事になり、大怪我を負っている2人の兵はアルとマクベスがそれぞれ月鬼と千怪に乗って、スドゥークとアデリアがエル・ドランに。(アデリアはスドゥークと共に乗るのを嫌がったが、月鬼と千怪に乗るのはもっと嫌だったので、しぶしぶ承知した)そしてグールは、怪我をしたモーヴに少し無理をしてもらって帰る事になった。
残るのは、朗と柾人、そしてナーダとテルマだ。テルマ位なら何とかエル・ドランに乗せられたが、テルマはもうナーダとは離れたくないと言うので残る事になった。
飛び立とうとするエル・ドランの側に行って、朗はスドゥークに声をかけた。
「スドゥーク。怪我は大丈夫?」
「あまり大丈夫とは言えぬが、何とか帰り着けるだろう。城に戻ったらすぐ助けをよこす。お前こそ気をつけよ。ここで一晩過ごすことになるからな」
「私は大丈夫。マサトもナーダも居るもん。アデリアの事、頼むね。変な事しちゃ駄目だよ」
「分かっておる」
エル・ドランが羽を広げたので、朗はマクベスとアルの所へ行った。
「2人共気を付けてね。マクベス。2人の怪我人とアルの事、頼むね」
「俺も怪我人なんだがな」
マクベスがニヤリと笑った。
「マクベスは強いもん」
そう言った後、朗は月鬼と千怪を見つめた。
「君たちが居てくれて本当に助かったよ。ありがとう。みんなをよろしくね」
月鬼と千怪はニヤリと笑って顔を見合わせた。
「なかなかかわいい人間だ」
「喰ろうたら、うまいだろう」
それを聞いて柾人が慌てて朗の前に立った。
「月鬼、千怪。食べたらダメだって言っただろ?」
「冗談の通じぬ坊主だ」
「さっさと行くぞ」
エル・ドランの飛び立った後を月鬼と千怪が舞い上がり、そのあとをグールのモーヴが飛び立っていった。朗達はしばらく上を向いて仲間達が去って行くのを見送った後、霊石が起こす炎の周りに集まった。
やっと会えた姉に甘えているテルマを、ほほえましく見ている朗の横顔をちらっと見て柾人は考えた。謝るんなら今がチャンスだよな。そうだ。今がチャンスだ。
「あ、アキラ。えーと、あの・・・さ。その・・・この間の事なんだけど・・・」
「え?」
柾人がなんと言っていいか悩んでいるのを見て、ナーダは柾人が朗と仲直りしようとしているのだと悟った。
「テルマ。あっちの滝の方に行ってみようか。きっとここから見るよりきれいよ」
「うん」
テルマの手を引いて滝の方へ行くナーダの背に、柾人は心の中でありがとう!と叫んだ。彼女は俺が謝りやすいようにしてくれたんだ。だったら頑張らなきゃ。そして柾人は使い慣れた自分の世界の言葉で話し始めた。
「この間はごめん。なんか手を振り払っちゃったみたいになっちまって。でもあんな事するつもりなかったんだ」
朗はその時の事を思い出しながら、柾人の顔をじっと見つめた。
ああっ!そのキレイな緑の目で見つめないでくれ。言葉が出て来なくなる。
「えーと、あの・・・だから・・・」
柾人は朗から目をそらして言葉に詰まった。
こんな時いつも朗はにっこり笑って「もういいよ、柾人。分かってるって」とか言ってくれるはずなのに、なぜか今日は黙って自分を見つめてくる。そんな朗に柾人はもう正直に言うしかないと思った。
「だ、だってさ、朗。この国に来てから急に大人っぽくなって、すごく・・・キレイになっちゃっただろ?だからどうしたらいいか分からないって言うか、照れてたって言うか・・・。それであんな態度とっちまって、だから・・こ、困ってたんだよな。つまり・・・」
朗は思いもしなかった理由にぽかんとして柾人を見た。
「そんな・・・理由?私の姿が変わったから、戸惑ってたって言うの?」
「だって、幼馴染が急にびっくりするくらいキレイになったら戸惑うだろ?俺、クラスの女子だって朗以外の女の子となんか、年に2回くらいしかしゃべった事ないんだぜ」
「でも、柾人。私が男の子になってた時だって、別に戸惑ってなかったでしょ?」
「そりゃあの時は苦労してやっと会えたから、嬉しくってそんな事どうでも良かったって言うか・・・。あっ、でも今はもう大丈夫だ。どんなに姿が変わっても朗は朗だって思ってる。もう困ったりしないぜ」
「ふうん・・・」
朗はちょっと口を尖らせた。
「でもさ。アデリアとは普通に話してるじゃない。アデリアもすごく綺麗だよ」
「はぁ?アデリア?あの子は別だろう。だって621歳なんて言ってるけど、中身は12、3歳の女の子だぜ。いくらキレイでも小学生相手に戸惑ったりしないよ」
「そう・・・なんだ」
「そうだよ」
なんだか朗は訳が分からなくなってきた。じゃあこの間、王宮の庭で見た2人は何だったのだろう。すごくいい雰囲気だと思ったけど、勘違いだったのだろうか。
アデリアの事を問われて、柾人は朗にスドゥークの事をどう思っているか反対に聞いてやろうと思った。だがもし、あの夢の中の朗みたいに顔を真っ赤にして「大好きだよ」なんて答えられたら・・・・。だめだ。やっぱりよそう。そんな事言われたら俺、もう立ち上がれないよ。
「じゃあ、アデリアの事は妹のように思っているだけ?」
朗が再び質問してきた。
「そうだよ。朗だってそうだろ?」
「うん、そうだね。妹みたいに思ってる。だから守りたいんだ」
彼らはそのまま言葉をなくしたように目の前にある炎を見つめた。揺れ動く炎によって2人の顔が光とかげりに揺れていた。
「理由が分かったから、許してくれるか?」
柾人の問いに朗はにっこり微笑んだ。
「許すも許さないもないよ。私と柾人の仲だろ?」
いつもの朗の言い方に柾人はホッとして笑った。
「朗。俺さ。俺・・・他の人なんかどうだっていいんだ。あっ、もちろん、みんなの事は仲間だと思ってるし、大事だよ。朗みたいに強かったら、俺もみんなを守りたいと思う。でも・・・そうじゃなくて・・・つまり・・・」
柾人は自分の両手をギュッと握りしめて、赤々と燃える炎を見つめた。
「俺さ。朗とはずっと一緒に居たいんだ。友達とか、幼馴染とかそんなのはどうだっていいから、とにかくずっと一緒に居たいんだ」
それは朗もずっと思っていた事だった。とても嬉しい反面、友達や幼馴染と言う関係が永遠に続かない事も分かっていた。
「うん。そうだね」
朗は少し寂しそうに微笑みながら答えた。




