紅蓮の矢
モ-ヴを操りながら岩山の上からアデリアを探したが、グール達は彼女の姿を見つけられずにいた。もっと先に行ったのか、それとも途中の道で降りたのか。グールが悩んでいると、マクベスを乗せたモーヴが隣にやって来た。
「今そちらの兵とも話したんだが、このまま皆で飛んでいても姫が見つかる可能性は低い。別れて探さんか」
マクベスの言葉にグールはちょっと考えて、了解の合図を送った。先頭のグールと兵だけを乗せているモーヴ2羽はそのまま真っすぐアデリアを追い、マクベスとアルを乗せたモーヴは右と左方向へ旋回した。
アデリアが灯木を見える場所に付けていてくれればいいが・・・。そう思いつつ、アルは岩山の暗がりに目を凝らした。
さっきのアデリアの様子からして、あまりの悔しさに全速力で目鞍滅法に飛んでいったに違いない。王聖女としてのプライドから泣く所を見られたくなかったのもあるだろう。確かに妖精族は日がな一日歌ったり踊ったり、何かと言うと祭りをして、とにかく人生楽しければそれでいいと言う種族だ。それが突然こんな事態になったからと言って何のかかわりもない自分の国に頼ってきたのは、虫が良すぎるだろうとスドゥークが考えるのも無理のない事だろう。だからと言ってあんな言い方もないと思うが、確かに言っている事は間違っていないから、アデリアはこうするしか出来なかったのだろう。
そんな事を考えていたアルは、ふと背後に殺気を感じて振り返ろうとした。その瞬間、背中に激しい痛みが走り、自分が剣で切られたのが分かった。
「くっ、お前、どういうつもり・・・・」
アルは後ろに居る男につかみかかろうとしたが、力尽きたようにモーヴからずり落ち、そのまま暗闇に眠る岩山に落下していった。
同じころ、マクベスも自分を乗せていた兵を、信じられないような顔で見つめていた。彼の右肩にはその男に突き立てられた短剣が刺さり、息は激しく乱れていた。
「貴様、一体何者だ?」
その問いに兵は今まで一度も外す事のなかったゴーグルを額までずり上げた。その男の水色の瞳を見て、マクベスはモーヴの背中を思い切り蹴り、空中へ舞い上がった。
― まさか、天空族か? ―
アデリアを襲った女と同じ水色の瞳を持つ男は、ゴーグルを戻すと、剣を引き抜き、モーヴの手綱をグイッと引き揚げた。モーヴが斜めに旋回し、マクベスの上空から襲い掛かる。マクベスは左手で剣を引き抜き、男の剣をかわした。再び別方向から男が襲い掛かってくる。マクベスは何度も利き手でない左手で剣を握ったまま、相手の剣をかわした。
一瞬モーヴが離れた時、剣を握ったまま霊術を放った。剣先から出た青い光はモーヴの体と男の肩をかすめ、モーヴがギャッと声を上げた拍子に男は下に落ちていった。やっと難を逃れられたと思いつつ、右肩に刺さったままの短剣を引き抜こうとした時、周りを10人余りの兵に囲まれている事に気が付いた。マクベスが息を荒げながら見ていると、彼らが真っ黒なマントを脱ぎ棄てた。全員、赤い髪の女戦士がニヤリと笑いながら彼に剣を向けていた。
マクベス達と別れてからも、グールはまっすぐに飛び続けていた。そしてやっと彼は岩山の隙間に光る灯木の灯りを見つけたのだ。きっとアデリア姫に違いない。3羽のモーヴはそれに向かってゆっくりと降りて行った。
突然、岩の間から放たれた矢が自分の顔の横をかすめとび、グールは驚いてモーヴの手綱を引いた。だが矢は闇の中から飛んでくる為よけきれず、他の2羽のモーヴと兵達は矢に射抜かれ岩山の間に落下した。
「ノーサ!アド!」
グールは仲間を見捨てる事が出来ず、矢の間を縫って落ちていった彼らを追った。だがやがて彼の肩や足も矢に射抜かれ、手綱を放した拍子に、モーヴの背から奈落のような岩山の間に落ちていった。
岩間からそれを見ていたユリウスは、部下に矢を放つのをやめさせた。
「よし。カイ様の軍と合流するぞ」
朗に言われて仕方なくアデリアを追って飛び立ったスドゥークは、しばらくして遠くに銀色の光が幾度も闇の中で光っているのを見つけた。きっとアデリアが助けを求めて霊力を放っているのだろう。
「やれやれ。全く手の焼ける姫だ」
それにしても、アデリアが飛んでいった方角とは別の方から光が見える。
「なんだ。なぜあんな方向に行ったのだ?」
そう言いつつ、急いで飛んでいくと、どうも様子がおかしい事に気づいた。アデリアの霊術の光があちこちから光っている。まるでなにかから逃げ回っているようだ。
スドゥークの思った通り、アデリアは今、必死に追手から逃れようとしていた。そこはさっき朗達と居たオンブラ滝とは違う滝のある崖の上だった。オンブラ滝のように周りに美しく光るコケは無く、ただ暗闇の中を滝が音を立てて流れ落ちる音だけが聞こえる。もちろん空を飛べるアデリアにはそれほど恐ろしい場所ではないはずだが、闇の中から響いてくる怒涛のような音は、アデリアに十分恐怖を与えていた。
周りには20名ほどの天空族が居る。いくら霊術を放っても、敵は簡単にそれを交わし、じりじりと滝のふちまで追い詰められていた。その中心で、冷たい笑みを浮かべながら、まるで罠にかかった獲物をいたぶるような目で、カイはただじっとアデリアを見下ろしていた。
そしてアデリアはまさに罠にかかった獲物だった。空中から飛び掛かって来ようとする兵の剣から逃れる為に走り回り、足は力を無くして何度も地面に倒れた。何回も霊術を放ったため、もはや霊力はほとんどなく、攻撃は空を飛んでいる兵に届きもしなかった。
とうとう力尽きたようにアデリアは地面に膝をついた。いくら敵とはいえ、まるで動物をいたぶり殺すようなこのやり方にアデリアは言い知れぬ怒りを感じた。苦しい息を漏らしながら、アデリアは憎しみを込めてカイを見上げた。
「殺すならさっさと殺すがよい。王聖女に対するこの恥辱、決して許されるものではないぞ」
カイはアデリアの頭上を飛びながら薄ら笑いを浮かべた。
「ほう。では我らの心中を少しは察する事が出来たと言う事か」
「何だと?」
「我らの亜妃と王聖女もこうやってなぶり殺しにされたのだ。お前達、妖精の手によってな」
それはアデリアにとって衝撃的な告白だった。だが敵の言う事だ。にわかには信じられない。
「何をわけの分からぬ事を。我らがどうやってそなた等の亜妃と王聖女を殺せると言うのだ。誰も天空族の住むサラーシャへ行けるものなどおらぬ」
「事故が起こったのだ。亜妃と王聖女を乗せた籠が襲われ、地上へ落ちてしまった。侍女や付き人は皆、地面に落ちた衝撃で死んだが、亜妃と亜妃に守られた王聖女は何とか助かり、パルスパナスの森の中で助けを待っていた。だが・・・・」
今度はカイが憎しみのこもった眼でアデリアを見下ろした。
「護衛の兵がやっとお二人を見つけ出した時には、妖精共の手によって体中切り刻まれ殺されておられた。我らの亜妃と未来の善導者はお前達の手によってなぶり殺しにされたのだ。これがどういう意味か分かるか。我ら天空族の未来をそなた等が奪った。だとすればこれは正当な報復であろう。パルスパナスも同じ運命をたどってもらう」
カイが右腕を上空に掲げた。その手の前に銀色の球が渦を巻いて現れた。カイがそれを思い切り投げつけた時、アデリアは覚悟し、目を閉じた。その瞬間、黒い影がアデリアをさらい、カイの力がアデリアの居た岩を砕いた。アデリアを抱いたスドゥークが、カイ達よりさらに上の空中に浮かんでいた。
「そちらにも事情はあるだろうが、俺はこのわがまま姫を連れて帰らねばならんのでな」
だがカイはスドゥークが現れるこの時を待っていたのだ。それでわざとアデリアを追い詰め、霊術を使わせたのだった。カイは空に向かって「ユリウス!」と叫んだ。その瞬間、闇の中に隠れていたユリウスの軍が雨のように矢を撃ち付けた。スドゥークは後ろに手をやって霊術で迎え撃った。すべての矢が黒い霊力に飲み込まれていく。
ニヤリと笑ってこの場から去ろうとしたスドゥークの背に、いきなり赤い光に包まれた矢のような霊力が、閃光のように体を貫いた。霊力が彼の羽をまるで浸食していく様に赤く染めて行く。
「くっ・・・!」
思わず息が止まったようにスドゥークは顔をゆがめると、アデリアを抱いたまま滝壺の中に落ちていった。
「まだ生きているはずだ。探して息の根を止めろ」
近くにやって来たユリウスに命じると、カイは闇の中に浮かぶ黒紫のモーヴを見つめた。その上で黒いマント姿の魔族がじっとスドゥークが落ちていった滝を見つめている。闇の中に揺れる真っ赤な髪の人物はゆっくりと突き出していた右手を下ろすと、モーヴに乗ったままその場から去って行った。
それを見たカイは闇の中に遠く青くぼんやりと浮かぶ場所を見つめた。
「さて、私は木霊王の選定者に挨拶に行かねばな。もう先に会いに行っている女達が居るだろうが・・・・」




