ルドアルラの策略
深夜、王宮に潜入させている部下の1人が、カイたちの居る洞穴に戻って来た。カイ、ユリウスそしてイルミダがその男から報告を受けていると、洞穴の入口の方から兵達の騒ぐ声が聞こえた。何事かと思い行ってみると、深いフードをかぶった侵入者が一人、入り口を守っていた兵達の槍をすべて断ち切り、一人の兵の首筋に剣を突き付けていた。
「私は敵ではない。お前たちのリーダーと話がしたいだけだ」
声の様子だと、どうやら女のようだ。たった一人で乗り込んでくるとは度胸がいいと褒めてやりたいが、一体何者だ?
「リーダーは私だ」
カイが名乗り出ると、女は剣を下した。
「我が名はリビト。然るお方の命を受け参った。話を聞いていただきたい。決してそなたらに損はない話だ」
そう言って女は深くかぶっていたフードを脱いだ。目の鋭さからして魔族の剣士と言うだけでなく、密偵のようにも見えた。
「独りか?」
「私の他には誰もおらぬ。それに付けられる様なヘマもしない」
怪しい女だと思ったが、カイはリビトを奥へ招き入れた。
30分ほど話をして、リビトは洞穴から飛び立って行った。元もと真っ黒なマントを着ていたので、その姿はすぐに闇の中に消えて行った。多分女の後を付けさせたとしても、まかれるのがオチだろう。そう思ったカイは誰にも後を追わせなかった。
「先程の女、信用できるのでしょうか」
リビトが去ったあと、すぐにイルミダが言った。
「だがもし我らを罠にはめるつもりなら、こんな回りくどい事はしなくても、ここに軍を送れば済む事だ。少々気になるのは“然るお方”という首謀者の名前を決して明かさぬことだがな」
ユリウスが答えた。
イルミダとユリウスの話を聞きながらカイは、リビトと言う名の怪しい魔族の女の話を思い出していた。彼女から持ち掛けられた提案は、パルスパナスの善導者をおびき出す手引きをする代わりに、共に来るエルドラドスの善導者も暗殺してもらいたいというものだった。
エルドラドスには今王が居ないので、実質的にはその善導者がこの国の最高指導者だ。それを暗殺しようとは・・・。部下の報告によると、この国には善導者の他に8人の王族が居て、誰もが王になる権利を有しているという。“然るお方”と言うのはその中の1人に違いない。まったく、パルスパナスの大臣といい、エルドラドスの王族といい、どいつもこいつも国よりも己の欲の方が大事な奴ばかりのようだ。
カイは天空の国では味わえない、まろやかで甘みのある地下水を飲みながら思った。ここではこれが一番の贅沢だ。部下の報告を聞く限り、パルスパナスの善導者の周りは常に屈強な兵に囲まれ、この間命を狙われた事もあって、善導者が城から外へ出ることは無いだろうと言う事だった。とすれば・・・。
「いずれにせよ、その“然るお方”の策略に乗ってやるしか我々にはないようだ」
カイの言葉に、イルミダとユリウスははっとしたように顔を見合わせた。
次の日、朗は朝一番にアデリアに会いに行った。本当は昨日の柾人との事を思い出すと足が重たかったが、やはり彼女を泣かせてしまったのは自分なのだ。早目に謝っておきたかった。アデリアの部屋に行くと、魔族の2人の侍女がアデリアの服や髪を整えているところだった。
朗が部屋に入っていくと、アデリアはいつになくご機嫌な様子で、昨日の事などすっかり忘れているようだった。
「そんなに謝らないで、アキラ。確かにアキラの言う通りよ。マサトは大切な仲間ですもの。あんな言い方をした私が悪かったの。あ、でもマサトはちっとも怒ってなくて、反対に私を慰めてくれたのよ。彼はもしかすると見かけよりずっと器の大きな人間なのかもしれないわね」
テンションよくはしゃぐアデリアを見て、朗の心はますます沈んでいくようだった。今日はスドゥークと剣の稽古に出る気もしなかったので、気分が悪いと言う事にして休んだ。
いつもはスドゥークからもらった魔族の剣を担いで元気よく走ってくる朗が、今日は朝食が終わる頃になってもやってこない。スドゥークは少し不満そうに鉄のフォークで肉をつついていた。そこへディーオが次官から聞いた朗の様子を伝えに来た。
「アキラはどうしたのだ。いつもなら来ている頃だぞ」
「何かご気分がすぐれない様で、今日は休ませてほしいそうですよ」
「ほう?気分が悪い・・・か」
スドゥークはニヤリと笑って肘掛けに腕を置いた。どう考えても昨日の朗の様子から、それは考えにくかった。
「どうやらあちこちで青春しておるようだなぁ」
「は?」
よく分からない顔をしているディーオに「仕方ない。今日は久しぶりにグールとやるか」と言いつつ、スドゥークは食事の間を出て行った。
それから朗は仲間達との食事の時間にも顔を出さなくなった。こちらの善導者と色々話があるからという理由だったが、柾人にはどうにも腑に落ちなかった。せっかくどんな見かけでも朗は朗なんだからと思えるようになったのに、今度は朗の方が自分を避けている気がする。それともあんなイケメンに愛しているなんて冗談でも言われたら、女はみんなその気になっちまうんだろうか。
いや、朗に限ってそんな事はない。ないと思いたい。だが朗がスドゥークを親しげに呼ぶ声が耳から離れず、自信を失ってしまう柾人だった。
そんな風に悶々とした一日を送っているのだから、夜も当然寝つきが悪かった。今夜はアデリアの見張りをするのはマクベスの番なので、一番奥の彼のベッドは空だった。代わりにアルが、少し離れた隣のベッドで眠っている。連日交代で見張りをしているので、疲れているのだろう。アルは夕食後からすぐに眠りについていた。
そんなアルの静かな寝息を聞きながら、柾人はベッドの中で何度も寝返りを打っていた。俺がもう少し強かったらアルやマクベスと交代でアデリアを見張ってやれるのにとか、朗はやっぱりスドゥークの事が好きなんだろうかとか、揚句、自分みたいな奴がなんでここに居るんだろうと、どんどん悪い方に考えが行ってしまう。
もうだめだ。全然眠れないよ。柾人は諦めたようにベッドに半身を起こした。水でももらって来よう。なんたってここの水は、ペットボトルで売っている水の3倍くらいうまいからな。そんな事を思いつつ、城の中を歩いて行った。あちこちに灯りがともる廊下は、誰も居なくても不思議に怖さはなかった。
そのまま歩いていると、ふとこの間スドゥークがふざけて朗に愛していると言った場所に出てきた。何となくその前は通りたくなかったが、まさかこんな時間に誰も居るはずはないだろう。そう思い直し通り過ぎようとした時、ふとその中を覗いてしまった。
あの日と同じように足を細く削って作った美しい装飾の長椅子が置かれている。その上で朗とスドゥークが、まるでドラマのワンシーンのように座って口づけをしていた。朗の様子からして無理やりではない事は明らかだった。
うそだろ・・・・?そんなセリフも考え付かないまま、柾人は呆然と立ち尽くしてそれを見ていた。心臓の音が胸に突き刺さるように鳴り響いている。スドゥークはそっと朗の唇を放すと、そのままじっと彼女を見つめながら言った。
「今のはファーストキスか?」
朗が真っ赤になってうつむく。
「では、セカンドキスも俺がもらおう」
もう耐えられない。柾人は今までの人生の中で一番の大声を張り上げた。
「わあぁぁぁぁぁっ!!」
一瞬で柾人は今さっきまでいたベッドの上に戻っていた。半身を起こして激しく息を切らしている柾人を、大声で起こされたアルが怒りをあらわにして、隣のベッドからにらみつけている。
「一体何なんだ、お前は!夜中に大声を出して!」
「ご、ごめん、アル・・・」
柾人はまだ状況がつかめないまま、とりあえず謝った。
「いい加減にしろ。夢を見るならもっと静かに見るんだな!」
プンプン怒りながら反対側を向いて布団をかぶるアルを見た後、柾人は「よ、良かった・・・」と呟いた。どうやらいつの間にか眠っていたようだ。いや、全然よくないよ。もしかしたらこれから起こりうる事かもしれないじゃないか。
ー ああああっ・・・! -
柾人は声にならない声を張り上げながら、布団にもぐりこんだ。
、
エルドラドスの王城には、大小さまざまな中庭があり、大きい庭にも小さな庭にもやたらと石像が立ち、たくさんの灯木が庭を美しく照らし出している。灯木の側には石のベンチがあり、そのあまり人が座る事のない冷たいベンチの上に座って、柾人は大きなため息をついた。
いくら練習しても剣がうまくならない。朗とはあれから全く話をしていない。このままでは駄目だと思うのに、どうしていいかもわからなかった。
はぁぁ・・・。もう一度大きなため息をついた時、誰かが近づいてくる気配がして柾人は顔を上げた。この闇の国を照らす灯木の光もかすむほどの美しい女が、こちらに向かって歩いてくる。呆然としている柾人の近くまで来ると、女性は立ち止まり、にっこりとほほ笑んだ。
「あなたはパルスパナスの善導者のお付きの方?」
えーと、どう考えたって俺に言ってるんだよな。柾人は何故こんな美人が自分に話しかけているのか分からないまま「はい」と答えた。
「私はルドアルラ。アキラとは友達なのよ」
ルドアルラが8人目の王族だと知っていた柾人はびっくりしたように立ち上がった。
「あ、あの、俺はカザミマサトです。あっ、ど、どうぞ」
柾人が立ち上がってベンチに手を差し出したので、ルドアルラは微笑みながら座った。
「突然話しかけてごめんなさいね。でも、なんだかすごく落ち込んでおられたみたいだから・・・」
柾人は照れたように頭をかいた。
「落ち込んでたって言うか・・・まあ、落ち込んでたんですけど・・・・」
「正直な方ね。原因は・・・そう、アキラかしら?」
からかうような言葉に、柾人はびっくりして叫んだ。
「ええ?なんでわかるんですか?」
「だってアキラも最近元気がなかったようだから。あなた方は2人だけの人間でしょう?何かあったとしたらそれしかないわ」
「はあ・・・」
実に感のいい人だ、と柾人は思ったが、彼らの行動を逐一部下に報告させているルドアルラにすれば、それは知っていて当然の事であった。そして彼女にとって今が行動を起こすべき時なのだった。
ー アキラは勘のいい子。でもこの鈍そうな少年は利用しやすい -
「それであなたはアキラと仲直りがしたいけど、その方法が見つからないわけね?」
「はあ。まさにその通りです」
ルドアルラは微笑んだ後、口元に手を当てて考えていた。そしていかにも今思いついたように言った。
「そうだわ。2人でどこかへ出かけたらどうかしら。この国は闇の国だけど、とても美しい場所もたくさんあるのよ。ずっと城の中に居れば険悪にもなるけど、外へ出れば気分も変わるわ。もし2人だけで出かけにくいなら、妖精の人たちも誘えばどう?みんな一緒なら打ち解けやすいはずよ」
そう言われてみれば、アデリアもずっと城の中に居て気がめいっているようだ。確かにみんなで出かけてみるのもいいかもしれない。柾人はルドアルラお勧めのとても美しい渓谷の事を聞くと、早速皆に話そうと城の中へ戻り始めた。
「そうそう、マサト」
ふとルドアルラが柾人を呼び止めた。
「私から聞いたことは誰にも言わない方がいいわ。アキラに変な誤解をされるのは困るでしょ?」
「色々気を使ってもらって、ありがとうございます」
柾人はぺこりと頭を下げると走り去って行った。
「ええ、そうよ。色々気を使うわ。だって今度こそスドゥークには死んでもらわなければならないから・・・」
ルドアルラは顎を上げ、遠くに浮かび上がるように見える塔の先端を見つめた。
「まったくおじさまには困ったこと。せっかく2度と出られない牢獄を壊してまで出して差し上げたのに、スドゥークに一太刀も浴びせることすら出来ず、又捕まってしまうなんて。まあ、あなたには最初から王になる資格などなかったのだから、死ぬまでそこに幽閉されるしかないわね。愚かなドラクルール・・・」




