王族国議の亜妃候補
昨日朗と話し合った事を次の日の朝一番にアルから報告を受けたアデリアだったが、朗達の心配をよそに彼女は一向に気に留めようとはしなかった。
「天空族がこの国へ来る事など不可能よ。例え聖王殿に天空族が忍び入ったとしても、扉を開ける事など誰にも・・・。そうね。出来るとしたら・・・我が国の大臣か、サラーシャの王くらいでしょう。いえ、アザールとオクトラスもずいぶん老いぼれてしまったから、そんな力はないわね。まさか天空族の王が自ら敵地へ赴くことなど考えられないし、きっとナーダの見間違いか魔族にも水色の瞳の者が居るのよ。第一、私たちがこの国へ来ている事を天空族が知っているはずはないわ」
自信たっぷりにアデリアが言うと、確かにそうかもしれないと皆思った。それに明日は待ちに待った国議があるのだ。そこで出兵が決まれば、すぐに兵を連れてパルスパナスへ戻ることが出来る。朗も多少の不安はあったが、もう少し様子を見ることにした。
王族国議は、昼過ぎから始まった。スドゥークを中心に右側の席には亡き王聖女(スドゥークの一番下の妹)の息子5人が座り、その向かい側の席には同じく亡き第3王聖子の次男と3男のゲルドーマとアランドール。そして先ごろ亡くなったゲルドーマたちの兄の一人娘、ルドアルラが末席についた。王族国議は王族だけで話し合うのではなく、国の中枢を担う大臣たちも参加する事になっていた。昔は彼らに発言権はなかったが、スドゥークが政権を執るようになってからは自分の意見を述べるくらいは出来るようになった。無論、プライドの高い王族たちはその意見を退ける事が多かったが・・・。
今日一番に話し合わなければならない課題は、王都グリンバルとその隣町エデフィルまでの最短距離の道に灯木を植え、光の道を造ろうという計画だった。エデフィルは灯木の光を使って多くの農産物を生産する事に成功した町だ。農産物の半分以上はグリンバルの人々が消費している。その農作物は商隊を組んで多くの荷車を押しながら運ぶのだが、小さな灯木の光を頼りに暗い道を徒歩で運ぶと3,4日はかかる。
だが灯木を道の脇に植えて光の道を造れば、もっと早く王都に作物を届ける事が出来るとスドゥークは考えた。もちろんこの計画が成功すれば、そのほかの商業や工業が発展している町々と光の道で結んで、もっと国を栄えさせたいという目論見もあったのだ。
この計画は少しの話し合いののち、王族たちの満場一致で可決された。ただ、王都とエデフィルの距離を考えると、国有林から運び出す灯木の量は相当なものになるし、かなりの資金も必要となるだろう。国有林を預かる国土大臣と財務大臣はその事を少々遠慮しながら意見として述べた。
「王都の主要な建物はほとんど灯木で建てたし、今の所灯木の需要は減っている。無論火事などがあった場合や小さな村々への配給も増やしていく事を考えて、国有林の半分は残しておきたい。俺の考えでは何とか半分あれば道を通す事が出来ると考えている。
国土大臣は残りの灯木を計算し、エデフィルまでの距離に何本必要か算定せよ。それから財源については財務大臣とよく話し合い、いくら必要か見積もりを立てよ。財源の確保はそれから考える」
スドゥークの意見に、これはしばらく大仕事が続くな、と2人の大臣は内心思いつつ頭を下げた。
「では次の課題に入る」
そうやって重要な課題を4つほど話し合った後、スドゥークは最後の議題、パルスパナスに援軍を送るかどうかの話し合いに入った。しかし亡き王聖女の長男、オーベルが「この話はもう決着が付いているのでは?」と不服そうに申し立てた。彼の隣に座った4人の兄弟たちもスドゥークがすでにパルスパナスの善導者に出兵はしないと言ったはずだと言い始めた。
「まあまあ、待ちたまえ。諸侯の方々」
皆が不服を申し立てるのを待っていたかのようにゲルドーマが立ち上がった。
「殿下は国を案じられて、とりあえずそう申されただけの事。パルスパナスの王聖女や使者の話をよく聞けば、その事情は察して余りある。いかがですかな?兵を派遣するのではなく、パルスパナスとサラーシャの状況を視察するという形でこちらから幾人かを送るのです。いくら地上で起こっている事とはいえ、戦火がやがて我が国にまで及ばないとは限らんでしょう。戦況を見極めておくのは我が国にとっても必要な事だと思いますがな」
なかなかうまく言ったものだとスドゥークは内心ニヤリと笑った。ゲルドーマを味方につけようと言った朗の作戦は的中したらしい。ゲルドーマ達の向かい側に座った5人の兄弟は、互いに顔を近づけひそひそと話し合っている。やがて彼らの代表で長男のオーベルが右手を上げた。
「ゲルドーマ殿の言われることも一理ある。確かに何も知らぬまま2つの大国の戦争を見過ごすことはできまい。視察団として10から20人ほどを・・・・」
そう言いかけた時だった。急に末席から椅子を引く音が響いて、誰かが立ち上がった。全員がそこに目を向けると、黒と金の美しいドレスを着たルドアルラが、真っすぐ前を向いて立っていた。
「みなさま・・・・」
彼女のよく通る声が議場全体に響いた。
「5千年前の“審判の日”をお忘れですか?」
そこに居る全員がハッとしたように顔を曇らせた。その日はエルドラドスにとって最も忌むべき日なのだ。美しい光の降り注ぐ地上を追われ、日の差さぬこの地下の国へと追いやられた、彼らの運命と歴史を変えた日。
「その日を伝説と呼ぶ人もいるでしょう。でも私たちはずっとそれを聞かされながら、この日の差さぬ地で生きてきたのです。我らは2度と・・・2度と戦いに関わってはなりません。サバドール王の犯した罪を忘れてはならぬのです。どの領域にも他の種族が決して踏み込んではならない。この掟は2度と戦いが起こらぬよう、民を導いた我らの祖先が決めた掟。それを破れば再び我らの上に災いが降りかかるでしょう。
この国の民の為に灯木という光を与えて下さった暗地王のご意志にも逆らう事になります。例え視察の為でも、この国から他の国へ我が種族を送るとはそういう事なのです。みなさま。この件に関しては熟考をお願い申し上げます。我々はもう2度と道を誤るわけにはいかないのですから」
このルドアルラの意見には、さすがのゲルドーマももはや何も言えずに黙り込んだ。結局この件に関しては結論を先送りにすると言う事で本日の王族国議は終了した。
国議が終わったのを知ると、朗は皆の代表としてスドゥークに結果を聞きに行った。国議が終わったら執務室に来れば教えてやると言われていたからだ。執務室の中央にある一番大きな机に付いているスドゥークは朗が入ってきたのを見ても浮かない顔をしていた。それですぐに朗は国議の結果を悟った。
「駄目・・だったの?兵は出兵できないの?」
「まだ完全に望みが無くなったわけではない。この件に関しては結論を先送りすると言う事になった」
「先送りって・・・」
朗は絶望したように呟いた。次の王族国議までは1ヵ月もある。それまでここにとどまるわけにはいかなかった。
「どうして駄目なの?ゲルドーマは口添えしてくれなかった?」
「ゲルドーマは頑張ったが・・・。思わぬ伏兵が現れた」
「伏兵?」
スドゥークはルドアルラが5千年前の歴史を持ちだして反対した事を話した。朗は以前会ったルドアルラの様子から決して妖精や人間を差別する人ではないと思っていたし、今回の件に関しても反対はしないと勝手に思い込んでいた。それは間違いだったのだろうか。
「ルドアルラはどこ?」
「彼女は王宮の西にある斉羅殿に住んでいる。だが行っても結果は変わらぬぞ」
「それでも会ってみるよ。ディーオ。斉羅殿まで案内してくれる?」
ディーオがスドゥークを見ると彼が小さくうなずいたので、ディーオは朗を伴って執務室を出た。
「少し飛びますよ」
そう言うと、ディーオは朗をさっと抱き上げ、空へ舞い上がった。いきなりお姫様抱っこをされ、朗はちょっと面食らったようにディーオの顔を見上げた。
「ディーオってさ。もしかしたらモテるでしょ」
「もしかしなくてもモテます。と言いたいところですが、スドゥーク様の側近になってからはそんな暇はありません。あの方は本当に奔放で、それでいて大切な方ですから」
「うん。そうだね」
ディーオも若くして王聖子の側近になったのだから色々苦労もあるだろうが、それでもスドゥークの事を本当に思っている事が伝わってきた。
金や赤のきらびやかな光に彩られた宮殿まで来ると、ディーオはその入り口で朗を下した。忙しいディーオにこれ以上付き合ってもらうのは悪いので、帰りは一人で帰れると告げると、ディーオは入口を守っている兵に朗をルドアルラの所へ案内するように言って帰って行った。
ルドアルラの部屋はこれも又、赤と金の灯木の光で装飾を施されたゲートの向こうにあった。案内をした兵は、ドアの向こうのこの館の主に来訪者を告げると去って行った。部屋の中から侍女が顔を出し、朗を招き入れた。彼女の部屋はここも宮殿の中らしく、見事な飾りや彫りを施した石の椅子や机があり、柔らかな毛皮の敷かれたソファーに座ったルドアルラが朗を見て微笑んだ。
「ようこそ、斉羅殿へ、アキラ。会うのは久しぶりね」
「突然来たりしてすみません。でもどうしてもお話がしたくて・・・」
「パルスパナスへの出兵の件ね」
ルドアルラはフットレストの上に乗せていた足をおろして、肘掛けについた手の上に軽く顎を乗せた。
「貴方たちには悪いと思ったけど、反対する他はなかったのよ。5千年前の伝説を知っていて?」
「少しは・・・」
朗はスドゥークから聞いたと言う言葉は控えた。ルドアルラは亜妃候補だ。つまり自分の世界でいえば婚約者なのだから、関係のない自分がスドゥークといかにも親しくしているように見せるのは、彼女に悪いと思ったのだ。
「確かに5千年前の戦争を繰り返すことは許されないと思います。でも今回木霊王は私たちがこの国に助けを求めに行くことを止めなかった。それどころか私たちにこの国へ至る扉を開けてくれたんです。もし導主がもともと一つならば、暗地王の意志も同じなのではないでしょうか。パルスパナスを助けてやってほしい。暗地王もそう思っておられるんじゃないですか?だとしたら出兵しても2度とオルドマが現れる事はないのではないかと私は思うんです」
朗の言葉にルドアルラは小さくため息をついた。
「希望的観測で私たちは国を動かすことは出来ないのよ、アキラ。でも確かにあなたの言う通り、木霊王がお認めになったのなら、暗地王も認めておられるかもしれない・・・」
考え深げにそう言うと、ルドアルラはソファーから立ち上がった。重みのある金と黒のドレスの裾が石の床の上をゆっくりと擦る音が自分に近づいてくるのを聞きながら、朗は何となく体の芯が冷たくなるのを感じた。なぜだろう。その微笑みも長い髪も歩く姿も、すべてが美しいこの人になぜか恐怖を感じる。それはこの人が美しすぎるからだろうか。畏怖堂々としたその態度に、威圧感を感じているだけなのだろうか。
ルドアルラは朗の前に立つと、両手で彼女の肩を掴み、ゆっくりと耳元に顔を近づけた。
「アキラ、あなた方が急いでいるのは分かるわ。でもこれはとてもデリケートな問題よ。こういう事には時間がかかるものなの。もしあなたが本当にパルスパナスを助けたいのなら・・・」
ルドアルラは顔を上げると、にっこり朗に笑いかけた。
「それは・・・時間をかければパルスパナスに出兵を許可して下さると言う事ですか?」
朗は少し震える声で聴いた。
「もしあなたの言う通り、出兵しても我が国に何の弊害もないと証明されれば、誰も出兵に反対はしないでしょう。その方があなたも安心でしょう?あなたはこのエルドラドスの民にも迷惑をかけたくないと思っているでしょうから」
「はい。この国の人たちに迷惑をかけるなんてできません。でも・・・証明なんて・・・」
ルドアルラは微笑むと、朗から離れ部屋の中央に立った。天井から照らし出す灯木の金色の光の中にその姿はとても幻想的に映った。
「私もあなた方が憎くて反対した訳ではないのよ。だからもう少し待ちなさい。私もその証明が出来るよう、いろいろと調べてみるから。いいわね。パルスパナスの善導者にもそのように伝えなさい。あと少し、はやる心を押さえ待つようにと・・・・」




