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ツインブレイバー  作者: 月城 響
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襲われた善導者

 時告げの鐘は朝、昼、夜の3回鳴るが、朝と昼、そして昼と夜の中間にも2回鐘が鳴る。それは各5回ずつ鳴り、その鐘が鳴るとたいてい仕事をしている人々は休憩し、お茶を楽しんだりするのだ。ナーダとのおしゃべりに花を咲かせていたアデリアの部屋にも、召使いが茶器と茶を煎る道具を持ってやって来た。


 召使いが後ろを向いてお茶の葉を火にかけて煎ている間、話をしていたナーダは、ふと昨日アルにテルマの実をもらった事を思い出した。テルマは初めて食べたアデリアも気に入っていたので、ナーダは部屋にテルマを取りに行くことにした。


「すぐに持って来ますね」


 そう言って部屋を出て行くナーダを見送りながらアデリアはふと思った。アルったらまさかナーダにまで手を出そうとしてるんじゃないでしょうね。ほんとにあのナンパ男ったら。今度問い詰めてやらなきゃ。


 部屋の中に残されたアデリアを、召使いは気付かれないようにちらっと振り返った。


ー やるなら、今だ・・・! -


 彼女はお茶を運んできたワゴンからそっと剣を引き抜くと、いきなりアデリアに襲い掛かった。とっさの事でアデリアは霊力を放つ事も出来ず、必死に剣先を交わしたが、そのまま態勢を崩してソファーから転がり落ちた。


「死ねい!パルスパナスの善導者!」


 女が剣を振りかざす。アデリアは右手を突き出して霊術を放ったが、相手は羽を広げて飛び上がりそれを交わすと、再び天井から飛びかかって来た。アデリアは覚悟して目を閉じ歯を食いしばった。今まさに剣を振り下ろそうとしていた女の顔に黄色い何かがぶつかり、女は「うっ!」と声を上げてひるんだ。


 部屋に入ってきたナーダが手に持ったテルマを投げつけたのだ。女がひるんだのを見て、ナーダはさっきまで自分が座っていたソファーに走り寄り、立てかけて置いた剣を引き抜いた。顔にかかった黄色い実を拭い取ると、女は再び襲って来た。ナーダが自分の剣でそれを受ける。激しい金属音と共に剣が重なり合った時、ナーダは相手の目を見て驚いた。


 魔族の瞳はみな黒なのに、その女の目は薄い水色だったからだ。


「何者なの、お前」


 ナーダの質問に女はニヤリと笑うと、彼女の剣を跳ね除け、そのまま窓の外へ飛び出した。敵が遠くなったのを確認してナーダはアデリアに駆け寄った。


「アデリア様、大丈夫ですか?」

「・・・ええ」


 アデリアは弱々しく答えると、ナーダに支えられて立ち上がった。




 昼過ぎに城に戻った朗はアデリアが襲われたのを聞いて、すぐ彼女の部屋へ向かった。部屋の前にはディーオが手配したのだろう、4人の衛兵が入口を守っていたが、朗を見るとすぐに通してくれた。    


「アデリア!」


 朗が部屋に飛び込むように入っていくと、ソファーに座ったアデリアのすぐ側にマクベスとアルが居て、彼らはとても難しい顔をしていた。当然だろう。安全だと思っていた城の中で善導者が襲われたのだ。朗の姿を見ると、アデリアはすぐに立ち上がって朗に抱き付いた。


「アデリア、大丈夫だったの?怪我は?」

「大丈夫よ。ナーダが居てくれて助かったの」

「ナーダ・・・」


 朗はアデリアから離れると、感謝を込めてナーダを抱きしめた。


「ナーダ、ありがとう」

「そ、そんな。私、大した事は・・・」


 朗が元は男の子だと思っているナーダは、すごく照れて真っ赤になった。





 エルドラドスの王城が立つ山の中腹には、5千年の昔、この地下の国へ逃れてきた民が住んでいたという洞穴がたくさん残されている。今では誰も住む事のないその横穴がカイとユリウス、そして彼らに着いて来た30人余りの兵達の隠れ家になっていた。


 彼らが居るのは、中は広いが入口が小さく城の城門が遠く上に見渡せる場所だ。5つの洞穴に30人がそれぞれ分かれて隠れ家にしていた。カイやユリウスの居る洞穴の入口に一人の女が羽音を響かせ降り立った。先程アデリアの命を狙った女だ。彼女は鋭い瞳で周りを見回し、誰にも付けられていない事を確認した後、入り口に足を踏み入れた。


 入口を見張っていた兵が赤い髪の彼女を見て一瞬身構えたので「私だ」と声を掛けると、兵は「イルミダ様でしたか」と安心したように槍を下した。


 洞穴の奥ではカイとユリウスが灯木の灯りの中で話し合っている。


「カイ様」

 イルミダの声にカイは少し暗い表情で顔を上げた。


「どうした、イルミダ。お前にはアデリア姫の周りで情報を集めよと命じておいたはずだが」

「申し訳ありません」

 イルミダは跪くと、頭を垂れた。


「今日はいつも側にいる導主の選定者が出かけ、善導者が一人になったのです。このチャンスを逃す事はできないと思い、襲い掛かりました」

「それで?失敗して戻って来たのか」

 

 イルミダの様子を見れば、善導者が無事なことはすぐに分かる。女のイルミダにはアデリアに近づき、彼女の動向を探らせていた。もし城の外に出るような習慣があれば、この人数でも襲う事が出来るからだ。せっかく苦労して白い羽根を黒に、髪も赤く染めさせて城にもぐりこませたというのに、善導者が一人になったからと言って、城内には魔族の兵も居るというのに功を焦るとは・・・。


 だが城の中にはまだ同じように変装させてもぐらせている兵が5人ほどいる。彼らからの連絡を待つほかはないようだ。


「もういい。お前は子供の相手でもしていろ」


 カイの言葉にイルミダは悔しそうに唇をかみしめると立ち上がった。洞穴の一番奥には灯木の灯りが一つだけ灯った小さな部屋がある。その部屋の隅に膝を抱えて小さな少女が座っていた。


「テルマ」

 声を掛けると少女はうつむいていた顔をすぐに上げた。


「イルミダ。お姉ちゃんには会えた?」


 イルミダはふと剣を交わした時のナーダの顔を思い出した。あの女さえ邪魔しなければ、パルスパナスの善導者を殺せたものを・・・。イルミダはむっとした顔を見られないよう、灯木から顔をそらせて答えた。


「いや・・・」

 テルマは残念そうに「そう・・・」と答えると、再び膝を抱えた。


「お前の姉は妖精と共に城に捕まっている。そう簡単には救い出せぬが、まだ我らの仲間が城にもぐりこんでいる。その内必ず助け出して会わせてやるから、それまでここでおとなしくしていろ」

「うん・・・」


 寂しそうにうなずいたテルマを見た後、イルミダはナーダの顔を再び思い出した。


ー だが、その時あの女は私の手によって死んでいるだろうがな・・・ -





 アデリアが襲われてから、彼女の周りには常に魔族の兵が見張りにつくことになった。だがアデリアにはそれが窮屈でたまらないようだ。パルスパナスに居た時でさえ、普段はアデリアの周りにはマクベスとアルテウス以外、女の兵か女官しかいなかったし、みな長年城に勤めている者ばかりなので気心も知れていた。


 旅に出てからは朗とマクベス、アルそして柾人だけなので、多少の不自由さ(髪をとかしたり身の回りの世話をする侍女が居ない為)はあったが、それを除けばとても自由で、アデリアは生まれて初めての開放感を味わっていた。


 だが今はどこへ行くにも常に5,6人の男の兵達が付いて回る。部屋の中に居てもマクベスやアルがいつも神経質な顔をしているので、アデリアはもううんざりしてしまった。


「アキラ!私をどこかに連れて行ってちょうだい。ここに居るのはもう嫌よ!」


 そんな風に叫ばれても朗も首を縦には振れなかった。


「それは駄目だよ、アデリア。まだアデリアを襲った犯人も捕まってないんだよ」

「アデリア様。もう少しの辛抱ですわ。魔族の警備兵はとても優秀なんです。きっとすぐに犯人を捕まえてくれますわ」


 朗とナーダになだめられてもアデリアは不服そうに口を尖らせたままだ。そんなアデリアを見てアルが口を出した。


「姫。アキラとナーダの言う通りですよ。とにかく来週には王族の国議が開かれます。そこで援軍の出兵が決まれば、即ここを出て国へ戻りましょう。それまでの辛抱ですよ」


 それを聞いてナーダははっとしたようにアルを見た。そうだ。援軍の出兵が決まれば、彼らはパルスパナスに帰ってしまう。この間アデリアを助けて以来、やっと彼らの仲間として認められたような気がしたのに、魔族の自分が彼らと共に行けるはずはなかった。


 それに今はアデリアの護衛として一般人が決して入る事の出来ない王城に住まわせてもらっているが、アデリア達が居なくなったら当然出て行かなければならない。王城に仕えたかったナーダにとってそれはとても寂しい事だった。


 ナーダはまだぶつぶつ言っているアデリアをなだめているアルをそっと見つめた。分かっている。本来なら善導者やその方に仕える人とは話すどころか近づくことさえできないような身分だ。それに村でテルマが私を待っている。いつまでも昔の夢に浸っているわけにはいかないのだ。


 朗とナーダになだめられてアデリアがやっと眠りにつくと、2人は自分達の部屋に戻り始めた。アデリアの部屋の外には魔族の兵がドアの両側を守り、アデリアのベッドルームの隣の部屋では、マクベスとアルが交代で寝ずの番をしているのでもう安心だろう。


 朗は今出てきたドアを振り返って見た後、ナーダに視線を移した。さっきからナーダの元気がない事に気が付いていたからだ。


「ナーダ、何かあったの?心配事?」

「え?」

 朗に問われてナーダは驚いたように顔を上げた。

「心配事なんてないわ。あっ、そう言えば朗はパルスパナスに戻ったらアデリア様の王士になるのでしょう?王が誕生すれば国は安定するわ。きっと天空族との戦いに怯える民も安心するわね」


 朗はナーダから顔をそらして暗い顔をした。


「アデリアは男の私に最初に会ったからそんな風に言ってるけど・・・。私は元の世界に居た時は普通の女の子だったんだ。今とは全然姿は違うけど。だから私はアデリアと結婚するつもりは無いよ」

「まあ・・・!」


 ナーダは再び驚いた。ではアルが好きなのはやはり、女の子の朗なのだ。じゃあ朗は?アルの事が好きなのだろうか。そんな事は自分には関係のない事だと思う。いずれみんなの側にはいられなくなるのだから。だがそれでもナーダは聞かずにはいられなかった。


「じゃあアキラは?アキラは誰が好きなの?アル?それともスドゥーク様?」

「え?私?私・・・は・・・」


 朗は一瞬、長い廊下の先にあるドアを見た。あの事件以来、マクベスとアルがずっとアデリアの所で見張りをしているので、今その部屋の中に居るのはたった一人だけだ。もし今その部屋を尋ねたら、彼はいつものように笑いかけてくれるだろうか。それともこの間のように目をそらすのだろうか。


「そ、それよりナーダは、アデリアを襲った犯人の顔を間近で見たんだよね。何か特徴とかなかった?顔のどこかにほくろがあったとか」

「そうね。面長でとても鋭い目をしていた。そう。目と言えばすごく気味が悪かったの」

「気味が悪い?」

「ええ。だってあの女の目、魔族なのに水色をしていたんだもの!」



 ナーダから聞いたアデリアを襲った犯人の事を考えると、朗はなかなか寝付けなかった。ナーダは魔族しか知らないので、犯人の事も魔族だと思っているようだが、女の特徴である面長で水色の瞳は天空族の特徴なのだ。多分幻術を使えば瞳の色も自在に変える事が出来るが、幻術は高吏以上の力を持つ者しか使えない。


 それに女は侍女としてこの城にもぐりこんでいた。いくら力のある高吏でも長時間幻術を相手にかけ続ける事は難しいので、肌の色や髪の色をうまく染めて、天空族がもぐりこんでいたのだとしたら・・・。もしかしたら、今アデリアの護衛に付いている者の中にも天空族が居るかもしれない。そう思った瞬間、朗は布団をめくりあげ、寝室を飛び出した。


 アデリアの部屋の前まで走ってくると2人の護衛の顔をじっと見上げた。どうやら2人共魔族のようだ。妙な顔をする護衛に笑いかけ、朗はドアをノックして中へ入っていた。今日はアルが寝ずの番をしていたようで、深夜に現れた朗を驚いたように見つめた。


 アルにさっきベッドの中で考えていたことを話すと、彼は不思議そうな顔をした。


「確かに水色の瞳は天空族のものですが・・・しかし、どうやって天空族がこの国にやって来れたのでしょう。エルドラドスへの扉は、今パルスパナスの聖王殿にしかありません。いくらサラーシャの王が望んでも天帝の許可がない限り、サラーシャからこの国へ来る事など出来ないのです。まさか、パルスパナスで何かあったのでしょうか」


「分からない。もしかしたら魔族でも水色の瞳の人がいるかもしれないし・・・」


 朗は自信がなさそうに言った。とにかく深夜でもあるので、明日アデリアやマクベスに話してから考えようと言う事になった。









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