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ツインブレイバー  作者: 月城 響
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審判の日

 モーヴの背に乗って何も見えない荒野を滑空していくと、遠くに光輝く山が見えてきた。近づくにしたがってその色とりどりの光で埋め尽くされているのは、ほとんどが灯木の山なのだと分かった。


「すごい!これって灯木の国有林だね!」

 朗の叫び声にスドゥークはうなずいた。

「この山の90パーセントは灯木が植えられている。俺でなければ、この上空を飛ぶ事さえ許されてはおらぬ」


 大きな山を埋め尽くす灯木の上をすれすれに飛ぶと、モーヴは上昇し、山の頂上をゆっくり旋回した。灯木には枝はあるが、葉は付いておらず、枝自体もそんなには広がっていなかった。ただどの木もまっすぐに延び、高さは10メートル程もあった。スドゥークによると、ここまで灯木の数を増やし育てるのに40年近くかかったそうだ。


 しばらく上空を飛んだあと、今度は林の中を歩いてみようと言う事になり山のふもとに降り立った。ここでは灯木の光によって育つテルマがたくさん育てられている。黄色く色づいたテルマをスドゥークがもぎ取り、朗に手渡した。朗は皮ごとかぶりついて、その滑らかな甘さを存分に味わった。もぎたての実は城で食べるより数倍おいしく感じられた。



 山の斜面に座って果樹園を見下ろしていた朗は、ふと先程モーヴの名を聞いた時に感じた疑問を思い出した。隣でおとなしく羽を休めているモーヴはこの国の名、エルドラドスから取ったエル・ドランと言う名だ。この世界の言葉ではエルは光、ドランは鳥なのだが、ではエルドラドスも同じように考えると、エルは光でドラドスは島と言う意味になるのだ。


 この国は闇の中にある国でおまけに周りに海などあるはずもない。なのにどうして“光の島”と言う名が国に付いているのだろう。その疑問をスドゥークに尋ねてみると、彼はテルマの大きな種を投げ捨てた後、遠い目をして暗闇の広がる空を見上げた。


「この世界で一番強いものは何だと思う?」

 それなら考えなくても分かる。朗はすぐに答えた。

「この世界でなら導主だよね」


「そうだ。では2番目は?」

「うーん、王か善導者?」

「残念だが違う。この世界で2番目に強いのはオルドマだ」

「オルドマ?」


 伝説では5千年前までこの世界の国はすべて地上にあったと言われている。そのころ人の国はまだなく、深い森の中にあるパルスパナス、高い山脈に連なるサラーシャ。そして海に浮かぶ巨大な島にエルドラドスがあった。エルドラドスはまさに光の島だったのだ。


 この時代はまだ互いの国を行き来してはいけないという決まりはなかったが、国同士が離れていたので、それほど深いつながりを持っているわけでは無かった。そして導主も暗地王とか木霊王とかに分かれているわけではなく、ただ一つの導くものとしてあがめられていた。


 当時のエルドラドスの王はサバドール2世。幼い頃から利発で知られていたが、王になった頃から周りの者達が首をかしげるような事を言い始めた。


ー 兵の数を倍に増やせ ー  

ー 王都の周りに敵の侵入を防ぐための壁を築造せよ -


 何よりも彼が熱心だったのは伝説の生き物、オルドマを探す事だった。オルドマは8枚の羽を持つドラゴンだ。頭の後ろから背中にかけて角質化したたてがみがまるでサイの角のようにカーブしながら連なっている。体は真鍮のような黒みがかった金色の固い皮でおおわれていた。


 その赤い目を見た者は、体中が炎にまかれて死に、その恐ろしい声が響けば、周りの全てを破壊すると言われていたが、本物のオルドマを見た者は誰も居なかった。それで最初はオルドマを知る者を探す事から始まった。国中に布令(ふれ)を出したり、噂を聞けば兵を派遣した。だが誰も見つける事が出来ず、3年の月日が流れた。


 その間にも王の命令は留まる事はなく、兵の増強は続けられ、国のあちこちに建てられた敵の侵入を防ぐための壁は高くなっていった。


 生まれてから一度も戦争など経験した事のない人々は皆、王のやっている事が本当に導主の導きなのか疑問を持っていたが、誰も逆らう事はできず、ただ不安げに高くなっていく壁を見上げていた。


 そんなある日、サバドール王の元に一人の男がやって来た。男は詩を作りながら世界のあちこちを見て歩いて来た旅人だと言った。その男がパルスパナスの森でオルドマを見たと言うのだ。すぐに王はパルスパナスに兵を派遣した。巨大なオルドマを捕まえるのだから兵の数も相当なものだった。


 たくさんの兵がオルドマを捕えた時に乗せるための巨大な檻のついた荷車を引きつつ、槍や弓を持って出兵していくのを、礼金をもらって城を出てきた男はじっと見つめた後、ニヤリと笑った。


「愚かな奴らだ。オルドマは世界が破滅する時に現れるもの。パルスパナス中探したって見つかるものか。兵を送ればいくら能天気な妖精共も黙っては居まい。せいぜい互いに殺し合って、滅びの道を歩むがいい」


 実はこの男、詩人などではなく、サラーシャの王が放った密偵、つまり天空族の高吏だった。幻術で姿を魔族に変え、王を騙したのだ。近頃、エルドラドスの王が戦争の準備を始めているという噂を聞きつけ、事の真相を探るために送り込まれたのだ。そして男は町の様子からサバドールが軍備を整えているのを知ると、その矛先をパルスパナスへ向ける事にしたのだった。


 これでエルドラドスとパルスパナスが戦えばサラーシャは安泰だ。男は役目を終えた事を報告するため羽を広げ、自らの王の待つ国へと戻っていった。




 長い船旅を終え、野山をいくつも越えて、エルドラドス軍はやっとパルスパナスに到着した。礼儀をわきまえない兵達は妖精の王に何の断りもなくパルスパナスに侵入し、森の中を荒らし回った。霊獣を殺し、村を襲って食料を奪い、オルドマの居そうな洞窟に火を放つ。そのような行いを妖精の王が許すはずもなく、あちこちで魔族と妖精の戦いが始まった。そしてそれを知ったサラーシャの王も出兵を決意した。


 光の島エルドラドスは美しい水と温暖な気候のおかげで、豊富な農作物に恵まれた豊かな国だった。対してサラーシャは高い山に位置するため、気温は低く、長い冬の合間の春にも固く悪い土壌のため、作物の実りも悪かった。もしサラーシャがエルドラドスを占領すれば、それらの豊かな作物や資源を己の物にできる。それはサラーシャにとって、とても魅力的な誘惑だったのだ。


 サラーシャに攻め込まれたエルドラドスは、パルスパナスに援軍を送る事が出来ず、兵を全てサラーシャ軍との戦いに回さなければならなかった。そのせいでパルスパナスに送られた最初の兵達は徐々にパルスパナス軍に追い詰められ、壊滅した。生き残って投降した兵も、パルスパナスの王は許さず、全員を処刑した。それでも怒りが収まらない王はとうとうエルドラドスに兵を出兵させた。こうして戦火は世界中に広がった。


 軍備を整えていたエルドラドスはサラーシャとパルスパナス、2つの国を相手に引けを取らずに戦った。だが戦いが長引き、町中が焼かれ徐々に追い詰められていった時、サバドールは呟いた。


「オルドマが居れば、オルドマさえ捕まえていれば、世界を手にするのは私だったのに・・・!」


 その頃それぞれの国の善導者たちは、欲や怒りに駆られた王をいさめる事も出来ず、導主の神殿にこもってひたすら祈りを捧げていた。一刻も早く戦いが終わり、国が救われることを願って・・・。


 そして突如、その時はやって来た。エルドラドスの上空に巨大な黒い影が現れた。剣や槍で戦い合っていた兵達は、一瞬驚いたように上空を見上げ、ただ凍り付いた。8枚の羽、黒みがかった黄金の固い皮に覆われた肢体。頭の先から尻尾の先までは100メートルはあろうかという巨大な生き物が自分達の頭の上をゆっくりと飛んでいた。


「オル・・・ドマ・・・?」


 一人の兵の小さなつぶやきに振り向くように、オルドマがその赤い瞳を地上に向けると、あっという間に戦地が炎でおおわれた。人々がどれほど逃げ回っても、その炎の中から逃れる事は出来なかった。そしてオルドマはまるで歓喜の声を上げるように鳴いた。その声は国中に響き渡り、大地さえもその声に震えた。あちこちで建物は崩れ落ち人々は逃げ惑った。


 無論、王宮も例外ではなく、大地の揺れと共に強固な石造りの建物はもろくも崩れて行った。王は「なんなのだ!これは!」と叫んだが、周りの者達はただオロオロと逃げ惑うばかりだった。


 神殿の中にこもっていたまだ若い王聖女は、お付きの者達だけを逃がし、自分は導主の名が刻まれた塔の前にずっと跪いていた。


「やっとこれですべてが終わる・・・・」

 彼女の頬に、一筋の涙が零れ落ちた。


 そしてサラーシャも例外ではなかった。オルドマはそのままサラーシャの上空にも現れ、恐怖の叫び声をあげた。すると山は震撼し、やがてサラーシャの国のある山の一部がまるで切り取られたように分離しながら上空へ上がって行った。


 自分の国に何が起こっているのか分からない王は、城の窓から外を見て、半狂乱になって叫んだ。


「何なのだ!いったい何が起こっているのだ!」

「“審判の日”が来たのですよ」


 静かな声に振り返ると、そこには息子の善導者が立っていた。

「何だと?」

「言ったでしょう?戦いを起こせば導主の怒りに触れる。オルドマは世界が終わる時に現れる。すべてが終わるのですよ。貴方たち王の愚かな行いによって」


 怒りのあまり、王は善導者の胸ぐらをつかんだ。


「お前が呼んだのか?オルドマを。王聖子のお前が国を滅ぼすのか!」

「私が呼んだのではありません。我らは・・・エルドラドスの善導者もパルスパナスの善導者もただ国が救われることを祈った。王よ。あれを呼んだのはあなただ。国を滅ぼしたのはあなた自身なのだ」


 善導者がそう言った時、王の背中の6枚の羽がまるで剥がれ落ちるようにパラパラと床に落ちていった。

「何と言う事だ!何という!私の羽が、王である証が・・・!」


 床に散らばった白い羽根を拾い上げ、狂ったように泣き叫ぶ王を、王聖子はただ静かに見つめていた。


 そしてパルスパナスもオルドマによって森の3分の2を焼けつくされ、何とか焼け残った王城にはたくさんの人々が避難してきていた。その最上階でパルスパナスの王は、力をなくしたように座り込んでいた。周りに居る重臣たちは、むしり取られたように床に散らばった自分たちの羽根を見て半狂乱になり、泣いたり叫んだりしている。王の周りにも薄く透ける美しい6枚の羽根が落ち、散らばっていた。


「母上・・・・」

 娘の声にも王は顔を上げなかった。

「これが罰なのか?導主の怒りか?」

 善導者は小さく首を振った。


「私には分かりません。導主は何もおっしゃっては下さいませんでしたから。でもこれでもう戦いは終わります。世界は・・・一度、滅んだのですから・・・」


 光の島がやがて沈みゆく定めだと悟ったエルドラドスの善導者は、生き残ったすべての民を船に乗せ、導主の声に従い、地下の国へと民を導いた。王や重臣達、そして戦争に加担したすべての者は羽をもぎ取られたため、もはや一族の元に居る事は出来なかった。彼らはパルスパナスから少し離れた広大な地に人間としてそれぞれの王国を築いた。


 今はそれがサムーサ、エルケナス、アーライル、デルパシア、ケイルネイトという5つの国に分かれている。そして王となった3つの国の善導者は2度と戦いが起こらないように国同士の交流を一切禁じ、独立した状態を保つために導主の名も4つに分けたのだった。




「これが今の4つの世界を作ったと言われている審判の日の伝説だ。わが国にとってはあまりいい言い伝えではないがな」

 スドゥークは無表情に言った。


 朗はスドゥークをじっと見つめながら、なぜ彼らがパルスパナスとサラーシャとの戦いに兵を送れないと言っているのか、その意味がよく分かったと思った。それは5千年前の審判の日をもう一度起こすことになるかもしれないのだ。


 エルドラドスはパルスパナスを助ける為に兵を送るのだから、以前のように国を追われる事にはならないだろう。だがパルスパナスは?もっと悪いのは戦いを仕掛けてきたサラーシャだ。先の戦争で2度と地上に降りられない定めを負わされたのに、今度は国ごと地上に叩き落とされ本当に滅んでしまうかもしれない。それなのになぜ彼らは戦いを望んだのだろう。


「ねえ、スドゥーク。3つの国が戦ったら又オルドマが現れるの?」


「さあな。伝説はあくまで伝説だ。5千年前に戦争があった事を知るものは誰もおらんし、本物のオルドマを見たものも誰もおらん。もしオルドマが存在したとしても、善導者たちの声にこたえた導主が呼んだものかもしれぬし、ただ気まぐれに現れただけかもしれん。これから何が起こるのか。掟を破った国々がこれからどうなっていくのか。それは誰にもわからんのだ」









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