たった一つの希望
朗が居なくなってから、柾人は学校の休みや放課後にずっと朗を探し続けていた。目の前で朗をさらったのは、どう見てもこの世界の者ではなかった。それに周りの人々がまるで何かの魔法にかかったように朗の事を忘れていることからしても、あの妙な羽根を付けた男達は、人間以上の力を持っているのだろう。
だとしたら人間には理解できない力に頼るしかない。柾人はそう考えて、町中にある占い師や神社などを尋ね歩いた。だがほとんどが柾人の話を信じてはくれず、適当にあしらわれた。ひどい所では期待を持たせるような話だけして金を要求する所もあった。
アルバイトもしていない柾人に自由になる金は少なく、母を拝み倒して金を借りていたが、勉強もそこそこに遅くまで帰ってこない息子に、両親は不信感を抱いている。今日も出かける時、近頃様子のおかしい柾人を心配した母親に呼び止められた。
「もういい加減にしなさい。このあたりで行方不明になった子なんて誰も居ないでしょ?あきらって子が行方不明になったなんて嘘なんでしょ?」
「嘘じゃないよ。朗は本当にいなくなったんだ」
かたくなに言い張る息子に、母は不安を覚えずにはいられなかった。
「じゃあ、警察に任せなさい。あなたが探してどうなるというの?」
「警察じゃダメなんだ。頼むよ、母ちゃん。朗を探させてくれ。俺、朗を守るって誓ったんだ。なのに目の前で朗がさらわれていくのに何もできなかった。だからどんなことをしても朗を見つけたいんだ」
背中を向けて出ていく息子に、母は大きくため息をついた。
あたりが薄暗くなってきた頃、よく当たると町で評判の占い師の館から出てきた柾人は、手の平に残ったわずかな小銭を見てため息をついた。誰も朗がこの世界とは別の世界に連れ去られてしまったなんて、本気で信じてはくれない。柾人は側にある壁を叩いて顔を沈めた。
「どうしたらいいんだよ!」
絞り出すように呟いた後、壁際に小さな看板が立っているのに気が付いた。トランプのカードのような絵の上に『タロット占い』と小さな文字で書かれ、その下にある矢印はあまり衛生的でない薄暗い路地をさし示している。
期待は出来なかったが、柾人はその矢印が指す方向に向かって歩き出した。路地裏を抜けると、また右へ曲がるように指示する看板があって、その方角を見ると、真っ黒のドアにタロット占いの看板を掲げた店があった。
少し躊躇したが、思い切って開けてみた。中は表の雰囲気と同じように薄暗く、紫のスパンコールが付いた黒いレースのカーテンが折り重なる向こうに1人の女が同じ黒いレースを頭からかけて座っていた。
柾人はギュッと小銭を握りしめると、それを彼女の前の机の上に置いた。
「金はこれしかないんだ。占ってくれるか?」
女はそのわずかな小銭を見た後、ぷいっと横を向いた。
「金のない奴は帰りな」
邪険にされたが、柾人は何故かひっこめなかった。
「頼むよ!ある人の居場所を知りたいんだ。金ならまた今度持ってくるから!」
占い師はニヤリと笑うと、その大きな眼で柾人を見上げた。
「女だね」
柾人はドキッとした。これは本物かも・・・・。
「やめときな。女の心は風のようなもの。いくら追っても追いつけやしない」
「そんなんじゃない。朗は俺の目の前でさらわれたんだ。きっと今頃辛い思いをしてる。どんな事をしても見つけてやらなきゃならないんだ」
女はじっと柾人を見た後、指先で座るように指示した。柾人が席に着くと、彼女はカードを切り始めた。
― 頼む。朗の居場所を教えてくれ ―
祈りながら占い師の手元を見つめていた柾人は、彼女が最初に出したカードを見て青くなった。大きなカマを抱えた骸骨の絵・・・。死のカードだ。
「朗は死んだってのか?そんなのウソだろ?なあ!」
「静かにしな」
女はゆるぎない手つきで次のカードを置いた。そしてもう一枚・・・・。5枚のカードを置き終わった後、女は顔を上げた。
「これは死のカードだが、逆を向いているだろ?彼女は生きてる。でもこの世界では死んだも同然て事だ。この子・・・もしかして別の世界に居るんじゃない?」
柾人は朗がさらわれていく瞬間を思い起こした。やはり彼女は異世界に連れていかれたのだ。
「この子、とても強い子だね。まるで光だ。この子の周りはいつも輝いている。この子ならどんな世界に居てもきっとうまくやってる。あんたが心配するような辛い目には遭ってないだろう」
柾人は安心したように何度もうなずいた。
「でも、戻ってくるかどうかは分からないねぇ」
「ど、どうして?」
胸がズキズキする。もう二度と朗とは会えないと宣告されるのが一番怖かった。
「言ったろ?この子はどこに行ってもうまくやっていける。別の世界の方が気に入ったらこっちには戻ってこないさ。帰るも帰らないもこの子次第だね」
柾人は黙ってうつむいた。確かにこの人の言う通りだろう。朗はどこに行ってもみんなから愛され幸せになれる。きっと俺なんかが居なくても。でも・・・・。
「俺は朗に会いたいんだ。朗が別の世界で生きるって言うんなら俺もそこで暮らす。何があっても俺は・・・俺はずっと朗の側に居たいんだ」
だが占い師は、カードを片付けると立ち上がった。
「これ以上はあたしの領分じゃない」
「ま、待ってくれよ。じゃ、どうすりゃいいんだ?」
「諦めな」
胸の奥が割れるように痛い。諦めなきゃならないのなら、どうして他の奴らと同じように朗を忘れてしまわなかったんだ?
小さい頃、インフルエンザにかかり高熱を出して寝込んでいる俺の側で、朗はずっと手を握り続けてくれた。大人たちがうつるからやめろってどんなに止めても、あいつは俺の側に居て励まし続けてくれた。
俺が寂しくないように。一人ぼっちで泣かないように・・・。いつ目を開けても朗が笑っていてくれる事にどれだけ救われただろう。
「朗は・・・最後に俺の名を呼んだんだ。柾人って・・・。俺はたとえ一生かかっても、朗を探すよ。もう一度会えるまでずっと探し続ける。朗の事を絶対に諦めたりしない!」
占い師は小さくため息をつくと、机の中からメモを取り出して何かを書いた後、柾人に渡した。
「あたしが昔世話になった坊さんが京都に居るんだ。表には絶対出てこないけど、とても高名な人だよ。その人に相談してみな」
行き詰りそうだった道に一筋の光が差した気がした。占い師は机の上の金を手に取って「追加分は電車賃に使いな。頑張るんだよ」と言って送り出してくれた。
「ありがとう!」
柾人は礼を言うと走り出した。
すぐに家に戻って準備を整えた。父親が帰って来るのを待って、両親に朗を探しに京都へ行くことを告げると、2人とも大反対だった。それでも必死に頼み込み土下座までした息子を見て、父はよほど事情があると思ったのか、一週間だけという条件付きでしぶしぶ許可してくれた。
次の日の朝、重いリュックを背負って旅立つ息子に、母は心配そうに言った。
「柾人。どうしてもお前が行かなきゃならないの?」
「うん。ごめんな、母ちゃん。俺、朗に絶対会わなきゃならないんだ」
不安そうに見送る母に手を振ると、柾人は朝の光の中、たった一つの希望を手に旅立って行った。