策略
ほとんどが固い石で形作られているエルドラドスの王城の入り口は、鮮やかなオレンジ色の灯木に照らされ、それが奥に続く広間も照らし出し、城に出仕する者達を導いている。朝早くから王城に呼び出されたゲルドーマは、その明るい王城の入口で丁度空を飛んでやってきた弟のアランドールに出会った。
彼らは2人そろって王聖子に呼び出された事を知ると、周りに聞こえないようにブツブツ文句を言い始めた。
「まだ高吏も出仕していないこんな朝早くから我らを呼び出して、何の用だというのだ。今日は国議の日ではないだろう」
「あの気まぐれな王聖子の事。どうせ大した用ではあるまい」
そんな話をしながら人気のない広間を通り抜けると、灯木が急に少なくなり、暗い廊下に出る。ここからはずっとこんな感じなのだが、たくさんの柱が並ぶその先に白い光が漏れている一画を見つけた。
「白い光の灯木とは珍しいな」
「しばらく来ぬ間に新しい広間でも作ったのか?」
2人は興味に駆られて、その光の漏れている場所に近づいた。そこはそんなに広い場所ではなく、柱で丸く囲まれた小さな一廓であった。そして白く輝いているのは灯木ではなく、薄く透ける生地を幾重にも重ねた真っ白なドレスを着てその場に跪き、懸命に祈りを捧げるアデリアだった。
以前、宴で会った時はおごり高ぶった小娘のようだったが、今目の前に居る王聖女は、まるで消え入るようにはかなく、それでいて神々しいまでに気高く見えた。この国の人間とは全く違う白く透ける肌と、地下の住民にとっては永遠の憧れである太陽の光をすべて集めたような輝く黄金の髪。彼女こそまさに導主の恩恵の賜物だと彼らは思った。
アデリアの後ろで共に祈っていた朗は、その姿に呆然と見とれている男達に気づいて立ち上がった。いつもはきりりとくくり上げている赤い髪を背中におろし、白いベールをかぶった朗も、今日はなぜか妙に艶めかしく見えた。
「まあ、これは。ゲルドーマ様とアランドール様」
朗に2人の男が見ている事を告げられたアデリアが立ち上がると、さっきまでの光がゆっくりと消えた。灯木の淡い光の中、アデリアはゆっくりと彼らに近づいて来た。
「お越しだとは気付かず、ご無礼致しました」
「い、いや、こちらこそ・・・。別に覗くつもりは無かったのだが・・・」
「美しい光が見えたので気になってな。こんな所で何をしておられたのです?パルスパナスの王聖女殿」
少し慌てて言い訳をする弟に代わって、兄のゲルドーマが尋ねた。
「どうぞ私の事はアデリアとお呼びになって下さいませ。ゲルドーマ様、アランドール様」
アデリアは親しみのある笑顔を浮かべた後、少し寂しそうに顔を曇らせた。
「私は善導者ですが、この国の者ではないので導地殿には行けません。それでここから暗地王様に祈りを捧げていたのです。我がパルスパナスの民を見捨てないで下さいと・・・」
「見捨てるなどと・・・。確かに援軍を出さぬとは言ったが、他国の民とはいえ、見殺しにするつもりは無いぞ。のう、アランドール」
「そ、そうじゃな。しかし・・・」
昔から女に弱い兄の性格を良く知るアランドールは、兄が妙な約束をしない内にここから連れ出すべきだと思った。どう考えてもこの女達は何か策略があってここに居るような気がする。だがアランドールが口を出す前にゲルドーマが言った。
「おお、そうじゃ。援軍は無理でも、我が国の力のある兵を数人派遣する事なら出来るぞ。皆王聖子の選んだ兵どもじゃ。必ず役に立とう」
それを聞いたアデリアは“たった数人?なんてケチなジジイ!”と内心思ったが、朗が声を出す方が早かった。
「それはとても嬉しいですけど、でも5,6人では少し心もとないわ。ねぇ、姫様。せめて20人ぐらいは居ないと」
自分の腕を持って甘えた声を出す朗に少々戸惑ったが、アデリアもにっこり笑って答えた。
「本当に。20人も居れば心強いわ。ゲルドーマ様。どうかスドゥーク様にお口添え下さいませんか。私の心からのお願いです」
輝くような白い肌を近づけられただけで、ゲルドーマの心は久しく沸き立った。
「もちろんじゃ、アデリア。それ位の事なんでもないぞ。すぐ叔父君に話をしてやろう」
「ゲルドーマ、そんな勝手な約束を。他の王族がなんと言うか!」
アデリアの手を握りしめたゲルドーマは、自分を止めようとするアランドールを不服そうに見た。
「話をするだけなら問題あるまい。まったくお前は昔からぐちぐちと。のうアデリア。決して悪いようにはせぬから安心するがよい」
「はい、ゲルドーマ様。ではもう一つだけ・・・」
「ゲルドーマ!」
これ以上ここに居ると又違う約束をさせられると思ったアランドールは、アデリアの言葉を遮って、兄の腕を掴んだ。
「もう行くぞ。王聖子がお待ちじゃ」
アランドールに引っ張られて廊下の向こうに去っていくゲルドーマを、アデリアと朗はにっこり笑って見送った。
男達の姿が見えなくなると、柱の陰からアルテウスとマクベスが現れた。後ろには柾人とナーダの姿もあった。
「残念でしたね。せめて5,60人は欲しかったのですが」
「兄弟だから性格も似ているかと思ったのは間違いだったな」
アルとマクベスが苦笑いを浮かべつつ言った。
「それでも王族の1人を味方に出来たんだ。アデリアも頑張ったね」
朗が言うと、アデリアは物凄く嫌そうな顔で右手を振った。
「あのジジイ・・・いえ、ゲルドーマに手を握られた時はひっぱたいてやろうかと思ったけど。まあ、我慢したかいがあったと思いたいわ」
その日の昼食の後、朗はゲルドーマから20人ほど兵を貸し出す提案があったとスドゥークから告げられた。
「それで、スドゥークはどう答えたの?」
「俺に異存はないと言ったが、アランドールが他の王族の意見も聞くべきだと言いだしてな」
それでも一歩前へ進めた事には変わりがなかった。次の国議は一週間後なので、そこで決まれば兵を派遣できるようになるのだ。
「ねえ。20人を40人とか、50人に増やせない?」
朗はお茶を飲んでいるスドゥークの顔を覗き込んだ。
「そうだな・・・・」
スドゥークは召使いが継ぎ足す茶の香りを楽しむように息を吸い込んだ。
「出兵が決まれば人数を多少増やしても構わぬかもしれぬが、その前にお前は俺との約束を果たすべきではないのか?」
朗はドキッとしてスドゥークから離れた。
「ファ…ファーストキスは駄目だよ」
「そうか?お前の唇を奪うくらい、この茶を飲み干すより簡単だがな」
朗のすごく怒ったような顔を、スドゥークは笑いながら見つめた。
「冗談だ。明日、少し出かける事にしている。お前も付き合え」
「出かけるって、お城から出るの?」
スドゥークはたまにそうやって町の視察に出かけるそうだ。ここへ連れて来られてから初めての外出に朗の心は躍った。だがふと不安がよぎった。アデリアを残して行って大丈夫だろうか。でもここには敵は居ないし、側にはアルやマクベスも居る。朗は「喜んで一緒に行くよ」とスドゥークに約束した。




