再会3
空中に現れた魔族の兵は、あの時と同じように黒い霊獣に乗っていた。霊獣の羽にある黄色い光が8個あるので4人の魔族が来ているのだろう。3日前まで敵だった者に手を振るのは少し不安だったが、アルはマクベスと朗を信じて灯木を持った手を振り上げた。
途端に風を切るように彼らが空から降りてきた。それを見つつナーダは唇をかみしめた。迎えが来なければもうあと半日、アルと一緒に居られたはずだ。
地上に降りてきた地王軍の兵と話をしているアルを、ナーダはただじっとさみしそうに見つめた。話が済んだアルはナーダを振り返って叫んだ。
「この霊獣に乗せて行ってくれるそうだ。ナーダの事は彼に頼んだから」
「え・・・?」
後方の兵を指さすアルを、ナーダは驚いたように見つめた。
「私も一緒に行っていいの?」
「当然だろう?こんな所から一人で帰すわけにはいかないし、ナーダは城に仕えたかったんだ。一度くらい行ってみたいだろう?何より君に何も礼をしないではいられないよ」
ナーダは嬉しそうに微笑むとアルの方へ駆け寄った。
「お城に行けるなんて夢みたいだわ。善導者様にも会えるかしら」
「我が国の善導者も、きっと礼を言ってくれるよ」
「素敵だわ!」
でも何よりナーダが嬉しかったのは、アルともう少し一緒に居られる事だった。
そして5人の仲間たちは3日ぶりに城の広間で顔を合わせる事になった。彼らがまず驚いたのは、朗が女に戻っていた事だ。真っ赤なストレートの長い髪を頭上で結び、柔らかな衣服に身を包んだ彼女は、以前の世界に居た時よりずっと女性らしくなっていた。
うるんだように澄んだ緑の瞳も、化粧もしていないのに淡く色づいた頬もとても魅力的で、いつも男の子っぽい朗しか知らない柾人はどうしたらいいか分からず、朗が最初に笑いかけた時、思わず目をそらしてしまった。そんな柾人に朗は再び不安を感じた。柾人がこんな風に目をそらしたことは、今まで一度もなかったからだ。
うつむいている柾人を呆然と見ていた朗は、急に後ろから誰かに抱きしめられてびっくりした。
「アキラ!とても心配したよ。でもこんなに美しくなった君に会えるなんて、この国の善導者に感謝しなければならないね!」
「あ、あ、アル・・。私も会えて嬉しいけど、あの・・・」
朗が「放して」と言う前に、アデリアが強引に2人の間に割って入ってきた。
「離れなさい、アルテウス。本当にあなたはナンパで厚かましいんだから」
「私はアキラに月絡の契りを申し込んでいるのですから、当然の権利です」
「そんな事、許した覚えはないわ!とにかくは・な・れ・な・さ・いぃぃぃぃ!」
朗を放そうとしないアルの腕を掴んで押し問答している2人に朗は「2人とも、せっかく会えたんだから喧嘩しないで」とオロオロしている。そんな妖精達の様子を見つつ、ナーダは疎外感を覚えた。アルにはあんなに綺麗な愛する人がいたんだ。そうだよね。本当にステキな人だもの・・・。そう思うと自分はここに居てはいけないような気がした。
アデリアとアルの言い争いが長いので、マクベスはため息をつくと、その野太い声を張り上げた。
「アル、いい加減にしろ。姫に対して無礼が過ぎるぞ。それにこちらの女性を姫に紹介するんじゃなかったのか。命の恩人なのだろう?」
アルははっとしたようにナーダを見ると、照れくさそうに笑いながら彼女の側までやってきた。
「姫、それからアキラも聞いて下さい。彼女、ナーダと妹のテルマが私の命を助け、ここまで案内してくれたのです。彼女が居なかったら、とてもここまでたどり着けなかった。ありがとう、ナーダ」
アデリアも急に王聖女らしい顔になると「わが臣が世話になった。礼を申すぞ」と言った。そのあと朗とマクベスにも礼を言われ、ナーダは真っ赤になって「そんな大したことじゃ・・・」と言いつつ首を振った。
「謙遜しなくてもいいわ。たった3日だったけれど、見知らぬ国で仲間の生死も分からぬまま過ごした日々は私たちにとって、とても長く感じられたの。そなたのおかげでアルが辛い思いをしなかったのはとても良い事だわ。でも今は旅の途中で礼をしたくても何もできないの。ナーダ。良ければ私たちとしばらく共に居ないこと?多分この国の善導者は私たちをもてなしてくれるから、それで少しは礼が出来ると思うの」
「そんな、お礼なんて・・・」
そう言いつつナーダはアルを見上げた。アルもにっこり笑ってナーダを見た。
「そうしてくれないか、ナーダ。テルマはゾーマが見てくれるし、少しの間なら大丈夫だろう?」
「え、ええ・・・」
本当は一刻も早く戻ってやるべきだと思ったが、ナーダは心の中でテルマに詫びて、もうしばらくアルと共に居る事にした。
そしてこれはアデリアの策略でもあった。アデリアの鋭い女の感は、ナーダがアルに恋をしている事をすぐに見抜いたのだ。もしこのまま彼女とアルがくっつけば、アキラは私だけのものになる。そう思って振り返ったアデリアの目に入ってきたのは、寂しそうな顔で朗を見つめて立つ柾人だった。
どうしてそんな悲しい目をしているの?アキラが女に戻って嬉しいのはあなたも同じじゃない。
アデリアが危険と分かっていてこの旅に付いて来たのは。柾人に朗を取られたくなかったからだった。旅立つ前日、“たとえ己が盾になってもアキラを守る”と言った彼に迷いはなかった。それほどまでに朗を真剣に愛しているのだと知ったアデリアは、不安でたまらなかったのだ。だから善導者が勝手に城を抜け出すなんて有り得ないと分かっていても彼らに着いて来た。絶対柾人に朗を渡さないと思っていた。それなのに・・・・。
柾人の事が気になっている自分に気づいたアデリアは、戸惑いながら彼から目をそらした。
彼らが一通り再会を喜び合った頃、ディーオが6人の兵を連れて広間に現れた。
「エルドラドスへようこそ、パルスパナスの善導者様。そして使者殿。私は王聖子であり、我が国の善導者であるスドゥーク・エル・バイト・ゲルトスⅣ世の補佐官、ディーオと申します。早速ですが、我が主に会っていただきます。宜しいですか」
それを聞くと、アデリアも急にきりっとした顔になり、背筋を伸ばした。
「よかろう。案内せよ」
ディーオの後ろにアデリア、その後ろにマクベスとアル。その後ろに朗と柾人とナーダ、更にその後ろから6人の兵が続き、謁見の間へと向かった。隣に居る柾人のよそよそしい様子も気にかかるが、朗にはこの交渉の行方も気になっていた。
やっと望み通り、エルドラドスの善導者に会うわけだが、スドゥークがこちらの要求にこたえてくれるとはあまり思えなかったのだ。いや、多分スドゥークがそう望んでも、8人の王族が賛成はしないだろう。たった3日だが、朗にはスドゥークが王族に手を焼いている事がよく分かっていた。
甥と名の付く人が未来の王の暗殺を謀ったのだ。他の王族もスドゥークのやる事に口を出すだけではなく、実力を行使してくるかもしれない。スドゥークに私達を攻撃するよう仕向けたのも、王族達の差し金だとしたら・・・。
朗がそんな事を考えている間に彼らは謁見の間に入っていった。昼間マクベスと来た時よりずっと広間を守る兵の人数は増えていた。しばらくするとスドゥークが2人の臣下と護衛の兵と共に現れた。マクベス達は全員膝をついたが、アデリアだけはじっと立ってエルドラドスの善導者を見つめていた。
「控えよ。王聖子の御前なるぞ」
臣下の1人が言ったが、アデリアは目を細めた後、ぐいっと顎を上げた。
「我はパルスパナスの王聖女であり善導者、アデリア・フォスケルト・アラーダじゃ。なぜ同じ善導者に頭を下げねばならぬ?」
「姫、我々はエルドラドスに救援を請いに参ったのです。ご遠慮下され」
マクベスが後ろから声を潜めて行ったが、アデリアは動じなかった。朗と柾人もはらはらしながらアデリアとスドゥークを見つめた。
「よい。ディーオ。姫の席をここへ・・・」
おおらかな様子でスドゥークが自分の左側に手を差し出した。ディーオがうなずくと臣下が2人がかりで大きな背もたれのついた席を用意した。しごく当然な様子でアデリアはディーオの手を取って一段上に上がり、椅子に腰かけた。
「さて、パルスパナスの王聖女殿。大体の話はそこにおるそなたの臣より聞いておるゆえ、手っ取り早く結論を申し上げる。エルドラドスはパルスパナスを掩護することはできぬ。疾くお国へ戻られるがよい」
ああ・・やっぱり・・・。朗は肩を落として思った。
「それはどうしてですの?」
アデリアが静かに聞いた。
「まず第一に前例がない。我ら地下の民は地上の民と一切交流を持ったことが無い。妖精の国が存在することは知っているが、そこがどんな国かもそなた等がどのような民かも分からぬ。ましてや他の民族との戦争など、導主の禁忌に触れる行い。そのようなことに我が国民を巻き込むわけにはいかぬ」
「戦争を望んだわけではありません。一方的に攻め込まれたのです!」
思わずアルテウスが叫んだ。
「いずれにせよ、そのような火種を持ち込むことを、この国の最高指導者として許すわけにはいかぬ。窮地はお察し申し上げるが、もはやこれは決まったこと。二度と覆る事はない。早々にお引上げになり、国の守りを固められるがよい」
結局、厄介払いがしたいってわけね・・・。アデリアは表情を変えずに思った。
「お話はよく分かりましたわ、エルドラドスの善導者様。でも私たちの旅はとても困難でしたので、今疲れ切っているのです。少しの間ここに逗留して疲れをいやしてはいけないかしら。もちろん母国が心配なので長居は致しませんわ。でも・・・・」
アデリアは柾人の方を指さしてとても心配そうな顔をした。
「ほら、あの男など人間ですから旅の心労に耐え切れずとても弱っているのです。もうそこに跪いているのも辛そう・・・」
周りの皆が自分の方を見たので、柾人はびっくりしたような顔をした後、手に口を当てて「うっ、そう言えばさっきから気分が・・・」と白々しく演技した。スドゥークはそんな柾人を見ようともせずに、ニコリと笑った。
「もちろんかまいませぬよ、パルスパナスの善導者殿。アデリア殿とおっしゃったかな。美しい女がたくさんいると城内が華やぐ。可能な限りご滞在なさるがよい」
「ありがとうございます」
スドゥークはディーオを呼んでアデリア達をもてなすよう伝えると、その場を去って行った。




