再会2
朗が牢の前まで走り寄ると、マクベスも重い足音を響かせて走って来た。
「無事だったんだね、マクベス。良かった」
「あまり無事とは言えんがな」
マクベスは霊術を封じ込める手枷をはめられた腕を上に上げた。
「にしてもアキラ。なんだか随分と雰囲気が違っているんだが・・・。なんというか以前より色っぽくなった・・・ような?」
合点がいかないように首をかしげるマクベスに、朗は少し赤くなって答えた。
「スドゥークが女に戻してくれたんだ。この国の善導者だよ」
「善導者に会ったのか?」
「うん」
どうやら朗の様子を見る限り自分のように捕えられているわけではなく、その善導者に優遇されているようだ。朗は振り返ってディーオを見た。
「ディーオ。すぐにマクベスを出してあげて。そのつもりで連れて来てくれたんでしょ?」
「霊力を封じる手枷は、スドゥーク様に会うまでははずせませんよ」
「構わないよ。スドゥークはすぐにはずしてくれるもん。マクベスは暴れたりしないから。ね?マクベス」
「ああ・・・」
どうやら朗は随分スドゥークという善導者を信頼しているようだ。それにしてもアデリアやアルの姿が無い事が気になった。彼らはまだ城には到着していないのだろうか。それとも怪我を負ってどこかで助けを待っているのか。いずれにせよ、早急に見つけださなければならない。
アルテウスは何があっても自分で何とかする男だ。だが姫は?何の力もない人間と2人で無事なのだろうか。
はやる気持ちを押さえてマクベスはスドゥークと謁見した。初めて会ったこの国の善導者は自分より少し年上なだけに見えたが、彼もアデリアと同じく随分と長生きしているのだろう。にやにや笑いながら横柄に足を組み、肘掛けにもたれかかってはいるが、その目は抜かりなくマクベスを観察しているようだった。
「いいだろう。枷を外してやるがよい。詳しい話はそちらの善導者が到着してから聞くとしよう」
マクベスの説明を一通り聞いた後、スドゥークが言った。
「マクベス、良かったね!」
朗は手枷を外してもらっているマクベスの元に駆け寄った後、一段高い場所に居るスドゥークを見上げた。
「スドゥーク、ありがとう!」
「お前から恨み言以外の言葉を聞くとは思わなかった」
「そうだよ。3日間もマクベスの事を黙っていたんだから、みんなの居場所が分かったらすぐに迎えを出してよね。もう忘れてたなんて言い訳は聞かないから」
スドゥークとはニヤリと笑うと、ディーオを伴って謁見の間を出て行った。
朗は早速マクベスを連れて、朝行った泉に向かった。泉はとても澄んでいて、これなら霊力も良く通じるだろうとマクベスは言った。水や空気、そしてすべて自然の物には、大なり小なりの霊力がある。この泉のようにとても澄んでいる水に宿る霊力は、人の霊力を受け入れ助けてくれる力も強いのだ。
マクベスが泉に手をかざしているのを見ながら、朗はふと思った。スドゥークに言われて今は何もかもを自分で使えるようになりたいとは思わない。だが水や空気、この世界にある全ての自然が自分の味方をしてくれたら、それはどれほどの力になるだろう。
朗がそんな事を考えていると、マクベスがため息をついて泉から手を離した。
「ダメだな。姫は側に水を置いていないようだ。アルの方に連絡を取ってみよう」
マクベスがもう一度手をかざすと、その手から青い光が沸き起こった。彼が泉に呼びかけると、水面が中心から徐々に揺れだし、まるで遠くの景色を映すように、ぼうっとアルの顔が現れた。
「マクベス!無事だったのか!」
泉の奥からアルの声が聞こえた。彼の後ろからは、不思議そうな顔で赤い髪の魔族の女がそれを覗き込んでいる。
「ああ。爆発に巻き込まれ倒れている所を魔族の兵に捕まったが、アキラのおかげで自由の身になった。お前はどこに居るんだ?」
「俺もナーダに助けられて・・・。ああ、この人がナーダ。彼女の案内で今王城が見える所まで来ているんだ。その城はずいぶんと高台にあるんだな」
アルが隣に居るナーダに親しみのある笑顔を向けながら紹介した。
「俺は気を失ってる所を連れて来られたんで、この城の事は今は全く分からん。だが善導者には話をしてお前達を迎えに行ってもらえるよう交渉してある。まぁ、交渉したのはアキラだがな。そこで待っていろ。すぐに迎えをよこす」
アルは嬉しそうにナーダを見たが、彼女は少し複雑そうな笑顔をアルに返した。
話を終えてから朗とマクベスは嬉しそうに顔を見合わせた。アデリア達の事は分からないが、とりあえずアルは無事だった。きっとアデリアと柾人もどこかで生きているに違いない。そんな希望が持てた。
「スドゥークに言ってくる。すぐ迎えに行ってって」
「俺も行こう。このままだと姫の事が心配だ。捜索隊を出してもらえるよう頼まなければ」
光る街から少し離れた道端で、柾人とアデリアは立往生をしていた。街の人の言う通り歩いて来たが、周りから光が無くなると、方角も分からない闇の中で彼らは一歩も進めなかったのだ。このまま進んでいってその先に王城があるかどうかも分からないし、もしかしたらこの先は水も食べ物もない砂漠かもしれない。
仕方なく彼らはごつごつとした岩場のような場所で一晩明かしたのだった。
「アデリア。水を汲んで来たよ」
柾人の声にアデリアはホッとしたように顔を上げた。柾人が水を探しに行っている間、アデリアは一人ぼっちで暗闇の中を待っていなければならない。何が起こるか分からない恐怖の中で、じっと身を潜めているのはとても辛い事だった。
「ありがとう、柾人。どこかに井戸はあって?」
「いや、この辺は民家もないし。向こうに小さな川があったんだ。出来ればその辺に移動した方がいいな。魚くらいなら俺でも取れるし、アデリア、おなかすいただろ?」
「え、ええ・・・」
パルスパナスから持ってきた食料はもうほとんど残っていなかった。彼等は残っていたパヌタやキノコの燻製を分け合っていたが、いつも柾人は大きい方をアデリアに渡してくれた。それは臣下なら当然の事だろうが、柾人はアデリアの臣ではない。なのに至極当然の事のように彼はそうしてくれた。アデリアにはそれが不思議だった。
柾人の言う通り、川のある場所へ移動した。それほど流れも早くないので何とか魚を取る事が出来そうだ。ただ人の国の魚と違ってこの国の魚はちょっとグロテスクだった。真っ白の体には目が無く、まるで蛇かウナギのようににょろにょろしている。魔族は導主の恵みによって地上と同じように暮らしていけるが、その恵みが無い生物はやはり洞窟の中に生きる生き物と同じように色素を持たず、目も退化しているのだろう。
魚を2匹手に入れた柾人は、手際よく川辺の石を集め、炉を作った。木があればそれに串刺しして焼くのだが、木の少ないこの国には適当な枝など落ちてないので、アデリアの持っていた短剣に刺して、彼女の起こす火にかざし一匹ずつ焼いていった。
「随分と手馴れているのね」
「昔よく俺の家族と朗の家族で一緒にキャンプをしたんだ。あっ、キャンプってこんな感じでみんなで自然の中で泊まるんだけど、楽しいんだよ。夜遅くまで火を囲んで、みんなで歌とか歌ってさ」
「ふーん・・・」
私はちっとも楽しくないけど・・・。アデリアにはこんな場所で寝泊まりする人間の気持ちは良く分からなかった。
「はい、アデリア。焼けたよ」
目の前に差し出された妙な長い生き物を見てアデリアは眉をひそめた。
「これは・・・何?」
「一応魚かな?毒は無いと思うけど・・・」
柾人はアデリアが毒を怖がっているのだと思って、自分が先に食べてみた。
「うん。見かけはグロイけど結構いける。アデリアも食べてみなよ」
アデリアは差し出された魚をちらっと見て顔をそむけた。
「・・・いらないわ」
「どうして?おなか、空いてるだろ?」
「だって・・・」
アデリアは魚から立ち上る、狂おしいような匂いに抵抗しつつ答えた。
「血の出る生き物を食べてはいけないの。それはすべて導主が作られた導主のものだから」
それを聞いて柾人はやっと気が付いた。確かに妖精の国の食卓には魚や肉は一切乗っていなかった。でもこのままではアデリアの体が持たないだろう。
「アデリア。ここはパルスパナスじゃないよ。確かに生き物を食べるという事は、生き物を殺すことだ。だけどそうやってみんな・・・人も獣も魚だって命をつないでいくんだ。食べる事はむやみに命を奪う事とは違うよ。アデリアが彼らを食べたら、それはアデリアの血となり肉となってアデリアの中で生き続ける。だから俺達の国では食事の時、いただきますと言ってそれらの命に感謝の気持ちを表すんだ。それに導主だってアデリアがおなかをすかせて辛い思いをするより、元気に笑っていてくれた方がうれしいと思うよ」
アデリアは顔を上げ、柾人が一口かじった魚を見た。王聖女に食べかけのものを差し出すなんて本来なら信じられないことだが、短剣は一本しかないので焼いた魚はこれしか無いのだ。それに柾人が食べたものなら構わないような気がした。
アデリアは魚を受け取ると、目を閉じて思い切って口に入れた。芳ばしい香りが広がって、こんな高級な食べ物は初めてだと思った。
「不思議だわ。何の味付けもしていないのにこんなにおいしいなんて」
「それはおなかが空いているからだよ」
柾人はアデリアが魚を食べ終わるのを待って、残ったもう一匹の魚を焼き始めた。それを柾人が再び自分に差し出すのを見てアデリアは、益々彼の事が不思議になった。
「あなたは食べないの?おなか、空いているでしょう?」
「この魚、結構いっぱいいるし、俺は又あとから取ってくるよ。とにかくアデリアが元気になる方が大切だから」
私の元気がないから、優しくしてくれるのかしら。そう言えばさっき柾人を待って居た時、とても怖そうにしていたから柾人はそう思ったのかもしれない。
「じゃあ半分ずつにしましょう。一匹も食べられないもの」
「うん。じゃアデリア、先に好きなだけ食べて。残りを俺が食うから」
自分が食べ残した魚をおいしそうに食べている柾人を見て、アデリアはなんだか照れ臭かった。2人でひとつの物を分け合って食べるなんて、月絡の契りを交わした恋人同士みたいに思えたのだ。
のどが渇いた彼らは川辺に行って水を飲むことにした。柾人がくみ上げた水をアデリアが飲もうとしたその時、川の中から自分を呼ぶ大きな声が響いてきて、びっくりしたアデリアは水のカップを思わず放り投げた。
「姫!ご無事だったのですね!」
「マクベス!」
アデリアも川を覗き込んで叫んだ。
マクベスの隣から朗も顔を覗かせている。なんだか少し朗の様子が違ったように見えたが、水面が暗いので柾人にはよく分からなかった。
「マサト!」
やはり朗の声だ。
「アキラ!無事だったんだな!」
「うん。マサトも・・・良かった」
朗は溢れそうになる涙をこらえた。やっと出会えた柾人の顔を涙で曇らせたくなかったからだ。
「お前、今どこに居るの。アルテウスは?」
アデリアが尋ねた。
「アルは今王軍が迎えに行っています。我われも今から出ようと思っていたのですが、もう一度だけ水鏡を使ってみようとアキラが言ったので戻ってきたのです。姫。すぐに私とアキラで迎えに行きますから、そこを動かないで下さい」
「動きたくても動けないわ」
苦笑いを浮かべたアデリアに柾人が言った。
「良かったね、アデリア」
「ええ、マサト」
微笑みながらアデリアが柾人の手を握りしめるのを見て、朗はドキッとした。あの2人ってあんなに仲が良かったっけ・・・。
呆然としている朗にマクベスが走りながら叫んだ。
「行くぞ、アキラ」
「う・・・うん」
振り返ると泉の中の柾人とアデリアが互いを見つめながら微笑み合っているのが見えた。思わず沸き起こった不安を消すように首を振ると、朗はマクベスを追った。




