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ツインブレイバー  作者: 月城 響
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大臣の策略

 コアがじっと自分の見つめる中、カイは静かに玉座の下まで歩いて来ると、コアの横に跪き頭を下げた。


「王。コアの言う、妖精を支援する者の存在。その者は必ず善導者の側に居るでしょう。地上に降り、その者を突き止め、善導者と共に仕留めてまいります」


 コアが驚いたように瞳を見開いた。インはやっと顔を上げ、カイを見つめた。


「お前が行ってくれるのか。カイ」

こころのままに・・・」


 カイが心を決めたのを見て、思わずコアは叫んだ。


「カイが居なければ、王軍を統率できるものは誰も居なくなります!」

「テス将軍が居られる」

 王の代わりにカイが答えた。


 あんな老人、何の役にも立たないじゃないか。そう言いたいのをコアはぐっと押さえた。


 本当にもう、どうすることもできないのだろうか。コアは己の力のなさを悔やんだ。敬愛する王の心を救えず、たった一人の親友ともが死地に向かうのを止めることもできない。


 インはゆっくりと玉座を降りると、跪いたカイの前に立って頭に両手をかざした。きらめく薄紫色の輪が現れ、それが徐々にカイの頭の上まで降りてきて留まった。これは王が出陣する者に与える祝福である。もちろんカイにとってそれを受けるのは初めての経験だった。輝く紫の冠をいただいたカイには、もはや恐れるものは何もなかった。


「私が王の御前に戻った時、もはやパルスパナスは滅びを待つだけの国になりましょう」





― そう豪語して出てきたくせに。何なのだ、この有様は・・・ ―


 カイは苦々しい思いで再び根のはびこった天井を見上げた。あの日、出陣する私をコアはすぐ側で見ていたのに、何も言わなかった。ただじっと・・・まるで泣きたいのをこらえていた幼き日のように、私を見ていた。そして最後の最後、飛び立とうとした私に彼は声をかけた。


「オーラティン・フィルフィナール!」


 それはカイの本名だった。あまりに久しぶりにそれを聞いたので、一瞬それが他人の名のように聞こえた。コアはそれ以上何も言わなかった。激励の言葉も、必ず戻って来いという見送りの言葉も・・・・。だがそれが彼の中にある様々な感情を表しているように思った。あいつにはこうなる事が分かっていたのだろうか・・・。





「せっかくこの国の王城を見つけたというのに、私が捕まってしまった為にカイ様まで巻き込んでしまい、申し訳ありません」


 ユリウスがまだ牢の向こうから言った。


「お前のせいじゃない。私も同じ奴に・・・」


 カイはついこの間戦ったアキラと言う人間の事を思い出した。羽を持たない人間の癖にこの私の霊力ちからを切り裂き、最後には剣で私を倒した。


「それがまさか、あんな少年だったとはな」


 カイは先日会った朗の顔を思い浮かべた。


― 言いたいことがあるんじゃないの?だから掟を破ってまで妖精国に攻め入って、彼らを殺したんでしょ ―


「ふん、偉そうに。お前が助けている妖精共が何をやったか知らぬとでも言うのか」


 憎しみを込めて呟いた後、カイは誰かの足音に気づいて顔を上げた。始めは牢番が見回っているのかと思ったが、自分の居る独房の前に現れたのは、足首まである白い衣服を来た老齢の妖精だった。


「そなた、カイと申すのか。わしはパルスパナスの左大臣、オクトラスだ」


 カイは怪訝そうな目でオクトラスを見つめた。左大臣のような重臣がこんな牢屋にやって来るとは考えにくかったのだ。


「妖精は他の種族に泣きつくだけじゃなく、盗み聞きも得意なようだ」


 カイの皮肉にオクトラスはにやりと目を細めた。


「この赤い花は見張りだけでなく、声を伝えることも出来る。だが今からする話には不必要だな」


 オクトラスが花に手をかざすと、赤い花は急にしぼみ、そのまま地面の中へ消えて行った。


「話だと?お前達に話す事など何もない」


 カイは以前、朗に会った時と同じようにオクトラスをにらみつけた。


「別にそなたから何かを聞こうとは思わぬ。話があるのはわしの方だ。そなたにとってもサラーシャにとっても悪い話ではないぞ。どうだ。ちこう寄らぬか」


 カイは疑るような目で妖しく笑う老齢の妖精を見た。もしかしたら自分を殺すつもかもしれないと思ったが、左大臣がわざわざこんな所に来て自ら手を汚さなくても、部下に処刑せよと命じれば済む事だ。


 カイは立ち上がると、オクトラスを見据えながらゆっくりと近づいた。カイが側まで来ると、オクトラスは目を細めてニヤリと笑いながら手招いた。


「もっと近くに・・・」


 カイは心の中でチッと舌打ちしながら、憎い妖精の口元に耳を近づけた。オクトラスはカイにだけ聞こえるように小さな・・・だが深い場所から響くような声で囁いた。


「そなた達は善導者を殺す事を願っておるのだろう?だが今、善導者はこの城にはおらぬ。どうだ?そなたが確実に善導者を殺せるというのなら、わしがそこへそなたらを送ってやろうぞ」








 朝、朗はむくれた顔で朝食を取っていた。向かいにはスドゥークが昨日と同じようにくだけた座り方でマーに肉をはさんで食べている。


「そんな顔をするな。キレイな顔が台無しだぞ」

「私は子供だから、そんな褒め言葉ちっとも嬉しくない」


 スドゥークの言葉に朗はそっぽを向いた。実は食事前にスドゥークと試合をしたのだが、昨日と同じく全く歯が立たなかったのだ。今日こそ彼に勝って柾人やアデリア達を探してもらおうと思っていたのに、朗の剣は彼にことごとく跳ね返され、最後には剣先を顔をに突き付けられて終わった。


 今まであまり勝ち負けにはこだわらずに生きてきたつもりだが、大人も顔負けの強さと称されてきた朗にとってはやはり悔しいものだった。


 私だって何百年も生きて修行していれば、絶対に負けないのに・・・。そんな風に言うと、負け惜しみにしか聞こえないので黙っていたが、どうしても悔しい気持ちが顔に出てしまうのだ。


 朗がずっとふくれっ面なので、スドゥークは彼女にこの国で一番おいしいと言われるフルーツを勧めた。国有林である灯木の側でしか育たないテルマという実で、太陽の果実という意味である。ナーダの妹テルマと同じ名だが、彼女の名もその実が由来だった。


 そのフルーツを一口食べた朗の感想は「うわっ、本当においしい。マンゴーとメロンとパイナップルを合わせたような感じ」だった。どうやら朗の好みの味だったらしく、食事が終わる頃、朗の機嫌はすっかり良くなっていた。


 彼らが食事を終えたのを見計らって、外に控えていたディーオが部屋に入って来たのでスドゥークも立ち上がった。


「今日は他の王達との国議があるからな。それが終わったらいい所に連れて行ってやるぞ」


 いい所、と言う場所よりも朗には他の王という言葉の方が気になった。


「他の王って、スドゥークの他に王が居るの?」

「正確には王候補の王族だ。俺に何かあった時、善導者や王が居なければ国が乱れるからな。8人ほど居るが、どいつもこいつも王様気取りで俺のやり方に口出ししてくる。面倒な奴らだ」


 スドゥークは苦笑いすると、ディーオと部屋を出て行った。


 自由奔放に見えるスドゥークも色々大変なようだ。朗はまだ残っているテルマを一切れ掴むと、口に入れた。


 それにしても、この世界も国によって随分と様相が違っているようだ。妖精の国の王族はもうアデリアただ一人である。そう言う意味でアデリアは本当に特別な存在だ。この国でも善導者はスドゥークだけなので彼は特別なのだが、他にも王や善導者になれるものが居ると言う意味では人の国と同じだ。王位継承権を持つものが居て、何かあれば取って変わられるという懸念があるからスドゥークは有能な指導者になったのかもしれない。




食事を終えた朗は部屋を出て、長い廊下を歩き始めた。この城は地下にある城なのに、妖精の国の王城よりずっと明るい。壁の両側には短い間隔で灯木が灯り、ところどころに装飾を凝らした灯木も飾ってある。その廊下を抜け階段を降りると、中庭に抜ける通路がある。実は朝ディーオに会った時、水のある場所はないかと尋ねたのだ。中庭には水の湧き出る泉があるというので、そこへ行くつもりだった。



 柾人に会って霊力は人の世界でいう気の力ではないかと言われ、何となく朗には霊力が理解できるようになっていた。スドゥークの黒い霊力に包まれて身動きできなかった時、それを払えたのも朗が霊力を理解し、使えるようになってきたからだ。だからもしかしたら水鏡を使う事も出来るのではないかと朗は思った。


 きっとみんな連絡を取り合うために水を近くに置いているはずだ。そう考え朗は水のある場所を聞いたのだった。


 朗が訪れた庭は、朝スドゥークと剣の練習をした場所ではなく、人の国の庭園と同じような整えられた庭だった。ただ人の国と違うのは、ほとんど木が無く、その代わりにたくさんの石で造られた像や、それを照らすように背の高い灯木で彩られている事だった。


 

 庭園の奥に石造りの壁から水が湧き出ている泉があり、その周りも丁寧に並べられた石で形造られている。朗が泉を覗き込むと、暗い水面に灯木で照らされた自分の顔が写った。


 そっと目を閉じ、水面に両手をかざすと、仲間達の事を思った。柾人、アデリア、アルテウス、マクベス・・・。どうかみんなに会わせて・・・・・。


 手の平がほんの少し暖かくなった気がしたので目を開けてみたが、暗い水面には何の変化もなかった。


「ダメかぁ・・・」


 朗はがっくりしてため息をつくと、泉の端に座った。


「私の力って戦うしか能がないのかな」


 そう考えると以前、アデリアと話した事を思い出した。アデリアの戦う力は王族の割には低いそうで、高吏とそんなに変わらないそうだ。だがその分人の傷を癒したりする力はとても強くて、ほんの少しの傷程度なら、アデリアが手をかざしただけですぐ消えてなくなるのだ。それは他のどんな力の強い高吏にも出来ない事だった。


 反対にマクベスは戦闘型だ。剣の腕も戦う霊術も妖精の国で彼の右に出るものは居ない。アルテウスはマクベスほど霊力を使えないが、彼は霊術を防ぐ力に長けている。とっさの時に彼が作る防御壁に朗も助けられた事があった。


 朗は自分もマクベスと同じ戦闘型だと思ったが、出来ればアデリアのような人を癒す力やアルのような人を守る力も欲しかった。木霊王の選定者として妖精の国の人々を助ける為に来たのに、霊力も不安定で水鏡も使えないなんて、何となく自分が役立たずなように思えた。


「みんな、どうしてるかなぁ・・・」


 朗は星の見えない空を見上げて、ぽつりと呟いた。






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