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ツインブレイバー  作者: 月城 響
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妖精の国

 目を覚まして最初に見たのは、ベッドの周りを取り囲む赤い花だった。にょきにょきと伸びて、20センチ以上もある大きな花を開かせ、風もないのにゆらゆらと揺れながらこちらを見ているみたいだ。半身を起してその花に触れると、びくっと体を震わせつぼみになったかと思うとすぐに小さくなり、そのあと草むらの絨毯が部屋中に広がった。


 周りの石壁には木を組み合わせて作られたライトがいくつもついていたが、電球もろうそくも付いていないので、どうやって明かりを点けるのだろう。見たこともない不思議な空間だが、妙に心が落ち着く気がした。


「あーあ、やっぱりさらわれちゃったかぁ・・・」


 朗は呟きながら頭に手をやった。やたらと髪の毛が伸びていたので、(以前はショートだった)前に持ってきて見ると、真っ赤だった。


「げっ、何これ」


 それにしてもなんだか体が変な感じだ。まるで自分の体じゃないような気もする。手を見ると以前より少し大きくてごつごつしていた。いやな予感に駆られてベッドを出た。部屋の中に鏡が無かったので、手を洗うボールだろうか、張ってある水に顔を映してみた。


「何、これぇーっ!」


 水に映った自分は、以前の自分とはまったく違っていた。腰まである赤銅色の長い髪。深い緑の瞳。しかも・・・・。


「なんで男になってるのよー!!」



 袖をめくりあげてみると、やはり男の子の腕だ。


「やだやだ。気持ち悪い」


 もしかしたら羽根まで生えているかもしれないと思って背中を触ったが、幸いなことに背中には何もなかった。


「良かった。いや、ちっとも良くないわ」


 部屋を見回すと、連れて来られるとき驚いて手放してしまった鞄と竹刀の入った袋が、きちんと机の上に並べて置いてあった。


「一応、礼節はわきまえている人達みたいね」


 とはいえ、こちらの了解もなしにいきなり連れてくるのはあまりにも乱暴だ。とにかくこの世界で唯一の知り合いであるマクベスとアルテウスを探して事情を説明してもらおうと決めた。朗は袋から竹刀を取り出すとドアノブに触れた。するとまるでドアを開けるのを阻むように、すうっと伸びてきた草のツルが手を覆った。一瞬驚いて手をひっこめそうになったが、ぐっとこらえて呼びかけてみた。


「私は外に出たいの。行かせてくれる?」


 ツルは少しだけ体を震わせたが、手から離れようとはしなかった。


「お願い」


 じっと考えるように間を取った後、ツルはするすると短くなり、やがて消えていった。ホッとしてため息をついた後、朗はドアを開けて外をのぞいた。


 広い廊下が右にも左にもずっと奥まで続いている。どちらに行けばいいのか分からないので、とりあえず右側の廊下を歩き始めた。





 竹刀を担いでのしのし歩いていると、背中に2枚の羽根がある召使風の女が折りたたまれたシーツを持って歩いてきたが、朗を見るとびっくりして立ち止まった。


「あ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど・・・」


 マクベス達の居場所を聞こうとしたのだが、召使いは持っていたシーツを投げ出して叫び声を上げながら逃げて行った。


「何、あれ。人をお化けみたいに。感じ悪いな」


 朗はむっとしたが、確かに真っ赤な髪の男がセーラー服を着て歩いていたら、日本でも変人扱いされるだろう。


「もう、やだなぁ」


 ため息をつくと、彼女は再び歩き出した。




 しばらく行くと、石造りの階段を見つけた。別にここから逃げるつもりは無いので、上に向かって上がっていくことにした。




 朗がその階段を上り始めた頃、先程の召使いは息せき切って城を守る衛兵の隊長室に飛び込んでいた。


「ゴラン隊長!大変ですわ!」


 ゴランと共に総隊長のメディウスも居たので、召使いはかなり誇張を交えて先程出くわした赤毛の化け物の事を話した。


「赤い髪など妖精にも天空族にもおらぬ。まさか魔族か?」


 とにかく早急に捕えよとの命を受け、ゴランは衛兵を三つに分け、化け物が向かったという北の塔へ兵を向かわせた。




 その頃、階段の途中にある明り取りの窓から外を見た朗は、その幻想的な美しさに思わず見とれていた。遠くに霞むように見える切り立った岩山。歳月を経た巨大な木々が生い茂る森。眼下に広がる湖は深く澄み、いくつもの尖塔を持つ、この優美な城を鮮やかに映し出していた。


「キレー!これが妖精の国かぁ」


 だが階下から20名ほどの男達が塊りになって上ってきたので、朗は驚いて振り返った。


「居たぞ!化け物だ!」

「捕えろ!」

「ば・・・化け物?」


 何が何だか分からないが、とにかく逃げた方がよさそうだ。


「ちょっと、私は化け物じゃないわよ。マクベスを呼んでよ!」


 叫びながら階段を駆け上がったが、興奮している兵に聞こえるはずもなかった。最上階に着くと外への出口があった。逃げ切れるかもしれないと思い出てみたが、そこは崖の上に張り出した石畳の広場で、周りについている石の手すりから向こうは空が広がっていた。


 その手すりまで追い詰められた朗は、はるか下を見下ろしたあと振り返った。先程の衛兵がずらりと周りを取り囲んでいる。出入口からはまた別の兵が走って入ってくるのが見えた。


「仕方ないな。ちょっと痛いよ」


 朗が竹刀を構えた時だった。ヒュンヒュンという風を切り裂く音と共に、無数の槍が上空から降り注いだ。槍は朗を取り囲んでいる衛兵の幾人かの体を貫き、驚いた兵達は慌てふためいて今入ってきた入口に向かって後退を始めた。


「天空族だ!」

「下がれ!下がれぇー!」


 振り返った朗の目に、真っ白な羽根を持つ巨大な鳥の群れが映った。そしてそれは近づくにつれ鳥ではなく、人と同じような姿となって急降下すると、逃げ惑う衛兵たちに襲い掛かった。


「城には入れるな!入口を死守しろ!」


 司令官の声に妖精たちも剣を構えて飛び立ち、戦いが始まった。


 驚いたようにその様子を見ていた朗は、何となくここへ連れて来られた理由を理解した。


「あんた達のせいで・・・・」


 剣を構え見上げた上空に、今にも自分に襲い掛かろうとする2人の天空族が居た。


「柾人に会えなくなっちゃったじゃないのーっ!」




 天空族の急襲は、すぐにアデリア姫のもとに知らされた。


「それで戦況は?」

「それが・・・はじめは劣勢だったのですが、赤毛の化け物が天空族相手に暴れ回っておりまして・・・」

「赤毛の化け物?」


 そこに居たマクベスとアルテウスは思わず顔を見合わせた。


 天空族が現れたのは、飛行兵が空から戻ってくる時の着地場だった。急いで駆け付けてみると、朗が襲ってくる天空族相手に「バカーッ!」「責任とれーっ!」と叫びつつ暴れ回っている。彼女には羽根もなく飛べないはずなのに、大きな跳躍と共に空中に居る天空族と剣を交え、一瞬で叩き落とした。


 剣を振るうたびに金色の帯が剣筋の残像を描き出す。やがてその光は朗の周りを取り囲み、彼女の力をさらに増幅していくように見えた。


 舞い散った白い羽根が全て地面に落ちた後、その場に立っていたのは朗だけになっていた。


 選定者としての朗の力に感動しつつそれを見つめていたマクベス達は、朗が激しく息を切らしながら自分達をにらみつけているのに気が付いた。


「マクベスゥ、アルテウスゥ、あんた達、よくも断りなく私をさらったわねぇぇ・・・」

「ア、アキラ殿。落ち着いて下され。今からその理由を説明しようと・・・・」

「やかましいわ!」


 興奮している朗に、待ったはきかなかった。



 朗の剣の餌食になったマクベスとアルテウスは、やっと落ち着いてくれた朗をアデリア姫のもとへ連れて行った。抜けるような白い肌と少し緑がかった金色の髪。マクベス達と違って想像とたがわぬ美しい妖精の王女に朗のご機嫌もよくなったようだ。


「わあ、キレー!すごいびっじんー!」


 朗の率直な賞賛の言葉に、アデリアは思わず頬を赤くした。王女とはいえ、彼女はこの妖精の国の最高権力者である。今まで誰もこんな風に親しく接してくれる者は居なかった。


「選定者アキラ。良くこのパルスパナスにお越しくださいました。妖精の国の全ての民になり替わり礼を申します」

「うーん、それはいいんだけどさぁ。どうして私がここに来なきゃならなかったのか教えてくれない?わけ分かんない内にこの2人にさらわれちゃったし、おまけにどうして私、男になっているの?」


 朗の言葉にアデリアは驚いたような顔をした後、2人の従者を睨み据えた。


「マクベス、アルテウス。まさか何の説明もなしにアキラを連れてきたのですか?」


彼らは顔をひきつらせた後、すぐその場に跪いた。


「も、申し訳ありません。何分なにぶん時間もあまりなく、アキラ殿にはあとで説明しようと・・・」

「そういう問題ではないわ!まったくあなたたちときたらどうしてそう物事の順序を考えずに動くのです。事を急いても良い結果は生まれないのですよ!」


― だって姫が一刻も早く連れて来いって言ったんじゃないか ―


 心の中でそう叫びながら、マクベスは必死に言い訳を考えた。


「しかし、とうとう天空族がこの城にまで攻め入って来た事を考えますと、期を見極めている場合では・・・」

「言い訳はよろしい。あなたたちときたらいつも言い訳ばかり。とにかくアキラに謝るのです。普通に謝るだけではダメよ。きちんと平伏して謝りなさい」


 大の男が自分と同じくらいの少女に怒られて小さくなっている姿は面白かったが、さすがに土下座までさせてはかわいそうだ。


「もういいよ。2人とも反省しているみたいだし。とにかく事情を説明してくれる?」

「アキラは心が広いのですね」


 アデリアはにっこり微笑むと、マクベスに説明するよう命じた。


「この世界には4つの領域があり、それぞれの国には決して踏み込んではならないという掟があることはお話ししましたね。それはもちろん、政治的に関与することも互いの国々で交易することも禁じられております」

「それはどうして?ほかの国と仲良くしたり、情報を交換するのは国の発展にもつながると思うけど」

「人の世界でいう経済的な発展など、我々には必要ありません。我らには導主から与えられた力があります」

「力って、私をさらおうとした時に使った力?」


 マクベスが困ったような顔をしたので、アルテウスが話を引き継いだ。


「そうですね。我らはそれを霊術と呼んでおりますが、他にも人の目から姿を隠したり、幻を見せたりすることもできます。ただこの世界の人族もあなたたちと同じようにそのような力はありませんので、国を勝手に分割して、それぞれの王が好き勝手にやっているようですが」



 話がそれてしまったので一呼吸置くと、アルテウスは先程襲ってきた天空族が1年ほど前からこの妖精の国のあちこちでたくさんの同族を襲い、殺してきたことを話した。


「どうして突然天空族が妖精族を襲ってきたの?何千年もそんなことは無かったんでしょう?」


 その質問にはアデリアが答えた。


「わからないのです。木霊王におたずねしても、その理由に関しては何も答えてくださいませんでした」

「え?木霊王と会話ができるの?」


 朗は驚いて尋ねた。以前マクベスから聞いた話から、導主とは人の世界でいう神のような存在だと思っていたからだ。


「導主は我らの生活に直接かかわることはありませんが、時に訓戒を施し、我らに正しい道をお示しになります」


 その訓戒を聞くことが出来るのは、その国の王の後継者である王聖子や王聖女で、それは善導者と呼ばれる。善導者は婚姻し前王が亡くなれば王になるが、子をし、その者が次の善導者となるまで永遠に生きる命を与えられることになっていた。


「もちろん人族の善導者は永遠に生きることはありません。人族は他の3つの国とは明らかに違っています。我らは善導者でなくても、少なくとも500年位の寿命はありますが、人族はその10分の1程度の寿命しかありません。ですから今では他の3つの国の存在さえ、伝説やおとぎ話の中でしか語られなくなっています」


「ふーん」


 アルテウスの話に聞き入っていた朗はふと思いつくことがあった。


「ねぇ。導主ってすごい力のある存在なんでしょ?天空族の導主・・・つまり天帝に話をしてもらって、天帝から戦いをやめるように言ってもらえないの?」

「種族同士の争いに導主は関わったりはなさいません。導主はもともとそういった事にならないよう、国同士が関わり合う事を禁じておられるのですから」


 マクベスの言葉にアルテウスが付け足した。


「ですから木霊王は我々にあなたという選定者、つまり選ばれし者を与えてくれたのです」


 それでも朗は納得がいかないように言った。


「それなんだけど、そうして私が選定者なわけ?」

「木霊王が教えて下さったのは、あなたのいる場所とアキラという名前でした。それだけでしたら同じ名前の方もおられるでしょうが、何よりあなたは我々の言葉を理解している。それこそがあなたが木霊王の力を受けた方だという証拠です」


 確かに彼らの言葉は日本語ではない。それでも彼らの言葉が聞き取れ話すことが出来るのは不思議だった。


「一つ聞くけど、もし戦いが終わってすべてが片付いたら、私はどうなるの?」

「もちろんあなたの望み通りに。元の世界に戻りたければお戻ししますし、この国に残っていただいてももちろん結構です。あなたは木霊王の選定者。この国に居る間は善導者と同じく、老いることも死ぬこともない。永遠の命を与えられます」


「永遠の命?」


 朗はびっくりして聞き返した。永遠に生きる。それはとても魅力的で、恐ろしい事のような気がした。


「はい。ですが善導者もそうですが、胴と首を真っ二つに切られたり、全身が焼かれて灰になれば死にますのでお気を付けになってください」

「はあ・・・」


「それからあなたが男の姿になっているのは・・・」


 アルテウスは少し言いにくそうに間をおいてから切り出した。


「多分、戦うには男の姿の方が力もありますし、有利だからだと思いますが、その赤い髪は我らの種族や天空族の中でも見かけた事はありません。ですからなぜ木霊王があなたをその姿にされたのか、我らには分かりかねます」


 道理で化け物扱いされたはずだ。とりあえず自分の世界に戻れば元の姿に戻れるようなので、朗はホッとした。



 ほかにもいろいろ聞きたいことはあったが、こちらの世界に来たばかりなのに、竹刀を振り回して戦ったからか、姿かたちが変わってしまったせいか、とても疲れていたので、先程の部屋までアルテウスに送ってもらうことにした。


 その途中でも朗は思いついた事を聞いてみた。


「ねぇ、アデリアの両親・・・えーと、王様と王妃様?はどうしたの?」


 こちらの世界では後継者である善導者のみが王になるので、王聖子でも王聖女でも婚姻した後、王が亡くなれば新たな王になる。王と婚姻するものは夫はおう、妻であれば亜妃あひと呼ばれていた。 


「妖精国の王はもう400年も前、アデリア姫に善導者を譲られ150年前に。亜妃様も130年前に天寿を全うされました」


 ではあの若くて美しいアデリア姫はすでに400歳以上という事だ。マクベスやアルテウスよりずっと長生きしているのだろう。


「じゃあ、王は居ないんだね。天空族には?」

「同じ地上に居る人族の事はわかりますが、天空族と魔族の事は一切わかりません」

「ふーん」


 朗が黙り込んだので、アルテウスは気になっていた事を尋ねてみた。


「あの・・・アキラ様の部屋にはあなたが気付かれたら知らせるようにするのと、部屋から出ていけないようにする術がかけてあったのですが・・・」

「ああ、あの大きな花とつる草みたいなの?花の方は触ったら引っこんじゃったし、つるの方も行かせてってお願いしたら消えてくれたよ」


 どうやら選定者につまらない仕掛けはきかないらしい。アルテウスは苦笑いすると、朗が寝て居た部屋のドアを開けた。


 アルテウスが挨拶をしてドアを閉めようとしたので、思わず朗は呼び止めた。


「あの・・・ほんの少しでいいから、向こうの世界がわかるような術ってない?パパやママが心配していると思うから」


 アルテウスはふと水鏡のことを頭に思い浮かべたが、首を横に振った。


「アキラ様がそういった事を気になさらないよう、あなたがこちらに来た段階であなたを知るものが術にかかるようになっています。これは木霊王のお力によるものですが」

「木霊王が?」

「はい。アキラ様が元居た世界に戻られるまで、彼らはアキラ様の事を忘れております。アキラ様の痕跡もすべて消し去られるでしょう。ですからあなたが居なくなったと騒ぎになるようなことは無いと思います」


 アルテウスが去って行ったあと、朗は呆然としてベッドの端に腰かけた。みんなが自分の事を忘れている。それはとても寂しいことだが、両親が行方不明になった娘を心配して辛い思いをするよりはずっといい事だ。


 だがそれでも、朗はたった一人だけには自分の事を覚えていてほしかった。最後に会った日、彼が自分の名を呼ぶ声を思い出しながら、朗は小さく呟いた。


「柾人・・・・」











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