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ツインブレイバー  作者: 月城 響
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ざわめく心

 先程寝かされていた部屋に戻ると、なぜか別のドレスが用意してあったのでそれに着替え、朗はディーオに連れられて再び城の暗い廊下を歩いて行った。アデリアといつも食事をするのは12人ほど座れる大きなテーブルのある部屋だが、通されたのはそれほど広くは無く、床にいくつものクッションが並び、それに合わせた低いテーブルが置かれた部屋だった。


 だが部屋の壁にはたくさんの灯木で作られた飾りがあり、窓のない空間なのにとても明るかった。考えてみればいつも外は暗闇なので、空気取りの窓しか建物には必要ないのだろう。そんな事を考えていると、床にたくさん並んだクッションに腰かけたスドゥークが声をかけた。


「そのドレスも良く似合ってるな。適当に座れ。堅苦しいのは嫌いなのでな。食事はいつもこんな感じだ」


 朗はうなずくと、スドゥークの斜め前のクッションの山に腰かけた。テーブルの上には肉を中心とした献立が並んでいる。パルスパナスで木の実やきのこ類中心の食事ばかりだった朗は、久しぶりの肉料理に心が湧きたった。一口食べると少し硬いがいい味付けだ。


「おいしい、このお肉。何の肉?」

「知らぬ。そのあたりに居る獣の肉だろう?」


 スドゥークは料理の内容にあまり興味がないのか、肉をかじりながらそっけなく答えた。


「獣って・・・もしかして霊獣?」

「霊獣?なんだそれは。獣は獣だろう」


 パルスパナスでは森に居る動物を霊獣と呼んで神聖視しているが、この国ではそんな習慣はないのだ。だから羽根のある動物も乗り物代わりにしているのだろう。その大鳥の名は、モーブと言った。


 朗はパヌタのようなパンに似たものも食べてみた。味がたんぱくなのは同じだが、パヌタより少し柔らかいようだ。


「これはなんて言うの?パルスパナスでは似たようなものをパヌタって呼んでるよ」

「マーだ」


 さっきまで良くしゃべっていたスドゥークだったが、食事になると急に無口になるようだ。そうなると朗は色々聞いてみたくなった。


「あの人、二枚羽だったね」


 朗はさっきスドゥークと練習試合をしていた男の事を聞いてみた。スドゥークはやっと空腹が満たされてきたのか、手を止めて飲み物のカップを取った。


「グールか?あいつは100人の猛者(もさ)を倒して俺の護衛になった。まぁ俺に護衛は必要ないので、ほとんど剣の練習相手だがな。この城にはそんな奴が一杯居る。計算に長けた者、治水に詳しい者、家や橋を作るのに長けたもの。


 俺は身分が低くても、出来る奴はいくらでも起用する。反対に役に立たん奴は高吏でも側にはおかん。だから皆必死だ。ただ城の中で4枚羽と2枚羽に分かれていがみ合いが起きるのは問題だがな」


 どうやらスドゥークはなかなか敏腕な善導者のようだ。それにあれほどの剣を使えるのは長く修行をしているからに違いない。そう考えると、朗はスドゥークの年齢が知りたくなった。


「そうなんだ。色々大変だね。所でスドゥークはいくつなの?私は17歳なんだけど」

「17?」

 

 スドゥークはカップを手に持ったまま、思わず眉をひそめた。


「17歳など、まだ赤ん坊のようなものだぞ」

「私の国では20歳で成人なんだ。平均寿命が80歳くらいだから。あっ、でも今私は木霊王の選定者だから善導者と同じように永遠に生きられるらしいけど・・・」


― ほう。導主に選ばれし者・・・か。だからわずか17歳であれほどの剣と霊力を備えているのだな ―


 スドゥークは益々朗に興味を持った。


「永遠の命か。長生きするのはいい事だ。自分が行った政策の結果を知る事が出来る。絶対的な指導者を失った後、国は崩壊しやすい。だが生きていれば益々繁栄する」


 そう言いつつも、スドゥークの口調は少し冷めているようだった。


「そうだね。パルスパナスの善導者もまだ王になってないから結構長生きしてるんだよ。あちらは王聖女なんだけど」


 まだスドゥークの年齢を聞いてないが、せっかくパルスパナスの話題が出たので、このまま援軍の話に持っていってしまおうと朗は考えた。


「それでね、私たちが何故この国に来たかなんだけど・・・」

「おお、そうだ」


 急にスドゥークが朗の話を遮った。


「言うのを忘れておったが、この城の周りには妖精が近づけぬよう、俺が強力な結界を張り巡らせている。この俺がかけた術だ。ちょっとした霊力の高吏でも簡単にはたどり着けん。城の周りで永遠に迷路にはまり、その内死ぬかもしれんな」


 朗は呆然としてスドゥークを見た。そんな大切な事を忘れていたなんて絶対嘘だ。せっかくいい人だと思い始めていたのに・・。


「もしかして・・・この国に来るのに凄く時間がかかったのも、あなたのせい?」


 朗はうつむいたまま静かに尋ねた。だが握り締めた手は怒りで震えてきそうだった。


「ああ、そんな事もしたかな。地上からの来訪者など、どうせ面倒な問題を持ってくるだけだ。問題の目は早く摘むに限る」


 スドゥークの仕打ちに朗の目に涙がにじんできた。彼のやったことは国を守るトップとして正しい事なのかもしれない。でもこの国に至るまでの道は、暗闇に慣れていない彼らにとって本当に恐怖だった。マクベスもアルも命がけで私と柾人を守ってくれた。彼らだけならもっと楽に辿り着けただろうに・・・。


「どうせ・・・結界を解くにも条件を出すんでしょ?」


 涙目で見つめられると、スドゥークは小さくため息をついて立ち上がり、部屋の出入口に向かった。


「そうだな。毎日俺の剣の練習に付き合え。今度グールに勝ったら、あいつは女装して主官長とダンスを踊らなきゃならん。そんな気持ちの悪いもの、俺は見たくないからな」


 スドゥークが出て行ったあと、朗は涙をふき取り、ふくれっ面でつぶやいた。


「ひねくれ者・・・・」






 人の多い通りの端にゴザを敷いて物売りをしている老婆を見つけると、柾人は声をかけてみた。


「あの、王城に行くにはどうすればいいですか?」


 老婆は深いしわの刻まれた顔を上げて柾人をちらっと見ると、手のひらを差し出した。どうやら金を渡さないと教えてくれないようだ。この国の通貨を持っていない柾人は、仕方なく立ち上がった。


「どこの国もせちがらいなぁ・・・」


 柾人はふと日本で朗を探している時、たくさんの占い師に金を要求されたのを思い出した。他の人にも聞いてみたが、皆「あっちの方」とか「その通りを真っすぐ行けばいいさ」としか教えてくれなかった。


 仕方がないので柾人はアデリアを連れて何人かの人が指差した方角に歩き出した。しばらく歩くと急に人の数が増えてきた。喧騒の向こうを見てみると、どうやら市が立っているようだ。


 妖精の世界に通貨は無く、たいてい皆自給自足で暮らしている。必要な物があれば、自分で作るか、互いに譲りあう程度だ。こんな風に人々が集まって物を売り買いするなど皆無だったので、アデリアは初めて見る市に興味津々だった。


「まあ、見て!あの岩のような堅そうな塊は何かしら。食べ物?」

 アデリアは大きなザルに盛られた黒い塊を指さした。


「さあ、俺にはよく分かりませんけど」


 妖精の国も魔族の国にもまだあまりなじみのない柾人は首を傾げた。


「これはこの実をあの的に当てるゲームね。私なら全部中心に当てて見せるわ」


 石の器にたくさん入っている小石をアデリアは木の実と勘違いしているようだが、それを取ろうとした彼女の手を柾人は慌てて掴んだ。


「だめですよ。俺達は金を持ってないんですから」

「金?それってなあに?」

 

 ダメだ。こんな世間知らずのお姫様を放っておいたら、絶対騒ぎを起こすに違いないぞ。そう思った柾人はそのままアデリアの手を引いて歩き出した。


「急ぎましょう、アデリア様。きっとみんな俺達が来るのを待ってますから」


 自分の手を強引に引いて前を歩いて行く柾人の背中をアデリアは目を丸くして見た後、彼の手を見つめた。王聖女の手をこんなに強く握った者はかつて誰も居なかったからだ。


 人間の手ってこんなに暖かかったかしら・・・。朗とも違う、少し大きな手。なぜだかわからないが、急に胸が波打つような気がした。


「あっ!」


 ぼうっとしていたアデリアは道端の石につまずいて前に倒れた。その拍子に幻術が解けて、アデリアは元の妖精の姿に戻ってしまった。もう市からは離れていたが、まだ通りにはたくさんの人がいて、その中の1人が声を上げた。


「よ、妖精だ!妖精だぞ!」


 男の声に悲鳴が上がり、彼らの周りに人だかりが出来た。


「昨日兵に追われていた奴だ」

「侵入者め!」


 誰かが投げた石がアデリアに当たると、皆が石を拾って投げ始めた。


「アデリア!」 


 柾人はアデリアが怪我をしないよう、背中からギュッと抱きしめた。もし柾人がそうしなかったらアデリアはその霊力で全員投げ飛ばしていただろう。だが自分が守られていると思うと、急に怖くなってきた。


 「マサト、マサト、放して。こんな奴ら、吹き飛ばしてやるわ」


 震える声でアデリアが言ったが、柾人は頭や肩に石のつぶてが当たっても、彼女を放さなかった。


「マサト・・・・」


 アデリアが彼の腕をギュッと握りしめた時、また誰かが叫んだ。


「王軍だ!地王軍が来たぞ!」


 昨日の軍と妖精との戦いで凄まじい爆発が起き、兵が怪我をした噂は更に大げさになって市民の間に伝わっていたので、そこに居た人々は慌てて逃げ出した。それを見た柾人も立ち上がり、アデリアの手を掴んで走り出した。 


 アデリアが又転んでも今度は決して手を離さないようしっかり彼女の手を握りしめ、柾人はとにかく走った。そしてアデリアはさっきより更に胸が高鳴るのを不思議に感じながら彼の背を追った。




 やっと人気(ひとけ)がなくなった頃、柾人は建物の間の路地裏に身を隠し、空を見上げた。どうやら気づかれなかったようで、追手の姿はなかった。


「大丈夫ですか?アデリア様。けがは?」


 アデリアは激しく息を切らしながら柾人をじっと見上げた。


「どうして・・・あんな事をしたの?」

「へ?」

「私をかばって、そんなにたくさん怪我をして・・・。血が出てるじゃない」


 柾人は気が付いてなかったらしく、額についた血を手でぬぐってみて初めて自分がたくさん怪我をしている事に気が付いた。


「だってアデリア様がこけそうになった時、俺が手を放してしまったから・・・。それに俺は男だけど、アデリア様は女の子だから顔に傷でもついたら大変だなぁって・・・・」


 そんなもの、少しくらいならいくらでも癒すことが出来るのに・・・・。柾人の屈託のない笑顔にアデリアは思わず胸が締め付けられたように苦しくなった。それを押し隠すように下を向くと、ぼそぼそ呟くように言った。


「もう“様”はいいわよ」

「え?」

「アデリアって呼び捨てにしてもいいって言ってるの。何か文句ある?」

 アデリアの言葉に柾人は微笑んだ。


「それって仲間と認めてくれたって事ですか?」

「そうね。認めてあげてもいいわ」


 下僕からやっと昇格できた柾人は嬉しそうに手を差し出した。


「な、何?この手は」

「え・・・と、仲間だから握手しようかなと・・・」


 又この手を掴めって言うの?そんな事をして心臓が又ドンドンしたらどうしてくれるのよ。いくら永遠の命が与えられていても、病気にはなるのよ。どうしていいかわからなかったアデリアは、思わず彼の手をひっぱたいた。


「なんで叩くんすか?」


 柾人が右手を左手で覆いながら聞いた。


「仲間になるとは言ったけど、友達になるとは言ってないわよ。いいからそこに座りなさい。傷をいやしてあげるから」


 額がアデリアの霊力によってぽうっと暖かくなるのを感じながら、柾人は“仲間も友達も同じじゃないか”と思った。





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