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ツインブレイバー  作者: 月城 響
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スドゥークとの試合

 パルスパナスの王城はいくつもの尖塔が空にそびえる優美な城だが、エルドラドスの城は重厚な石造りの建築物だ。あちこちに灯木で作られた見事な装飾が闇の中で光を放っている。


 その中の一室で侍女の持ってきたドレスに着替えた朗は、スドゥークが居るという中庭まで案内されてきた。中庭には朗が先程目を覚ました広場のようにたくさんの灯木が立てられていたが、それ以外にもあちこちに石の灯篭があり、中で楕円形の石が炎を放っていた。


 その庭の中央でスドゥークが自分よりも2周り大きい男と剣を交わしあっていた。魔族の剣は妖精の剣より細身で軽快な動きが可能だ。スドゥークの剣さばきは、さっきの人を食ったような軽率そうな男のそれでは無く、相当経験を積んだ技だと朗には分かった。


 じっと立っている朗に気が付いて、練習試合を見守っていた男が階段を上ってきた。長いストレートの髪を後ろに束ねた男はスドゥークと同じように背が高く、抜け目のない瞳をしている。ただ彼のようなワイルドさは無く、物静かな雰囲気だ。


「始めまして。あなたがアキラ?」

「ええ」

「私はディーオと申します。王聖子からうかがっております。どうぞ」


 一体スドゥークが何を伝えたのか分からないが、朗は彼の差し出した手に首を振った。


「階段ぐらい一人で降りられます。それにドレスの裾を踏まないように両手で持ち上げないとだめですから」


 生まれて初めてドレスなどという歩きにくい服を着せられた朗は、とにかく転ばないようにするので精一杯だった。ここへ来るのもほとんど両手で抱え上げ、ワンピース状態にしてやってきたのだ。


「レディが両手でドレスを持つものではありません。裾は右側の腰の下あたりで外側に広げるように持ち、左手は差し出された手に添えるものですよ」


 “そんな事、どうだっていいよ”とディーオの流暢な説明を途中で遮りたかったが、自分はパルスパナスの代表として来ているのだ。あまり下品なまねはできなかった。仕方なく朗はディーオの手を取り、よろめきそうになりながら階段を降り始めた。


 スドゥークは「来たか」と言いつつニヤリと笑うと、相手の男の剣を跳ね返した。まるで踊るように身をひるがえすと、男の目の前に剣を突き付けた。男は息を切らしながら「これで0勝7敗・・・」と呟いた。


「あと一回負けたら何をやるんでしたかな?」

「女装して主官長とダンスだ」

「それだけは死んでも嫌です。次は勝ちますよ」

「そうしてくれ」


 スドゥークとはニヤリと笑うと剣を収めた。ディーオに導かれて朗が側に来ると、剣の相手をしていた男が礼をして去って行った。


「良く似合っておるぞ、アキラ」


 褒められても朗は不服そうに答えた。


「そう?どうでもいいけどこの服、胸が開きすぎだよ。何かはおるもの無いの?」

「良いではないか。いい眺めだ。俺の所に来る亜妃候補もみな、胸を放り出したようなドレスでやって来るぞ」

「私は亜妃候補じゃないし、亜妃になるつもりもない。それにこんな事をしている暇はないんだ。みんなを探しに行かなきゃ」


 スドゥークは近くに控えていた兵からタオルを受け取り汗を拭きとった。


「探す必要はない。どうせここへやって来るのだろう?そなた達の目的は俺に会う事だからな」

「それはそうだけど・・・・」


 うつむいた朗にスドゥークは剣を投げた。とっさに柄を取ってそれを受けると、朗は驚いたように彼を見た。スドゥークは別の剣をお付の者から受け取り、風を切るように左右に振った。


「所で俺の剣技はどうだ?」

「見事だよ。私の国でもあなたに匹敵する人物は少ないと思う」

「ほう。ではそなたはどうだ?あの階段の上から見ていたそなたの目は“それでも私の方が強い”と言いたげだったがな」


 随分と目がいいんだなと思ったが、これも一種の挑発だろう。


「あなたと試合はしてみたいけど、今はそんな気になれない。さっきも言ったけど、私は一日も早くみんなに会いたいんだ」

「会いたければ俺に頼めばいい。俺は王聖子で善導者だ。すぐにでも探し出せるぞ」

「それって、俺に勝ったらって条件をつけるつもりでしょう」

「頭のいい女は好きだ。無能で体にしか自信のない女の10倍役に立つ」


 朗はむっとして目を細めると、スドゥークに背を向けた。


「ディーオ、案内して。着替えるから」


 ディーオは“ 物好きですね”、と言うようにスドゥークを見ると、朗に手を差し出した。




 試合用の服に着替えながら、朗は無性に腹が立ってきた。おいしい餌をちらつかせておいて、後で欲しければ言う事を聞けと強要するなんて卑怯だ。しかも朗にとって一番大切な人達だと分かっていてそれを引き合いに出すなんて・・・。


― 絶対に勝ってやる! ―


 朗は剣を握りしめ、立ち上がった。





 中庭に降りるまでムカムカしていた朗だったが、いざスドゥークと向かい合うと急に冷静になった。


― 本当に隙が無い。この人・・・ ―


 さっきスドゥークと試合をしていた体の大きな男がまた戻って来ていて、試合の審判をするようだ。男の「ダー!(はじめ!)」と言う合図で朗は地面を蹴った。


 渾身の一撃は一瞬で跳ね返された。すぐに体制を整え右下から切り込む。スドゥークは片手で朗の剣を跳ね返すと、上から切り込んだ。身をひるがえしてそれをよけると、更に攻撃。それもやすやすと跳ね返され、朗はスドゥークと距離をとった。


乱れた息を整えるように大きく息を吸い込み、ゆっくり吐く。下腹に力を込め、もう一度真正面から切り込んだ。


― ガジィッ・・! ―


 鈍い音で剣と剣がぶつかった。スドゥークは剣の向こうにある朗の顔を見つめ、ニヤリと笑った。


「もう終わりか?」

「まだまだぁっ!」


 そのころ王城の内と外ではこの試合のうわさが流れ、大騒ぎになっていた。


「おい、スドゥーク様が中庭で女と試合をしているらしいぞ」

「試合?あのスドゥーク様が?」

「女となんてウソだろ?」


 うわさがうわさを呼んで、城中から人が中庭に集まってきた。朝の訓練をしていた兵達ももはやそれどころではなく、練習用の剣や槍をその場に置いて駆けつけた。


 そして彼らが見たのは、真っ赤な長い髪をなびかせながら、まるで舞い踊るように剣を振り回す少女だった。


「ほんとに・・・女だ・・・」

思わず兵の1人が呟いた。


 乱れる息を抑え込むように低く剣を構えた朗に、スドゥークは肩から向かってきた。朗も地面をける。


「でああああぁっ!」


 激しく剣をぶつけ合う音は庭中に響いた。2人が間合いを取る。スドゥークは小さく息を吐くと、唇の端をゆがめて笑った。朗も彼の瞳を見つめながらふと笑みを漏らした。


― 強い。本当に強い、この人。この人には勝てないかもしれない。でもどうしてだろう。悔しいとか怖いとか言う前に・・・すごく楽しい ―


 朗がもう一度上段にかまえた時、スドゥークが剣をおろし、左手を前に差し出した。


― 霊術を使う気・・・? ―


 スドゥークの手からあふれ出たのは、すべてを飲み込むような闇だった。まるで煙が広がるようにそれがゆっくりと周りを覆っていく。


「真っ黒の霊力ちからなんて、あなたらしいよ、スドゥーク」


 朗は小さく呟くと、丹田(たんでん)に気の力を込めた。


「はぁぁぁぁっ・・・」


 朗の姿がすべて闇に飲み込まれた瞬間、中から金色の光が沸き起こり、サーチライトのように鋭く闇を引き裂いた。そして光はすべての闇を振り払う。様子を見守っていた人々は皆、息をのんで黄金に輝くその姿を見つめた。


「それが見たかった」


 スドゥークがふっと笑うと、審判をしていた男が「ロス!(終了!)」と告げた。朗は力が抜けたようにその場に座り込んだ。まるですべての気力を使い果たしてしまったようだ。近くに控える兵に剣を渡すと、スドゥークはゆっくり朗に近づいて来た。


「良くやったな。俺の負けだ」


 まさかそんな言葉をかけてくれるとは思ってなかったので、朗は驚いたように彼を見上げた。でもお情けで勝ちを譲ってもらうのは嫌だ。それくらいこの試合は楽しかったから・・・。


「うそ。私の体力が持たないと思ったから、止めてくれたんでしょ?」


 スドゥークはふと笑みを漏らした後、急にいつもの意地悪そうな顔をした。


「そうか。では俺の勝ちだ。負けたからには、なんでも言う事を聞いてもらうぞ」

「な、なんでそうなるの?そんな約束してなかったよ!」

「おおそうだ。言い忘れておった。だが勝負なのだから当然だろう?」


 まさか、亜妃になれなんて言わないよね?


 悲惨な顔で自分を見上げる朗を見て、思わずくすっと笑いそうになったスドゥークは、朗に背を向け歩き出した。


「飯を食うぞ。腹が減った」


 去っていくスドゥークの背中を見ながら、朗は「それだけ?」と呟いた。ほっと溜息をついた後、急におなかが空いて来たのが分かった。






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