不安を抱えて・・・
遠くから響いてくる鐘の音に柾人は目を覚ました。アデリアと共に町へ戻り始めたのだが、途中彼女が疲れ果てているのに気付き、休んでいたらそのまま眠っていたようだ。柾人の隣にはアデリアが、羽で体を包み込むようにして眠っている。霊獣でも出てきたら怖いので自分は起きていようと思っていたのに、座ったまま眠っていたようだ。
鐘は10回ほど音を響かせると静かになった。そう言えば昨日、アデリアと歩いている時にも鳴っていたのを思い出した。多分一日中夜のこの国では、鐘の合図で時間を知るのだろう。
鐘が鳴り終わった頃、アデリアも目を覚ました。眠そうにしているアデリアが空腹を訴えたので、柾人は以前の世界から持ってきたリュックに詰め込んだパヌタや乾燥させた木の実を取り出した。朗やマクベス達も同じように食材は持って来ているはずなので、どこかで無事に朝食を食べていてくれればいいと柾人は思った。
アデリアも心細いらしく、固いパヌタをちぎりながら呟いた。
「みんな、どうしているかしら・・・」
「きっと今頃、俺達と同じように朝食を食べてますよ。アキラから聞いたけど、マクベスもアルもすごく強いんでしょ?アキラもそう簡単にやられる奴じゃないし、絶対大丈夫です」
最後の言葉は自分にも言い聞かせる言葉だった。朗は絶対大丈夫。そう思ってないと、一歩も進めなくなりそうだった。そうだ。朗は俺に一番大切な人を託した。だからここで震えて立ち止まっているわけにはいかないんだ。
「とりあえず町に出て、昨日の妖精達がどうなったか聞いてみましょう。それと王城の場所も。もしかしたら怪しまれるかもしれないけど・・・」
エルドラドスに来る前に、彼らは何かあったら王城に集まろうと決めていた。そこには会わなければならない王や善導者が居るからだ。必ずみんな王城を目指してやって来る。
「そうね。でもその前に身だしなみを整えなければ。柾人、幻術をかけてあげるから水を探してきなさい」
「え?でもこのあたりに水は・・・。第一、桶もないし」
アデリアは今カトゥールを飲んでいた木のカップを差し出した。
「じゃあ探してこれに汲んで来て」
なんで俺がそんなパシリみたいなことしなきゃならないんだよ。と思ったが、相手は王女様だ。他人に何かやってもらうのは当たり前なのだろう。柾人は仕方なく「わかりました」とぼやくように言うと、カップを受け取った。
幸いなことに灯木の灯っている民家の方へ歩いて行くと、近くに住んでいる村人が使っている井戸を見つけた。2人の女性が灯木の淡い光の中で井戸を囲み、おしゃべりをしながら洗濯をしている。もしかしたら正体がばれるかもしれないという不安はあったが、柾人は思い切って声をかけてみた。
「あの、すみません。水を少し分けてもらえませんか?」
彼女達は見慣れない男に少し驚いたようだが、すぐに井戸から新しい水を汲んで柾人のカップに注いでくれた。それを持って戻ると、アデリアはその小さな水鏡に自分を映して髪を整え、次にカップの上に両手をかざした。
「水鏡よ。我の求むる者の姿を映し出せ」
だが水面には何の変化もなかった。
「誰も水の側には居ないようね」
残念そうにつぶやくアデリアに、柾人が驚いたように尋ねた。
「水があれば離れていても話が出来るんですか?」
「この国でも霊術が使えるから多分できるわ。まあこんな高等な霊術が使えるのは高吏以上だけど」
「へええ」
柾人は感心したように、アデリアの手元にある水を見つめた。わがままで偉そうなだけのお姫様かと思ったが、なぜ朗が彼女を大切にするのか分かった気がした。何の力もない自分はしばらく下僕に徹するしかないようだ。
とりあえず町へ戻り始めた柾人とアデリアだったが、いつまでも朝にならないのは、慣れない彼らにとって何となく疲れるものだった。まるで真夜中に起きて、そのまま歩いているような感じだ。しかも羽のある妖精はそんなに長い距離を歩くことは無く、そのうちアデリアはだんだん腹が立ってきた。
「まったくもう。お前と一緒にると、ずっと歩かなきゃならないわ。ほんと人間て面倒くさいわね」
「アキラも人間ですよ」
柾人の言葉にアデリアは益々ムッとした。
「何言ってるの!アキラは木霊王が選ばれた選定者よ!あなたなんかとは比べ物にならないんだから!」
プンプン怒りながら歩いていくアデリアの後ろで柾人は思った。
― こんな事で怒るなんて、女の子ってホントによく分からないよ・・・ -
町の灯りが近づくと、アデリアは自分の姿も魔族の女の姿に変えた。早朝だからか、人々はまだ昨日ほど出歩いては居ないようだ。それでも中心街に出ると、店の開店準備をしたり、いろいな積み荷を運ぶ人々に出会った。
柾人は話しやすそうな人に昨日の妖精がどうなったか聞こうとしたが、そんな必要はなかった。町中その噂でもちきりだったからだ。人々はまるであいさつ代わりのように昨日の魔族の兵と妖精の戦いの話をしていた。
「聞いたか?昨日善導者様の兵が侵入者の妖精を追い詰めたって」
「何人かは捕まったんだろ?でももう兵は引き揚げたから、全員捕まえたのかな」
あちこちから聞こえてくる会話に柾人とアデリアは顔を見合わせた。
― 全員捕まった? ―
あの3人がそんな簡単に捕まるとは思えなかったが、魔族の兵が全員引き揚げたのならそうなのかもしれない。2人は仲間の窮地を知って何も言えず、黙ったまま歩き続けた。
しばらく歩くと昨日魔族の兵に襲われた場所までやってきた。激しい爆発のせいで近くの建物のいくつかが壊れていて、それを修理する者達やうわさを聞いて見に来た者がたくさん居た。見物している人々の話を聞いていると、魔族の兵が数人負傷したが、一般の民にけが人は居ないようだ。柾人とアデリアはそこも通り過ぎ、人の姿が消えた頃、アデリアが呟くように言った。
「王城へ行きましょう」
柾人もそれは思っていた事なのですぐに頷いた。
「わかりました。でもどうやって忍び込むんです?」
「忍び込む?私は王聖女よ。そんなコソ泥みたいな真似はしないわ。正々堂々正面から行くのよ」
胸を張って答えたアデリアを柾人はびっくりして見た。それは捕まりに行くのと同じ事だ。
「気持ちは分かるけど、やめた方がよくないですか?間違いなく捕まりますよ」
「分かっているわよ。でもたとえ捕まっても私は善導者よ。導主にもっとも近い者をそう簡単には殺せないわ。何とかこの国の善導者に会えれば、話をする事も出来るはずよ」
そんなにうまくいくだろうか。柾人は不安を隠せなかった。
「俺はこの世界の人間じゃないから良く分からないですけど、俺の世界にも道理の通じない人間はいくらでも居ます。もしこの国の善導者がそう言う奴だったらどうするんです?第一俺たちが来る事を善導者は知っていたんでしょ?なのに俺達を不法侵入者扱いして軍まで動かすなんて、とんでもない奴に決まってるじゃないですか」
柾人の言う事は最もな事だった。善導者は暗地王からその知らせを受けていたに違いない。だから素早く兵を回すことが出来た。何故そんな事をしたのか分からないのに、この国の善導者に会うのは危険すぎるのだ。
「ええい、そんな事は分かっているわよ!でも行くしかないでしょ?いいから王城の場所を聞いてきなさい。くれぐれも怪しまれないようにするのよ!」
アデリアの強引な意見に、柾人はげんなりしながらその場を離れた。
― 怪しまれないようにって、この国の人間なのに王城の場所を知らないなんて、思いっきり怪しいに決まってるじゃないか ―
ぶつぶつ心の中でつぶやきながら、柾人はなるべく優しそうな人を探し始めた。




